酒の席、下心
「飲み……ですか?」
「はい。どうでしょう?」
いつもの購買の昼下がり。ライドと黒人はいつものように談笑していた。すると黒人がふと思い出したように、「今夜飲みに行きませんか?」と持ちかけてきたのだ。
「あ…もしかしてお酒ダメなんですか?」
「いえ、えーっと…成人したばかりで仕事も忙しいのであまり飲んだことがなくて…よく分からないんです」
「そうなんですか。いや、いつも行ってるお店があるんですよ、商店街に。お酒も料理も美味しいんで、一緒にどうかなと思って」
「それはもう…僕でよければ是非!ご一緒させてください」
「そうですか!では…18時に校門前はどうでしょう?」
「分かりました!」
こうしてライドにとって初めての「同僚と飲み」が実現することとなった。
やってきたのは町の居酒屋といった雰囲気の小さな店だった。しかしそれがとても居心地の良さそうな雰囲気を作り出していて、ゆっくりと飲めそうな感じがした。
席に付くと黒人は慣れたようにビールを、ライドはしばらく悩んだ後レモンサワーを注文した。ほどなくして飲み物が到着する。
「じゃ」
「「乾杯」」
それぞれ一口飲み、一息していると。
「おや、黒人とライドじゃないか!珍しい組み合わせだね」
隣からかかった声に顔を向けると、目に入ったのは日本らしい内装とは不釣り合いな金髪。
「ラドフォード先生!こんばんは」
「アルでいいよライド!」
「アレックス先生、どうも」
「やぁ黒人。ふたりで夕食かい?ここの料理は美味いからね!なぁ祐樹」
「そうだね」
アレックスは自分の向かいに座る中年ほどの男性に声をかけた。黒い短髪に眼鏡。穏やかそうな雰囲気だ。どうやらアレックスはこの男性と一緒に来ているらしい。
「あぁ、紹介するよ。私の住んでいるアパートの管理人の祐樹だ。祐未と直樹の父親だよ」
「へぇ、あの2人の…」
「で、祐樹、こっちは私の職場で用務員をしている黒人と、購買職員のライドだ」
「どうも」
「よろしくお願いします」
「そうだ、折角だから一緒にどうだい?」
「あ、いいですね」
「は…はい!」
アレックスの誘いをふたりは快く受けた。
それから4人は長い時間、様々なことを話した。主にアレックスが祐樹に対して学校の話をし、黒人とライドがそれに乗る。祐樹は基本的に聞き役になっていた。その間も酒や箸は止まらず、そのうちお腹が落ち着くと場には酒だけが残った。
「それにしても…お2人とも仲がいいんですね。僕も一人暮らしをしていますが大家さんと一緒に飲みに行くなんてことないですよ」
「アルには娘たちがお世話になってますからね」
「祐樹たち一家とは随分前から知り合いなんだ!その縁で私も学校の近くのあそこに住まわせてもらっているから、お互い様さ」
「そこってぐら校の生徒も何人か住んでるんですよね?アパートの名前なんて言うんでしたっけ?」
「メゾン・ド・リリーだよ」
「ああ、そうだったそうだった」
「へぇ………えっ!!!?」
ガタリと音を立てて勢いよくライドが立ち上がった。
「メゾン・ド・リリー!?白井さんはそこの大家さんなんですか!?」
「ええ…そうですよ」
「どうしたんだい?ライド」
「え……あ、あの…よく来る生徒さんに、ここに住んでるって子がいて…」
「へぇ、誰ですか?」
「え、あ…えと、ユイザちゃん……とか」
「ああやっぱり。ユイザちゃんは購買
でよく買い物するって言ってましたから」
「お弁当が美味しくてすぐ食べちゃうって言ってましたよ」
「そうなんですか。嬉しいけど、お昼に食べてくれないとなぁ」
この会話から、話題はメゾン・ド・リリーの住民の生徒の話になっていく。
「前に大騒ぎになった…テオでしたっけ、あの子もすっかり馴染みましたね」
「そうだね!嬉しいし安心したよ。友達もたくさんできたようだし!蒼太とは特に仲良しだよ」
「確かに掃除で校内回っててもよく一緒にいるところを見かけますね」
「アル、そういえば最近ノハくんのところによく女の子が来てるけど、あの子は誰だろう?」
「あぁ、それは1年のリアトリスだね!昔からの知り合いみたいだよ?」
「ライドさん」
「は、はい!!」
「大丈夫ですか?さっきから黙って飲んでばかりですが。っていうかだいぶ飲みましたね」
「そうですか?だ、大丈夫です!これ、美味しいですね!」
「あ、ちょ!」
黒人が止めるのも構わず、ライドはグラスに半分ほど残っていたサワーを一気に飲み干した。黒人の声に会話をしていた2人もライドに視線を向ける。
「……さすがに一気はまずかったんじゃ…」
「あー…美味しい…すいませんこれ」
「いや、やめときましょう!?やめときましょう!!?」
「え?そうですか…?」
「もうすっかり出来上がってるじゃないですか…すいませんお水ひとつ…」
「ははは、ライドも結構飲めるんだね!黒人が強いのは知っていたけれど、ライドは意外だったよ」
「途中で急にペースが上がったんで、ちょっと心配はしてたんですよ」
「でも僕あんまり分からないです。ちょっとふわふわするなってくらいで…」
***
「……っていうことがあったんだよ」
「ちょ、何でお前がそんなオイシイ場面に遭遇してんだ!!」
数日後。別の居酒屋チェーン店でアレックスと後藤は食事をしていた。後藤はハイボールのグラスを勢いよくテーブルに叩きつけた。
「その後まもなくお開きになってね、黒人はライドを送っていったよ。たぶん駅まで一緒だったんじゃないかな?」
「何だそれ!!あああくっそ!!こんなオイシイライ黒他にあるか!今冬に向けて原稿描いてるのにライ黒描きたくなっただろうが!どうしてくれる!!」
「私に言われてもね」
「明日内原捕まえて問いただしてやる…ついでに神前にガトーショコラ作らせて送りつける」
「明日は日曜日だよ」
「………し、しかし、よく酒豪ばっか集まったもんだな。結局誰も潰れずに帰ったんだろ」
場を濁すように後藤はハイボールを煽る。そして目の前のだし巻き玉子に箸を伸ばした。
「そうだね、ライドもペースさえ乱さなければかなり飲めそうな印象だったよ。意外だったね」
「あたしから言わせれば祐樹が一番意外に見えるけどな」
「そうかい?」
酒の席が酒の肴に。大人たちの夜はこうして毎日過ぎていく。