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10 in BLACK  作者: 森 鸚綠
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3.「Blood Parabellum Bullet(1)」

               1

 スローモーションみたいだな、と漠然と思う。

 目の前を鉛玉が、一条の線を描いて、かっとんでいくのが見えた。

 オレはキメラのごとき違法改造が施された、八人乗り乗用車、しかも重武装済みのボンネットの陰で息を潜めていた。暴れ回ってる敵のサブマシンガンが、無節操にやたら火を噴くもんだから、機銃掃射が終わってくれなくて困る。なかなかイカツイ車だね、と一瞥で値踏みを図ってみた。まぁ、フィリピンの麻薬密売組織が囲ってる実動部隊のブツだ、この程度は当然だろう。二列分の後部座席が外されて、無造作な具合に軍から流れてきた軽機関銃、CISウルティマックス100が固定具で据え付けてある。トランクを開け放せば、成程、立派な即席の銃座になるわけだ。

 〇.一以下、コンマ数秒、掃射音が止んだ。

 ボコボコに変形した車体から、僅かに頭を覗かせ、目聡く周囲の状況を把握する。

 何のことはなくて約三十分前から辺りはハリウッドの映画監督だって青褪める、超一級品の、プレタポルテな三流映画を嘲笑うかのごとき修羅場。ああ、いや修羅場っていうより、鉄火場?オレはここに揃ってる小道具一式を数えていく。例えば無数の銃弾、硝煙と紙巻タバコのひょろい煙、安っぽい血糊よりも赤い血飛沫。それに加えてバックグラウンドを埋める砂塵と、断続的に鳴り響く掃射音が、小憎たらしいくらいの演出を利かせてくれる。4DX並みの臨場感。そりゃあ量産型のフィルムじゃ敵わない。

 まぁ、楽しいかって訊かれたら、ノーで答えは一択だけどさ。

「これさぁ、話と違うんじゃねぇ?」

 ダダダッ、と掃射音に合わせて、空の薬莢が、鈍色に光りながら空中を舞い踊る。鉛玉大処分祭とでも銘打ったのかと疑いたくなるような、大盤振る舞いの機銃掃射を受け流しながら、右隣で縮こまっている人影に声を掛けると、「それはコッチの台詞ですって!」と抗議の悲鳴が上がった。悲鳴どころか、最早絶叫に近い。

「知りませんよ、まさか、奴らまで出てくるなんて!」

「……あぁ、やっぱり?」

 そうだよなぁ、とオレが納得したのが気に食わなかったらしい。

「何でそんな、ああもう、一人で状況把握するの辞めて貰えないですか!」

「いや、あんたには悪いけど」

 ――――――何となく、もう予想はついちゃったんだって。

 オレはリアリティに富み過ぎた効果音兼BGM、飛び交う怒号、悲鳴と罵声、それから掃射音と榴弾の炸裂音の猥雑なサウンドスケープをガン無視して呟く。トラック名は「阿鼻叫喚」。若干演出過剰気味なのはご愛嬌って感じ?まぁこんな軽口叩いてる場合じゃ、勿論、無いに決まってる。

「解ったって、何がです?」

 まるでオオカミに追われる小鹿のごとく、小刻みに震えながら、地面に片膝をついて様子を窺っている若い兄ちゃん――――――エリオット・タンが耳元に口を寄せて尋ねてくる。黒真珠みたいな目を手元に落とすこともせず、ウエストポーチを乱暴に漁り、専ら指先の感覚だけで所持品を確認しているらしい。

「なんつぅか、今オレたちが置かれてる状況?」

「漠然としすぎでしょうよ!」

 はぁぁぁ、とエリオットが盛大な溜息を吐いた。世界の最果てを見てしまった者、って注釈が付きそうな横顔で、荒涼たる曠野で世の終焉を嘆くみたく続ける。

「ああ、こんなことになるなら、イーサンさんの依頼なんか受けるんじゃなかった……。そりゃ、こっちだって東南アジアを股にかける、百戦錬磨、荒事専門の情報屋で売ってるんですけどね!だとしたって、こんな、フィリピンの麻薬密売組織とタマ張るなんて聞いてませんよ!これ、ああもう、契約違反で追加料金徴収しますから!」

