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地味に仕事をする

作者: 竹仲法順

     *

 毎日午前八時半過ぎに社のフロアへと入っていき、一日の業務を始めるため、掃除などをする。俺も小間使いだ。入社して五年の新米だから、尚更そうである。掃除機を掛けてしまった後、手を洗い、コーヒーメーカーにコーヒーをセットした。毎朝しているので、慣れている。

横峰(よこみね)(くん)

「はい」

 大柳主任が呼んでいる。振り向き、課長席へと行って、

「何でしょう?」

 と問うた。

「もう皆出勤してるから、始業時刻になったら、君にも仕事してもらうわよ」

「ええ、分かってます。そのつもりですので」

 一礼してデスクへ向かおうとすると、大柳が、

「不満とか愚痴ってある?」

 と訊いてきた。

「いえ、特には」

「そう?ならいいけど」

 この上司も気に掛けてくれているのだ。俺自身、あまりにも忙しいからである。ずっと雑用ばかりで疲れてしまう。だけど、会社に小間使いがいないと、他の社員の仕事がはかどらない。まだ二十代後半だから、無理は利く。多少きついこともあったのだが、それも十分こなせた。まあ、大学までずっと野球をやっていて、どちらかというと体育会系だったからなのだが……。

     *

「横峰」

「はい」

 大柳の部下で副主任の華原(かはら)が声を掛けてきた。立ち上がり、副主任席へ行くと、

「朝から申し訳ないけど、君にはこの文書をワードに打ち込んでもらうよ。気にするな。単に打ち込んでから、フラッシュメモリにデータ落とすだけだから」

 と言って、分厚い文書類を渡す。こういったことは慢性的にあるのだった。華原たち幹部は、商談など別の仕事へと回る。文書は縦入れのA4用紙に横書きで百枚以上あった。これを全部打ち込むのは、実に大変だ。根気が要る。

 デスクでずっとパソコンのキーを叩きながら、打ち込み続けていた。正午まで掛かり、やっと打ち終えてから、空腹を覚える。ずっと座ったままパソコンに向かっていたので、坐骨が痛い。これは職業病である。二十代でも持病は出てしまう。特に体でもどこかしらにガタが来るのだ。

「お昼行ってきます」

 一言言ってフロアを抜け出る。そして近くにある牛丼屋へ向かった。いつも昼食を取るのはここだ。牛丼ばかりだと不健康になりがちなのだが、仕方ないと思っていた。俺に豪勢な食事を取るだけの金はない。並盛りなど一杯が五百円切れるぐらいで食べられる。安い給料しか取れないサラリーマンには打って付けの食事だ。まあ、早起きして弁当などを作ればそれに越したことはなかったのだが……。

 頼んだ後、お冷をがぶ飲みして食事が届くのを待ち続けた。ずっとスマホを見続ける。欠かせなかった。いつでもスーツのポケットに入れている。常にネットニュースやブックマークしたサイトなどを見たりしていた。食事が届くまで、だ。

     *

「こちら、並盛りになります」

「ああ、ありがとう」

 一言言い、食事に箸を付ける。慣れてしまっているのだった。いや、慣れているというよりも、むしろ感覚が麻痺しているところすらある。お昼に牛丼をきっちり丼一杯食べるということに対して、だ。

 食事を取ってから、レジで清算してもらい、レシートを持って店外へと歩き出す。別に気にしてなかった。ずっと仕事が続いているのだが、慣れれば何ともないと。確かに地味に仕事をするのはきつい。いくら無理が利くと言っても、一日が終わると疲れが出てしまう。自然現象なのだった。

 社に戻る前、近くの自販機でブラックのアイスコーヒーを一缶買う。一本百円で眠気が抑えられれば、安い物だと思っていた。飲んでしまい、空き缶を捨ててから、またスマホを見始める。実にこの繰り返しなのだ。昼前後は眠気が差す。夜間遅くまで起きていて、朝が早いから寝不足なのである。コーヒーはあくまで眠気を抑えるための手段であり、同時に健康志向品でもあるのだった。

 帰社し、デスクに座っていると、大柳が、

「横峰君、午後一でまたデータの打ち込みやってもらうわよ。いい?」

 と言ってきた。

「ええ、大丈夫です」

「君、まだ二十代でしょ?会社員は入社したてだったら、誰でも下積みなんだから」

「分かってます」

 頷き、打ち込むデータの原本を受け取って、デスクでまたパソコンに向かう。疲れているのは事実だが、そんなことを言っていられないぐらい、仕事は溜まっている。まるでマシーンのように動く必要があった。

 またデータを入力し始める。参ってしまうことがあった。だけどキーを叩きながらも、いずれこの立場から解放されると思っていたのである。ずっと下っ端をやっている人間もいるにはいるのだが、いつか上がれるものと考えていた。それまで辛抱しないといけない。そういったことを心の片隅に留めておきながら、また仕事を続ける。文句など言わずに。

     *

 一日が終わり、終業時刻になると、その日も残業があった。

「横峰」

 華原が呼んだので、

「はい」

 と言って、副主任席の前へと行く。そして用件を聞いた。華原が、今日は近くのラーメン屋が出前を持ってきてくれないので、コンビニで弁当を買ってきてほしいということを伝えたのである。

「分かりました。五人分ですね?」

「ああ。買ったら領収書もらってきてくれよ。後で会社の経費で落ちるからな」

「はい」

 頷き、フロアを出て、コンビニまで歩く。今、抱えている心配事というのは特にない。ただ、ずっと仕事するにしても、何かしら逆境が多いなということだった。そう思いながら、夜のコンビニで食料と飲み物を人数分調達する。

 空にはたくさん星が出ていて、夜風が一際涼しい。そんなことを感じ取りながら、秋という新たな季節を迎えることになる。慣れてしまえば、雑用も苦にならない。ゆっくり出来るのは夜間だけなのだが、その事実もちゃんと受け入れていた。

 コンビニで買い物し、荷物を抱え持ってから、歩いていく。多少疲れを覚えながらも、社のあるビルまで歩を進める。ゆっくりとではあるが、着実に。

                          (了)



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