【初詣】結び直す
12月31日。
みな新しい年に浮かれ、世の子供はお年玉に一喜一憂。
そんなハッピーな日の始まる前の今年最後の日。その前日。
毎年僕は幼馴染の水橋咲と地元の神社へ初詣に行くのが習慣となっていた。しかし、今年は違った。僕は咲とは行かなかった。
もう、僕らの関係は聖なる夜に解かれてしまった。僕は必死になって続けようとしたんだ。でも、できなかった。
そうやってずっと落ち込んでいた僕のもとに電話がかかってきた。
時刻は10時ちょうど。
僕はすこしだけ咲なんじゃないかと期待して電話をとった。
「もしもし?」
僕が言うと電話の向こうの声が聞こえた。
「あ、やっぱり起きてたんだ。アンタだったらもう落ち込んで寝ちゃってると思ってたよ」
電話の声は咲ではなかった。
声の主は今泉希。僕のクラスメートで裏ではロリ女王やお菓子娘などと呼ばれている女の子だ。見た目は小学生と間違ってしまうほど幼いが、その実立派な女子高生だ。
しかし、僕は最近この少女は誰にもわからない秘密があるように思ってきている。
なぜなら彼女の口調が最近変わってきているからだ。
彼女は最初、クラス内でいわゆる『ゆるキャラ』のように笑顔を振り撒いていた。
しかし、最近の彼女はどこか見下すような表情を見せるようになった。
みんなはそれに気づいていなかったようだが、僕はそれに気づいた。
もちろん最初は僕も彼女の変化を疑っていたが、しかし、あのクリスマスの日に僕は確信した。
あのときの言葉、表情、口調。
すべて僕の知る希ちゃんではなかった。いや、そもそも僕は彼女のことを知らなかった。ただそれだけだったのかも知れない。すくなくとも僕は彼女の普段とは違った一面を知った。
「まぁ、たしかに落ち込んではいたけどさ。でも、寝ちゃうと記憶が定着しちゃうってテレビで言ってたから寝るのは最近は控えてるんだ」
だから最近の睡眠時間は1時~5時の4時間だ。まぁ、それでも寝ていることには変わりはないが、すこしでも忘れたいと思っていた。もう、咲と僕は関り合えないだろうから。
「そうか。そうか。じゃあ、諦めついでに私の恒例行事に付き合ってくれよ」
「いいけど、恒例行事って?」
「初詣だよ」
僕にとっての咲のポジションがこうもあっさりとわかってしまうなんて、どういうことだよ。
「ついでにアンタの悩みを聞いてやるよ」
電話の向こうの声はとても真剣なものだった。
僕の町にある唯一の神社は毎年この時期になるととてもにぎわう。普段は立ち寄ることもないが、大晦日の11時ぐらいになればいち早く初詣をするために多くの人が列をなす。
彼らの服装は正月特有の和服やそれに順したものが多かった。
そして、僕はと言えばまったくそういった服ではなく、その列をすこし遠目に遅れた希ちゃんを待っていた。
待ち合わせは11時10分だったはずが、すでに時刻は20分を過ぎている。まぁ、1時間までは待てるが、しかし、これだと彼女の望んでいた早めの時間の初詣が達成されないような気もする。
僕がそんな心配をしていると希ちゃんが来た。
待ち合わせに遅れたことを気にしているのかすこし早めの足取りだ。
服装は着物であった。
青を基調としたもので、ところどころに黄色い花が飾られているようだった。
まぁ、僕には浴衣などにはまったく詳しくないから特に何も言えないが、しかし、希ちゃんはいつもと違う雰囲気をまとっていて、とても新鮮だった。
「や、待ったかな?」
希ちゃんは巾着をもってない方の手を軽くあげて、挨拶した。
僕もそれに応えて右手をあげて言った。
「やぁ、すこし待ったよ」
そう言うと希ちゃんは笑って
「そこはいま来たとか言うところじゃないか?」
と言った。
「それはアニメの見すぎじゃないの?」
「私は別にアニメを頻繁に見ている訳じゃないぞ」
「ただの例えだよ」
「どうだかな」
「すこしは僕を信じてよ」
「そうだな」
え?
