幼なじみのその先へ
カリカリ、カリカリ
ペラペラ、ペラペラ
カリカリ、カリカリ
ペラペラ、ペラペラ
カリカリ、……………
ペラ、
「ちょっと、里美」
机に向かって勉強している私の横で、ベッドに横たわって漫画を読んでいる人物に声をかけた。
「んー?」
しかし漫画に集中しているのか、返ってきたのはおざなりな言葉だった。
彼女の名前は武田里美、幼稚園の頃からのくされ縁である。
「それ貸してあげるから、自分の家に帰って読んで」
「えー、帰るのめんどくさいよ」
「あなたの家はすぐそこでしょうが」
里美の家は道を隔てた向かいにある。
移動にかかる時間はせいぜい一分程度だ。
「どうしてもダメ?」
上目遣いでお願いしてくる里美。
長い睫毛に潤んだ瞳。
ほとんどの人に断ることを許さない里美必殺の仕草だが、残念ながら昔からの付き合いで耐性のある私に効果はない。
「だーめ。勉強するのに気が散るの」
キッパリと彼女の頼みを断った。
ごねるかな、と思ったが、
「むー、わかったよ」
意外と素直に了承してくれた。
いつもならもう少し駄々をこねるのだが…
少し違和感が有るのは否めないが、言うことを聞いてくれたのだ、それで良しとしよう。
そう結論づけて勉強に戻ろうとしたのだが、次に彼女が発した意外な言葉は私に更なる違和感を与えた。
「漫画読むの止めるから、ここに居ていい?」
そう頼んできたのだ。
里美は漫画を読むためにここに居たのではないのか?
なのに、それを止めてでもここに居たいという彼女の言葉を私は理解することが出来なかった。
「邪魔にならないようにしてくれるなら構わないけど…」
とはいえ、断る理由はないので里美の願いを認めることにする。
その後、里美はたまに私へと視線を送ってくる以外、何をするでもなくベッドで時間を潰していた。
気が散るようなことはしていないので、私は勉強を続ける。
しかし、すぐに集中力が切れた。
里美が気になってしまうのだ。
彼女が何かをしたというわけではない。
ただ、どうしても行動の不自然さが気になってしまう。
このまま勉強しても効率が悪いだけだ。
一度勉強の手を止め、里美へ問いかけてみることにした。
「里美、何かあったの?」
軽い気持ちで尋ねてみたのだが、
「何かって、何?」
里美は何故か不機嫌そうに聞き返してきた。
やはり不自然だ。
問いかけを続ける。
「今日のあなた、変よ。理由があるなら教えてくれない?」
里美はそっぽを向いて答えることを拒否した。
わけがわからない。
私が何か気に障るようなことを言ってしまったのだろうか?
漫画を読むのを止めて、と言った時には機嫌は悪くならなかった。
里美が不機嫌になったのは、
「何かあったの?」
そう聞いた時だ。
怒るような質問ではない…が、何か里美にとって気に入らないことがあったんだろう。
ただ、気に入らないことがあったとしても、いつもならはっきりと言ってくる。
それなのに、今回に限ってだんまりを決めこんでいる点が気になった。
「里美…」
再び呼び掛けると里美はやっとこちらを向いてくれた。
そして、目が合う。
その目は今まで見たことないほど真剣なものだった。
「笙ちゃん、私に何か言うことあるんじゃないの?」
里美の言葉は全く予想だにしないものだった。
私が里美に言わなくてはいけないこと。
考えてみたが、何のことだか見当がつかない。
しかし、何かあるからこそ里美は不機嫌なのだろう。
「その様子だと何のことだかわからないみたいだね」
呆れたような、怒ったような、どちらとも判断のつかない声色で里美はそう言った。
図星である。
「ええ、その通りよ」
隠しても仕方ないので、ありのままを答えた。
すると、
「はぁ…」
その答えを聞いた里美はため息をついた。
そして次に里美が発した言葉に、私は驚愕した。
「なら、教えてあげる。今日の放課後、学校の屋上でのことだよ」
「!!」
何故、里美が知っているのだ。
あのことは当事者以外誰も知らない筈なのに。
「どうしてそのことを?」
努めて冷静に尋ねたつもりだったが、声に微かな震えが出るのは止められなかった。
「答えは簡単。私、その現場を見てたの」
「なっ!」
あの場に、里美が?
