【クリスマスデート】約束の終わり
12月25日。
いわゆるクリスマスである。
世のカップルがあちらこちらに光るイルミネーションに心ひかれ、それぞれのリアルを満喫するイベントである。
もともとはキリストの聖誕祭として作られた記念日のようなものだったが、現在日本でのクリスマスという日はリア充のリア充によるリア充のための聖なる日のことをさすらしい。
いや、さすがに偏見が過ぎた。しかし、僕はそんなイメージを持っている。
そして、そんなクリスマスに僕はと言うと、1人で駅前の大きなクリスマスツリーの下でその場での場違い感に心を傷つけられながら人を待っている。
駅に電車がつく度にカップルが駅から出てくる。もう、全員カップルだと言っても過言ではない。それほどまでの人数だった。
もはや日本中の人がここに集まってるんじゃないかと思ってしまうほどだ。しかし、これはあながち間違いでもない。
この町はクリスマスイルミネーシャンがとても豪華なのだ。
町内会の会員ほぼ全員が参加して12月に入ってすぐに町中にイルミネーションを設置し始める。
設置するだけでも大変で、町中で頑張っても5日以上かかる。それも当然だ。設置するライトが合計で5000万を越えるのだ。
費用は一つの地方都市ではとても賄えるものではない規模である。
どこからそんな金が流れてくるのかと言うとそれは国からである。
この町は『日本一町並みが美しい町』として、国のリストに入っているらしく、それにより、国のなにかの法に従ってイルミネーションの費用を国に負担してもらっているらしい。
それのお陰で町全体がクリスマスイルミネーションによって輝き、口コミによって日本中から観光客が来るようになったのだ。
僕はこの町がそれほど嫌いではない。いや、それどころか好きな部類に入る。
いろいろな人がそれぞれの表情を見せて、僕にとってはとても新鮮な場所だ。
出来るならずっとここにいたい。
本来なら僕はほんとにここに居続ける予定だった。駅から出て、町を1人でめぐる予定だった。
しかし、そうならなかったのはいま僕を待たせている幼馴染のせいである。
名前を水橋咲みずはしさきという。
容姿端麗で、お金持ちのお嬢様。小学生から高校生のいままでずっと一緒の腐れ縁である。そして、幼少期にある約束をした仲でもある。
咲は今日の12時頃にラインしてきた。
『あの町に行こう』
最初は
それにしても待たせすぎじゃないか?
スマホで時間を確認してみると、待ち合わせ時間より30分も遅れている。
女姓というのは準備に時間がかかるというが、こんなに遅れるのか?
そんなことを思って僕はまた駅に着いた電車から出てくる人を眺めていた。
そこに一際目立つ女がいた。
駅から出てくるとすぐに僕の方へ走ってくる。
白いコートを着た僕のクラスメート。咲だった。
咲は僕の元へ着くと息を整えて言った。
「待った?」
「ちょっとだけね」
僕がそう言うと咲はすこし申し訳なさそうにした。
「それよりも、早く行かないとダメなんじゃないの?」
僕は話をそらすように言った。
「そ、そうだよ!まったく。アタシがちょっと遅れたからって愚痴ってくるんじゃない!」
いつも通りになった。よかった。
「じゃあ、行こうか」
僕らは更けることのない夜の町を歩き始めた。
この町の駅前にはいろいろな店がずらりと並んでいる。コンビニからスーパーまでなんでもある。
そして、僕ら──というより、咲が向かったのは女性専門の洋服屋だった。
名前を聞いても僕にはまったく聞き覚えのない店だったが、どうやら有名な店らしく、店内は存外に混んでいた。勿論ほとんどが女性だ。
そして、そんな中にいる男性はやはり僕のように連れてこられた感じの苦労人の顔をしていた。
僕はその人になんとなく共感をしながら咲に目を向けた。
「ほら、はやく」
咲はもう、僕のずっと先に行っていた。その周辺にある服を見れば僕にはわからないようなヒラヒラの服があった。なんだこれ。こんな服があるのか。
服にそこまで興味のない僕とってはもはやそこは発見の連続であった。
僕はキャロキョロと服を見ながら咲の方へ向かった。
「ねぇ、この服どう?」
咲は服を自分に合わせながら言ってきた。
その服は白くてヒラヒラしていて、そして、パーカーのような服だった。
この服はいつの季節用なんだろうか。
薄い気もするし、すこし厚めな気もする。
「どうって?」
「似合う?ってこと」
「あぁ、そうか」
はっきり言ってほしいものだ。
「まぁ、似合うんじゃないかな?」
「………そ」
ちゃんと試着すればいいのに咲はそのまま会計に向かった。
なるほど。失敗してもそれほど痛くないのか。すごいな金持ち。いや、僕は何度同じことを思うんだ。もう、何度もこんなことあっただろうに。
僕は咲の会計を待つのに外へ出た。
夜空はきれいに輝いていた。
見上げている間に咲は会計を済ませて出てきた。
「さ、次行くわよ」
「はいはい」
僕らはそのあとにもいろいろな場所に行った。
ファミレス、無駄に高いビル、なぜか寄ったコンビニ、映画は観ないのに行った映画館などなど。