「いや、ホント、それに関しては悪かったって」

「誠意が足りないんですよ、誠意が!謝罪する気あります!?」

「まぁ、これも成り行きってことでさぁ。それにどっちにしたって、アンタも乗りかかった泥舟なんだし、無事に渡りきるまで一蓮托生みたいなもんだって。キッチリ船頭なら務めるからさ、ほら、櫂だけ漕いでくれれば」

「……まぁ、今さら下船できませんけど」

「なぁ?やっぱり、解ってんじゃん」

「だとしても、こんなことに巻き込まれるつもりは無かったんですよ!」

「だよなぁ」

 それ、オレも滅茶苦茶思ってんだけど。

 オレの言葉に深々とトドメを刺されたらしく、がっくりと肩を落とし、エリオットは諦めきった面を晒しながら持ち回りの物品を確かめる。褐色の締まった指に挟んでいるのは、朱書きの紙札、紙幣のように数枚重ねて折り畳んであった。後は、小石に装飾紋を彫り込んだ印が二つ。予想では中国系の呪符と、東南アジアの民間信仰を基にした呪物。何ならドル札を賭けてもいい。

「それ、どこの呪物?」

「中国の道教系の神札と、あと、ラオスとヴェトナムの国境付近で残存してた、クメール系仏教の石造物を石製の符にアレンジした、一応、専売特許のオリジナルですね」

「あっそう」

「……何ですか、急に。こっちの使う魔術に問題でも?」

 エリオットが訝しそうに眉根を寄せて、おまけに、針千本分の険を含んだ口調で言う。誰だって自分の商売道具に文句を付けられたら、まぁ、そりゃ相当腹が立つに決まっている。特に〈魔術師〉って職業は、魔術の腕と道具には、生死がまるごと懸かっているのだ。今のは迂闊だったな。

 〈魔術〉。

 それは遥か太古から、ヒトの世を支えてきた、巨大な基盤のような代物。

 もっと別の言葉に言い換えるなら、〈魔術〉は、つまり全ての欲望を救済する受け皿だ。そのためだけに、こんな人間に都合の良いシステムが、まるで永久不変の理のごとく設えられている。完璧なシステム。ヒトという一種の動物が、森羅万象、それを咀嚼し嚥下して――――――自己のなかに解釈し、正しく位置づけるための基準。これを「世界観」なんて名付けてみると、ほら、馬鹿にスケールのでかい物差だろう。

 ところが、〈魔術〉ってのは、単なる物差ってわけじゃない。

 それは同時に、ヒトの生み出す願望、その大凡を解消するツールでもある。確か仏教に拠れば、人間の煩悩は一〇八種。まぁ、細かい数字はどうだっていい。ここで重要なのは、スタンド・アローンなシステムとしての〈魔術〉、ってのと、ヒトの願望を消化するツールとしての〈魔術〉の二重性のほうにある。

 例えば、ドストレートに豊作祈願について示そう。祈ることは五穀豊穣。そりゃ生贄を捧げる地母神への供犠の祭礼、雨乞い諸々エトセトラとキリがないけど、本質は至極シンプルで、穀物の不作と飢饉への恐怖を払拭したいという願望だ。

 あぁ、もっと日常的なことなら、憎い奴への呪詛、ってのもよくあるか。ちなみに、呪うターゲットの筆頭は浮気相手がダントツ。それはさて置いておいて、ヒトには、揺籠から墓場まで欲望がついて回ってくれる。

 そういう透明度ゼロの水場に発生するボウフラみたく、無尽蔵な願望の、九〇パーセントとまではいかなくても、まぁ七〇パーセント弱を孵化する前に駆除してきたのが、今じゃすっかり忘れ去られた〈魔術〉なんて旧態然のシステムなのだ。

