初めてのお使い、初めての・・・
※書類上夫との結婚が成立した数日後のお話です。
夫の家にはじめてきたときに、なんて何にも無い台所なんだろう、と呆然とした記憶があります。
調理道具はもちろん、食材もなし。
かろうじて台所にあるのは、コップとお皿が数枚。
この人、いままで一体どうやって生きてきたんでしょうか。
一緒に来ていた保護者の奥様が、すぐに調理器具や食材など必要最低限のものを用意してくださったので、それで今まで凌いできましたが、そろそ小麦が足りなくなってきました。
お野菜などは庭である程度採れるのですが、新鮮な卵や、ミルクもほしいところ。
それに、私、この家に来てから、まだ一度も街に戻っていないんですよね。そろそろ、女性ならではのこまごまとしたものも買い足しておきたいところです。
そこで私は夫になった方にお買い物に行きたい、と切り出してみました。
「小麦が切れそうなので、お買い物に行きたいのですが」
夫が頷きました。行ってきていいんですね。良かった!
お金は、保護者の奥様から非常用と、当面用の二種類に分けていただいたものがあります。結婚祝いとしていただいたものなので、ありがたく、二人分の食費として使わせていただきましょう。
街についてからどういう風に回るか、なにを買おうか考えていると、夫に紙とペンを渡されました。
見ると、上のほうに「小麦」と書かれています。
あ、忘備録ですね!
卵に、ミルク、お塩、お砂糖、果物、お庭では採れない野菜など、街で売っているかどうかわからないものも、とりあえず希望として書き込んでいきました。
食料に関してはこんなところでしょうか。
ある程度書き出したリストを眺めて忘れているものが無いか確認していると、さっ、とそのリストが夫に取られてしまいました。
夫はざっとその内容を確かめると、それを自分の内ポケットの中へ。
「・・・え? あの、旦那さま。それ、私のお買い物用に書き出したものなんですが」
「・・・これを買ってくればいいのだろう?」
まだ他に何かあるのか? といわんばかりに聞き返してくる夫に、思わず絶句してしまいました。
あ、当時の夫も無口でしたが、必要最低限のこれくらいの文章は話してくれていたんですよ? 今なら3分の1以下の「買ってくる」で会話終了です。
今ならそんなにしゃべったことに感動ものですが、当時の私は夫の無口さに慣れるのが手一杯で、その短い会話文の中から必要な情報を取り出すのがやっと。
なので、言われた意味を理解した私は、思いました。
・・・女性ならではの必要品を書き出す前でよかった!!
「あの、私が自分で買いに行きたいんですが」
「・・・じきに茶会が開催される」
なんとなく、無駄だろーなー、と思いつつ、一応主張してみると、よくわからない回答が帰ってきました。
お茶会については、奥様から、結婚後も必ず出席するように言われていますし、確かにそろそろ結婚後初の開催時期ですけれども。
つまり、それまで我慢しろ、と?
お、横暴です! 買い物ぐらいいいじゃないですか! 私だって、新鮮な食材を自分の目で選んだり、いろいろ街の中を見て歩きたいです!
と、とっさに脳内で激しく夫に抗議したのですが、口に出しては言いませんでした。
だって、ちょうど夫がソファにゆったりと腰掛けたかと思うと、こてっ、と首を傾けたところだったんです。
ク、クマさん降臨っ!!
その体勢はずるいです、反則ですっ!
焦げ茶色のフカフカ感といい、首の傾け具合といい、本当に実家のクマさんにそっくりすぎですよっ。
思いっきり机に突っ伏してバンバン叩きたい誘惑に駆られますが、ここはぐっと我慢です。
もちろんクマさんに怒鳴ったり、抗議したり出来ませんし、それよりも抱きつこうとする体と、勝手に動きそうになる手をとめるだけで精一杯です。
それに、良く考えると、小麦やミルクって結構重いんですよね。そのほかの食材に、さらに割れやすい卵となると、私一人で持ち帰るのは困難を極めるに違いありません。となると、夫の申し出に甘えて、買ってきてもらったほうが安全です。
自分用の雑貨については、それこそお茶会のときでも十分間に合いますし、どうせなら一人で買い物するよりも、友人と一緒に見て回ったほうが楽しそうな気がします。
うん、そうですね。
「じゃ、お願いしますね、く・・・旦那さま」
というわけで、買い物はクマさん(夫)にお願いすることにしました。
その夜。
約一年分の小麦に絶対に飲み切れない量のミルク、一体何羽の鶏に産ませたんだという卵など、その他、馬車にぎっしり詰まれた食材の数々が届けられた私は。
・・・初めてクマさん(夫)に、こんこんと説教をしました。
夫 → 「大は小を兼ねる」タイプ。
この時はまだ、二人分の食材の適正量が分かっていなかったようです(苦笑)