「じゃあ、信じるよ
アンタが私に悩みを打ち明けてくれることをな」
あははは。
「笑えない冗談はやめてよ。ほら。早くしないと列が伸びちゃうよ。そろそろ行こう?」
震える足をどうにか誤魔化して僕は言った。
「あぁ、そうだな」
希ちゃんがそう言ったのを合図に僕らは歩き始めた。
初詣の列は年明けまでは動かない。
当然、年明け前に詣ってしまったら初詣じゃないからだ。
そのため、僕らは列の真ん中で小さくなりながら静かに年明けを待っていた。
そんなとき希ちゃんが唐突に小さな声で言った。
「私は──」
「え?」
「私はアンタのこと嫌いじゃないんだよ」
うん。それは知ってるよ。
「むしろ好きなぐらいだ」
「そうなの?」
「まぁ、恋愛感情は微塵もないけど」
「だろうね」
「アンタはクズだもんね」
「痛いところをついてくるなぁ」
僕は笑いながらその暴言を流す。
「そういうところだよ」
希ちゃんは冷めた声で言った。
「なにが?」
僕は希ちゃんの時折見せるその声が苦手だった。自分のすべてを見透かされているような気がするんだ。僕の知らない部分まですべて見透かされて隠し事なんてするだけ無駄だと思わせてくるようなそんな声が。
「アンタは仲約束を反故にして、さっさと咲から離れた。そして、咲からは絶対に近づくことが出来ないような状況を作ったくせに咲から近づいてくれることを望んでる。そんな自分勝手なクズだよ。
そういうところが私は嫌いだ。そこさえなければ私はアンタに恋愛感情を抱いていたかもね」
「いや。それはないよ。
僕は友達のことをなにも理解せずに仲良くなろうとするんだ。趣味が何だとか、特技とかそういうことを僕はわかろうとしない。だから僕は友達について大切にしようとかそんな気持ちがないんだ。もちろん友達は好きだよ。でも、大切には思わない。ただ好きなだけ。それしかないんだ。
だから、もしも僕が約束を破らなくて、そして、一緒にいようとするような人間だったとするとそれはもはや僕じゃない。だから希ちゃんは『僕』に恋愛感情は抱かなかったはずだよ」
僕は弱々しく笑う。
「あっそ。まぁ、そう思いたかったら思えばいいさ」
そのあと希ちゃんは呟いた。
「まぁ、そういう風に逃げるところは共感するけど」
僕はそれが聞こえてはいたが、無視した。
「でも、私はアンタのことを好きじゃないけど咲はアンタのことが好きなんだよ」
希ちゃんはすこし語尾を強くしながら言った。
「アンタだってほんとは好きだったはずだ。今も昔もずっと好きだったはずだ。なのにアンタは咲の告白を断った。それはたぶんアンタから言いたかったからじゃないか?」
僕は逃げるために笑った。こうすれば大体の人は騙されてくれるんだけど。どうやら希ちゃんには通用しないようだ。
「やっぱりな」
ばれちゃった。
そうだ。僕は逃げるっていう言い訳をして僕の自分勝手な思いを正当化した。そして、隠した。僕にもわからないようにしたんだ。僕自身は傷つかず、咲の受ける傷みも出来るだけ回避しようとした。
「そうだよ。僕はそういう人間なんだ。だってそうしないと耐えられないんだ。僕だって強くない。みんなどこかが弱くて、みんなそれをどうにか隠して、そして必死に笑って生きてるんだ。
僕ばっかりがなんでも出来るわけないじゃないか。もちろん咲だってなんでも出来るわけじゃなかった。だから咲は僕に告白したし、僕はそれを断った。
でも、僕はそれまでは咲はなんでもできる気がしていた。だって僕から見たら咲は完璧だったんだから。すこし、コミュニケーションが苦手な部分はあった。すこし、怖がりな節もあった。でも、それだけだったんだ。僕にはなにもなかったからそんなものはなんでもなかった。そんな欠陥はなんでもなかった。
だから、なんでもない僕が唯一できることとして僕は咲に告白するのは自分からだって決めてた。ずっと咲のことを想ってきた。いつかは僕から告白するんだと思ってた。男から告白するのが当然だろう?