 ――――――今じゃ、すっかり忘れ去られた、益体もないデッドシステムだけど。

「悪かったよ。本当に、そういうわけじゃねえって。あんたの腕は信用してるんだってば」

「はいはい、そうですか」

 ふん、と軽く鼻を鳴らして、エリオットが言い捨てる。それから乱暴に髪を掻き回すと、ゲリラ豪雨に因る氾濫よろしく、猛烈な言葉の濁流を吐き出した。一級河川並みの水勢。既に氾濫危険水位は規定値オーバー。一メートルは超過してるだろう。まぁ、このくらいの怒りを買うのは、基本日常茶飯事だから、どうってこともない。赤色回転灯、サイレンや避難勧告のアナウンスも、現時点では出番ナシだ。

「なんだって〈魔術師〉一人仕留めるのに、こんな、たった二人で銃撃戦なんかに参加しなくちゃいけないんですか……!独立愚連隊もいいところですよ、馬鹿馬鹿しい!新入りのチンピラじゃあるまいし、普通、喧嘩相手くらい選ぶもんです!リスクに見合うだけの、相当分、ちゃんと報酬弾んでくれるんでしょうね!」

 それをヒラと片手を振って諌めながら、スイスイ、激流を泳ぐように舟を漕ぐ。

「単騎突撃じゃないだけマシじゃねぇの。あんたはともかく、オレはまぁ、一人でもなんとかなるけどさ。しっかしさ、こんな場所で玉砕なんて御免だって。いや、あんたの身の安全は保障するよ?オレだってここで死なれちゃ困るし。こんな〈陪審院〉の任務に野良の情報屋巻き込んで、あげく落命させたなんて、即刻首切り案件に決まってるじゃんか」

「でしょうね!」

「金ならちゃんと払うしさ。そうだなぁ、市街銃撃戦の危険手当プラス、お詫びの謝罪金上積みでどうよ?それにあんただって、今回の件で前評判以上に箔が付くって見込んで、オレの依頼に乗っかったんだろ。だったら、そっちも相応の覚悟はしてたはずだけどなぁ」

「それは、まぁ、そうですけどね」

 オレが半開きの目で値踏みするみたく、隣の顔を見つめてやると、グッ、とオブラート代わりの生唾に包んで溜飲を飲み込む音がした。これで氾濫も終息間近。あとはコンクリート製の堅牢な堰を、キッチリ閉めて、水門ごと封鎖してやればいいだけだ。

「そういうことじゃ、まぁ、あんたも文句は言えないな」

 エリオットが押し黙る。

 そのまま白旗じゃなく両手を上げ、根負けした、って呆れ顔で降参のポーズをとって見せてきた。負けを認める気になったようだ。オレが言い負かしたわけじゃない。ここでの負け、ってのは、見積の甘さ。プロとしての未来予測が甘かったなんて、まぁ、割と致命的な落度を漸く自認したらしい。

「……ま、オレも見誤ったんだけど」

「お互い自業自得、ってことですかね……」

「これで揃って痛み分け、うん、アイコでいいじゃん」

 オレたちの会話が一段落ついても、BGMは、相変わらず大音量で再生され続けたまま。それどころか本格的に手榴弾が投入されたらしく、マシンガンの掃射の合間、金属片がぶつかりながら爆風に巻き上げられる、エゲツない炸裂音が雑じりだした。まったく爆音ってのは臓物によく響く。まるミキサーで胃液が攪拌されてるみたいな、軽い酩酊感、グロッキーな酔いが回るのを噛み殺した。

 久しぶりの戦場。ここまできたら精々愉しんでやるまでだ、と口角を持ち上げる。人相の悪い笑み。赤子どころか麻薬密売組織直属の戦闘部隊も泣き出しそうな、まるで地獄の獄卒、ゾッとするほど凄惨な笑顔が過ぎり、それも一瞬で搔き消えた。

「――――――予想、付いたって言いましたよね」

「まぁ、一応は?」

 オレが遠目に偵察しながら返すと、エリオットが「で、実際のところ、どうなんです?」、と息を潜めて訊いてきた。

「実際のところ、って言うと?」

「だから、今の状況ですよ」

「……まぁ、現状からすると、戦況は芳しくないんじゃねぇの」

「それはそうでしょう」

「だから」

 ――――――後十分経ったら、あんたを軍に引き渡す。

 エリオットの頭にグッと顔を寄せてから、誰にも聞こえないよう、ドスの利いた声で低く耳打ちしてやる。ハトが豆鉄砲食らった、ってのは極東の諺か、そんな比喩が似合いの顔で目を瞬かせた。豆鉄砲。いや、いっそ小爆弾だな。実際、爆弾発言を投下したのは誤りじゃない。