それを巡り終えれば時間は10時を過ぎていた。
僕らはある橋の手すりに寄りかかってぼーっとしていた。
周りの喧騒が静かな僕をかき消していた。
咲は言った。
「つかれたね」
「そうだね」
「ねぇ、怒ってる?」
「え?」
「いや、圭織ずっと笑ってなかったから」
僕、結城圭織ゆうきかおるは咲の腐れ縁の幼馴染みで、僕は特に笑ったことがない。
笑うことなんて稀だ。
それを知っているはずの咲がそんなことをいうなんて、どうしたんだろうか。
「いいや。別にそれは普通でしょ?ほら、僕ってそんなに笑わないし」
「あ、いや。そういう事じゃなくて」
「え?なに?それ以外になにかあった?」
「だから、楽しくなかったのかなぁと」
あぁ、そういうこと。
「まぁ、そうだね。あえて、これまでの5時間に評価をつけるなら『それなり』って感じだと思うよ。楽しかったけど、すごくってわけでもない。でも、つまらなかったと言うとそれも違う。そんな感じ」
「ふーん」
そこから僕らの間に空白の時間が出来た。
互いに黙り、どうすることもできない時間。
そんなに長いわけでもない、たぶん30秒ほどてあったはず。そんな気もするし、1時間だった気さえする。
そんな沈黙を破ったのは咲だった。
「ねぇ、アタシとの約束覚えてる?」
約束。幼い頃にした幼くも、しかし、確実に形に残ったあの約束。
「あぁ、覚えてる」
「いま、それをしよ?」
「そうか。そういうことだったんだね」
「うん」
「いいよ。今回でこの関係も終わりにしよう」
「うん」
咲は頷いてばかりだった。
約束の関係はここで終わり。
「じゃあ、はじめて」
僕は咲に言った。
「圭織。好きよ」
分かっていた。僕が咲に好かれているのはなんとなく分かっていた。昔から──あの約束からずっとなにかを感じていた。
でも、僕は───。
「ごめん」
咲を見ると泣いていた。
口角は笑っていても涙は止まらない。ずっと溢れだしている。
いままでの買い物などは全部この時のための『思い出作り』だったんだろう。
今日、関係が変わってしまうから、終わってしまうから最後になにかが欲しかったんだ。
僕も気づいていたのかもしれない。しかし、気づいていたとしてもそれを口にはしなかったし、思うこともしていなかった。
無意識下で必死にそれから目を逸らしていた。
「咲……」
僕は名前を呼ぶ。
咲は頷いて涙を拭った。
「だ、大丈夫だよ」
そうだろうか。ほんとうに大丈夫だろうか。
あんなに泣いているのに、あんなに悲しそうなのに。
「じゃ、あ帰るね。もうそろそろ時間だし」
咲は僕を見ないようにして去っていった。
「約束はどうなったんだ?」
声のした方には女の子ががいた。とても近くで僕を見上げていた。
小さく、幼い見た目の少女。
彼女の名前は今泉希いまいずみのぞみという。
僕と咲とクラスメートで、影ではロリ女王とかお菓子娘とか言われている。どことなくキャラが定まらないような女の子だ。
僕は希ちゃんを呼んではいなかったが、希ちゃんもこの町を観光に来たのだろうか。
「あ、私は咲に呼ばれたんだ。告白を見ていてほしいってな」
あぁ、なるほど。
「そういうことか」
「そんなことよりもだ。」
希ちゃんはすこし強い口調で言った。
「アンタ約束はどうしたんだよ」
僕は笑った。
「あぁ、どうなったんだろうね」
「………最低だな」
あぁ、全くそうだ。適当に流して、適当に結んで、適当にした。すべてを雑に扱った。
殺されても僕は恨むことなんてできない。
むしろ感謝さえする。
『僕を殺してくれてありがとう』と。
嫌いなんだ。僕が。
あんな無責任な約束をしといてさっさと捨ててしまう僕のこの身勝手な性格が。
「まぁ、私は別に気にしてるわけじゃないんだよ。私がこうやって怒ってるのは咲のためだ。友達のためなんだよ。だから私はアンタのことは嫌いな訳じゃない。」
そこで念押しをして、希ちゃんは言った。
「でも、言わせて欲しい。アンタはどうしたかったんだ?」
僕の答えは決まっている。
「約束したかったんだ。あの約束をもっと続けていこうってね。でも、出来なかった。始まったものはすべて終わりに向かって突き進むだけ。結んでしまった約束はいずれ解かれる。それがいま解かれてしまった。ただそれだけのことなんだよ」
「そうか」
僕のクラスのロリ女王はただ、微笑した。
あの時。僕と咲が初めて出会ったあの夏の日。
幼く、まだなにも知らなかった僕は咲と一緒に地元のお化け屋敷に行った。
そして、迷子になったんだ。
あの時。咲は泣いていた。ひとりでいたくないと、嫌いだと言って泣いていた。
僕はそんな咲を泣き止ませたくて約束した。
「僕と咲ちゃんはずっと一緒だよ。だから泣かないで。絶対に離さないから」
時刻は既に11時を過ぎていた。
僕はもう、何もしていなかった。
明日からは普通の日。冬休みだ。
何をしようかなぁ。
そんなことを思いながら僕は帰路につく。
見上げる空は心無い光で飾られていた。
約束を巡る3人の青春の向かう先は──?