背中を冷や汗が伝う。
今日の放課後、私は隣のクラスの小林君に呼び出されて屋上に行った。
彼とは小学校の時に何度か同じクラスだったことがあったが、今ではたまに言葉を交わすくらいで、特別仲が良いわけではない。
そんな相手にいきなり呼び出され、何事かと思ったが、断るのも悪いと思って行くことに。
約束の時間通りに屋上に着いたが、小林君はフェンスにもたれ掛かって私を待っていた。
そして私が来たことに気付くと彼は近づいてきて…ラブレターを渡してきたのだ。
今まで経験のなかったことに私は戸惑った。
頭が混乱してどうすればいいか考えている間に、返事はいつでもいいから、と言い残して小林君はその場を去っていった。
あの時の私には周りを気にしている余裕などなかった。
ゆえに、私たち以外の人が居たとしても気付かなかっただろう。
しかし、よりにもよって一番見られたくない人物があの場にいたなんて…
我が身の不幸を呪うしかなかった。
「何で黙ってたの?」
私が黙っていると、再び里美が理由を尋ねてきた。
「…」
答えることなどできる筈がない。
もし、答えられるようなことなら、とっくに答えている。
「笙ちゃん、教えてよ」
「…」
「笙ちゃん!」
沈黙を貫く私の態度が我慢できなくなったのだろう、里美は私の肩を掴み、声を荒げて私の名前を呼んだ。
里美は大切な友達だ、隠し事なんてしたくない。
しかし、
「言えない」
私には掠れた声でそう答えるのが精一杯だった。
「どうして…どうしてなの?今までどんなことだって話してくれたじゃない!」
その通りだ。
楽しかったことも、嬉しかったことも、悲しかったことも、辛かったことも、みんな二人で分かち合ってきた。
でも、今回のことだけはどうしても言えなかった。
友達だからこそ、里美のことが好きだからこそ。
そう、
「あなたに嫌われたくないから」
それが黙っていた唯一の理由である。
「あなたに知られたら嫌われてしまう!!そう思ったから隠し通そうとしたの。…無駄だったみたいだけどね」
なにせ現場を見られていたのだ、隠すことなど最初から不可能だったことになる。
「笙ちゃん…」
「今さら遅いかもしれないけど、ごめんなさい!」
私は頭を下げた。
許されるとは思わない。
でも、私は悪いことをしたのだ。
そういう時は謝らなければいけない。
「笙ちゃん、顔を上げて。理由を話してくれたんだから、私は満足だよ。もちろん嫌ったりもしない」
里美はそう言ってハンカチを渡してくれた。
「だから、涙を拭いて」
「私…泣いて?」
気付けば、私の目から涙がこぼれ落ちていた。
里美からハンカチを受け取って、それを拭く。
「落ち着いた?」
「ええ。みっともない所を見せてしまったわね」
涙を流すなんて何年ぶりだろうか。
少なくとも、いつ泣いたか思い出すことができない程度には昔のことだ。
ともあれ、許してもらえてよかった。
だが、まだ終わってはいない。
今回の件の原因となったラブレターは未だに鞄の中だ。
机の横にかけてあった鞄からそれを取りだして、
「はい、これが小林君からのラブレター。隠してごめんなさい」
里美へと差し出した。
「…え?」
何故かそれを見てきょとんとする里美。
「どうしたの?」
「これって小林が笙ちゃんに…」
「そう、彼から里美に渡してって預かったラブレター」
そして、私が里美に渡したくなかったもの。
呼び捨てにしてることからわかるように里美と小林君は仲が良い。
趣味も合うみたいだし、お似合いのカップルになるだろう。
でも、私はそれが嫌だった。
私は里美が好きだ。
友達として…そして一人の女の子として。
小林君に里美が取られる、そう思った私は焦った。
嫌だ、里美を渡したくない!