「は?」

「こうなることも、一応、正直予測はしてたんだ。そりゃ出来れば回避したいルートだったんだけどさぁ。でもまぁ、備えあれば憂いなし、ってのは大概正鵠を射てるし。先手を打っておいただけっていうか。万が一、麻薬密売組織がお出ましになったら、速攻、退場して貰う算段はつけといたんだ。出オチ、ってやつ?ここらで出番も終わりってところ――――――」

「……それなら、何で最初から言ってくれないんですか?」

 冷えきった響きだった。

 あぁ、これは下手を打ったと悟る。現在の体感温度は氷点下。大体、マイナス一九六度。オレたちの周りの空気だけが、バケツで液体窒素をひっくり返したみたく、0℃を下回って急速冷凍されている。

「しょうがないじゃんか。……こっちだって、ついさっきまで軍の特殊小隊と連絡取れなかったんだってば。先約を取り付けてあったにしても、今回の件に軍が介入したがるわけないしさぁ、こっちがうまく丸めこんだようなもんだったんだよ。土壇場で掌返しだって有り得るのに、あんたに教えて変に期待させちゃ野暮だと思って。今やっと別働隊が動いたって連絡が来たんだよ」

「……だとしても!ッ、あぁッ、もういいです!」

 状況は解りました、と絞り出してエリオットが頭を振る。

「ただ、今回の件の状況説明だけは求めます」

「それ、本当に聞きてぇの」

「知らぬが仏だと?」

「オレよりもあんたのほうが、その金言の重みを、キッチリ理解してるだろ」

「……オレは情報屋ですよ。使えそうなネタなら、何でも漁って掻っ攫うのが商売なんです。ええ、フィリピンの麻薬密売組織と軍の極秘部隊が出てくるなんて、強請りにいいネタじゃないですか。オマケに鮮度も抜群ですし。何せ情報は生モノですから、腐る前に回収しておかないと」

 まるで立て板に水を掛けるがごとし。

 ざぶざぶと言い分を湯水のように流すのは、当然、オレへの当てつけに決まってる。そもそも、エリオットの主張はプロの情報屋としては真ッ当じゃないし、「使える」ネタかどうかの仕分け程度、今更誤ったりしないのだから駄々をこねる理由は簡単。悔しいのだ。

「それ、情報屋のプライドってやつ?」

「……あと、個人的な好奇心ですかね」

「好奇心は猫をも殺すってさ」

「匙加減の問題でしょう?分量さえ間違わなきゃ、殺鼠剤よりかマシですね」

 オレは横目で一瞥すると、「解ってるな」と短く確認した。

「今回の件、強請に使うようなネタじゃねぇよ?」

「ええ」

「悪食も大概にしたほうがいいんじゃねぇの。まぁ、オレの知ったことじゃないけどさ」

「気を付けますよ」

 後で正式に、〈契約書〉切らせて貰うからな。

 それを聞くと隣の情報屋は、「じゃあ、領収書と一緒に切りましょう」、と不遜な顔で笑っていた。しかも書類の名義はどうします、って、後追いの質問まで付けてくるから、オレもニヤリと笑って茶々混じりに答えた。そりゃ、勿論。――――――二等陪審員 イーサン・リン、ってつけてくれ。

「それから、今回の詳細は明日に回して欲しいんだけど」

「今日のところはお預けですか」

 タイムリミットですね、と腕時計を見ながらエリオットが呟く。ああ、お前さんの役目はココまで。お勤めご苦労さま。ここから先は部外者お断り。関係者以外立入禁止の危険区域、デッド・オア・ダイ、紛うことなきデッドゾーンへご案内だ。

 ――――――さて、しかし、どうしてこんなことになったんだ?



 更新が遅くなりましたが、第3話1節、そんなこんなでスタートいたしました。

 ここからは時計の針を戻して本編も加速しつつ、また間隔を空けての更新を予定しております。

 後記まで読んでくださってありがとうございます。

 今後ともどうぞお付き合いいただければ幸いです。


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