でも、僕には告白する勇気もなかった。僕が告白を決意する前に咲から僕に告白してきた。
あの日。クリスマスの日。僕は絶望したよ。だって僕の唯一の出来ることさえも咲に奪われてしまったんだから。そして、同時に咲ができないことも見つかってしまった。これまで咲は完璧だと思ってた。でも、咲にもあった。欠けているものはあったんだ。
それは勇気を知らないこと。
咲は勇気を出さずして僕に告白した。
僕はそれが嫌だった。咲は完璧だと思ったんだ。なのに僕にはあった勇気を咲は持ってなかった」
僕は言った。ただ感情の赴くままに。いつもは出さない言葉の山を希ちゃんにぶつけた。すべては僕の自分勝手な理由だ。
僕の言葉を受けた希ちゃんは言った。
「まとめてしまえば、アンタは咲が気に入らなかったから断ったってことだな」
僕はそれに反論した。
「違う!僕は──っ!」
希ちゃんは言った。
「わかってるよ。アンタはそういうヤツじゃない。そうだよな。アンタは自分が気に入らなかったんだ。べつに咲が欠けていたってアンタにとってはなんでもなかった。ただ自分が咲が欠けていたことに絶望したことに絶望したんだ。たからアンタは断った」
「………………」
「でも、だったら今度はアンタから始めてみればいいじゃないか。アンタはそうしないといけない。そうしないとアンタは咲と仲直りもできない」
「わかってるよ」
────除夜の鐘が鳴る。
「さて、あけましておめでとう」
希ちゃんは言った。まるでさっきまでのあの声なんて無かったかのような柔らかな声で。
だから僕も答える。
「あけましておめでとう。今年もよろしく」
「よろしく」
それからしばらく無言の時間が続いた。
そして、僕らの順番がやって来た。
「どういう願い事をするの?」
お賽銭を投げながら希ちゃんが言った。
「願い事っていうのは人に言ったら叶わないんだよ。だから、僕は教えない」
希ちゃんは笑った。
「そうだな。じゃあ私も教えないことにするよ」
そして、僕はお賽銭を投げて手を合わせた。
願い事はひとつだけ。
『咲と僕が一緒にいられるように』
「じゃあ、行こうか」
希ちゃんと一緒に僕らは帰った。
帰り道。
希ちゃんは僕とは別方向だったため別れて家に向かっていた。
「さよなら」
「さよなら」
僕らの別れの言葉はそれだけだった。
「暗いなぁ」
僕は住宅街を歩いていた。咲のすむ家がある住宅街の一角をただ歩いていた。
僕はそれを見ていた。周りを見渡して、そして泣いた。
そのとき後ろからの声が聞こえた。
「か、圭織?」
後ろを振り返る。
そこには咲がいた。
「さ、咲?」
「こんな時間になんでこんなところにいるの?終電は大丈夫なの?」
「う、うん。まだあるから」
「そ、そうなんだ。じゃ、じゃあね」
そう言って咲は行ってしまう。
あぁ、願い事は叶わないのか。
そうか。やっぱり神様なんていないのか。
───だったら。もう神様なんて信じない。
「ねぇ!まってよ!」
僕は声を上げた。
咲は振り返った。
その顔は泣いていた。
「また、友達から始めませんか?」
咲は泣きながら答えた。
「………うん」
僕にはこんなとこしか出来ないんだ。
ごめんね。
咲を泣き止ませる方法はいまの僕には見つけられないんだ。
でも、もうそんな顔はさせないようにするよ。
───約束を結ぼう。こんどは解かない。
約束の青春は再び結ばれ、訪れるのは波乱。