その思いが、私にラブレターを隠すという行動をとらせた。
悪いことなのはわかっている。
でも、里美を誰かに取られることが防げるなら…悪いことだって構わない。
明日には小林君に里美が断ったという嘘の返事を伝えようとさえしていた。
最低である。
でもそんな最低の私を、里美は許すと言ってくれた。
それだけでも幸運なのだ。
悔しいけど、二人を祝福するしか…
「ちょっと待った!」
急に里美が大声でそう言った。
しかも、どこか様子が変である。
「このラブレターが私宛てって本当なの!?」
「うん、そうだけど」
何故、今更そんな確認をしてきたのだろう。
だから怒っていたのではないのか?
「てっきり笙ちゃん宛てかと…」
「は?」
「ラブレター、笙ちゃん宛てだと思ってた」
待て待て。
もしかして、何か根本的なところで思い違いがあるのではないか?
私は、里美が怒っていたのは、彼女宛てのラブレターを隠したことが原因だと思っていた。
だが、里美はラブレターが私宛てだと勘違いしていたと言う。
つまり、怒りの原因は別のことなのだ。
今の時点で可能性があるのは二つ。
一つは、私がラブレターを貰ったことを隠していたことに対して怒った場合。
もう一つは、私がラブレターを貰ったということ自体が気に入らなくて怒った場合。
そのどちらかなのか、はたまた思いもつかないようなことなのか。
何にせよ、本人に聞くのが一番早い。
「どうして、怒ってたの?」
「それは…」
……
………
数分の沈黙の後、
「笙ちゃんが取られちゃうと思ったから」
そう答えが帰ってきた。
「え?」
それは…私がラブレターを隠したのと全く同じ理由じゃないか。
つまり、里美も私のことが好き?
い、いや、冷静になれ私。
友達として好きなだけでも、他の誰かに取られるのはいい気はしない筈だ。
里美が私を恋愛対象として見てくれているなんて、そんな都合いいことあるわけ…
「笙ちゃんが好きだから、小林に取られたくなくて怒ったの!!」
あった。
念のため、
「その好きっていうのは、友達として?それとも…」
そう聞いてみると、
「愛してるって意味で、だよ」
潤んだ瞳で上目遣いしながらそう答えた。
さっきはなんとも思わなかった仕草なのに、今は胸のドキドキを止めることができない。
里美は想いを伝えてくれた。
次は私の番だ。
椅子から立ち上がり里美の前に立つ。
そして、彼女に抱きついた。
「しょ、笙ちゃん?」
里美は慌てふためいている。
当然だろう、逆の立場だったら私も間違いなくそうなっただろう。
「私もだよ」
抱き締める腕に力を込める。
「里美のこと愛してる」
これまでずっと言いたくて、言えなかった想い。
ついに里美に伝えることができた。
「えー!!」
里美は驚いて大声を上げた。
「そんな、笙ちゃんが私のこと?え、え、これって現実?」
かなり取り乱しているようだ。
「現実だよ。ほら」
そう言って里美の頬を軽くつねる。
「痛いでしょ?」
「うん」
返事を聞いて手を離した。
里美は頬を軽くさする。
そんなに力を入れたつもりはなかったが、やりすぎてしまったのだろうか?
私の心配が伝わったのか、里美は
「気にしなくていいよ。そんなに痛いわけじゃないんだ」
と言ってくれた。
「それなら何故?」
「痛みを感じている場所を触っていると、これが現実だって信じられるから」
えへへ、と笑う里美。
その笑顔は、思わず見とれてしまうくらい可愛いものだった。
「笙ちゃんが私のこと好きだったんなら、もっと早く告白すればよかったな」
「そうね、私もそう思う」
そして私は彼女の瞳を見つめながら顔を近づけていく。
「しょ、笙ちゃん?」
「遅れた分、これから取り戻していこう」
そう言って里美の額にキスをした。
幼なじみだったから、誰よりも仲が良かったからこそ、お互いに今までの関係を壊したくなくて踏み出すことができなかった。
しかし、今日でそれも終わりだ。
きっかけはつまらない勘違いだったけど、幸運にも得ることができたこの関係を二人で大事にしていこう。
突然のキスに頬を染めて取り乱す恋人の顔を見ながらそう思うのだった。
短編小説二作目、いかがだったでしょうか?まだまだ拙いですが、少しでもいい作品を書けるように頑張っていきたいと思います。