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ある神官の一日(イフェ諮問神官視点) 前編

あの日の、ある神官の一日を、前後編でどうぞ!


 まだ朝日も登らぬ早朝。

 この街でただ一人の諮問神官である私の一日は、礼拝堂で祈る()をこっそり見つめる事から始まるのです。


 ・・・いやっ、変態的な意味ではありませんよ!?

 先ほどの言い方だと、なんだか急に言い訳したくなるような、どうしようもない衝動が湧き上がってきてしまうのですが、誤解しないでいただきたい。

 あくまで私は純粋な信仰心から、ひとり礼拝堂に篭る彼・・・フローイン教師に気付かれないよう細心の注意を払いつつ、物影から息を殺して、その姿をつぶさに観察しているだけなのです。


 ・・・。

 ・・・言い直した方が、より変態的な感じになったのは・・・なぜでしょう?


 と、とにかく。

 私が自分の信仰心とほんの少しの興味から、彼を観察するようになったのは、ちょうど諮問神官という重職に任命され、半年ほど経った頃のこと。


 当時、私はかなりへこたれていました。


 何しろ、諮問神官というものは、場合によっては上位の神官でさえ裁く重要な役目なのですが、中央神殿で神官としての修行を終えたばかりの若輩者である私が、その役目を中央神殿の星妻(リーフェ・リア)の勅命によって任命されてしまったのです。


 表向きは、中央神殿での修行を終えた者にふさわしい役職を、という理由でした。


 歴代最年少での着任に、当然、この街の古参の神官たちからの反発は強かったのですが、それはそれ。予想の範囲内でしたし、私自身それほど周りの声を気にしないおおらかな性格でしたので。ええ、全部とは言えませんが、ほとんど聞き流・・・気にし過ぎないようにしながら自分の役目を果たしていました。


 ですが、着任してからわずか半年後。

 私はすっかりへこたれてしまっていました。


 半年間、諮問神官をやっていれば、嫌でも見えてくるモノがあります。

 確かに中央神殿での厳しい修行を完遂できた者には、地方神殿である程度の地位が約束されます。これは修行の成果、という意味もありますが、何よりも中央神殿と繋がりがある者を地方神殿の中枢に組み込んでおきたい中央神殿側の思惑もあるのでしょう。

 この街の神殿内では、中央神殿での修行を終えることができたのは、現在修行中の3名を除き、私と神官長、それにフローイン教師だけで、その中で何の役職についていないのは私だけでした。


 ですが、通常、各神殿内の配属に中央神殿がわざわざ口を出すことはありません。

 口添えすることはあっても、星妻(リーフェ・リア)の勅命によって任命するなど、ありえないことです。


 その、通常、ありえないことが、この街で起きた。

 ・・・それが意味することは。


 考えすぎるのが私の悪いところだとはわかっているのですが、どうにも悪い方、悪い方へと考えてしまうもので。

 自分の中に過ぎる最悪の想像と、眠れぬほどの重圧に、早朝前の暗闇の中を彷徨っていたその時。


 偶然、礼拝堂へ向かうフローイン教師を見かけたのです。


 声をかけようかと思ったのですが、自分が抱えているものは何一つ、誰かに話すことなどできません。ですがそれとは関係のない世間話くらいなら別に話しかけても構わないのでは、と逡巡しているうちに遠くなっていくその背中をなんとなく追いかけ、そこで目にした光景は・・・。


 ああ、ちょうど、始まります。


 半ば地面に埋もれるようにして作られた礼拝堂の中へ、ゆっくりと陽の光が差し込み。

 その光は一心に祈りを捧げるフローイン教師の見事な銀髪にも降り注ぎ。


 生まれる、無数の煌き。


 静寂のなか、まるで賛美歌を奏でるように戯れる光の粒子たち。


 詰めていた息が溜息となってこぼれてきました。

 ・・・何度見ても、見事な光景です。

 初めてこの光景を見たときは、フィリー神が御降臨されたのかと思ったほどでした。


 しかし、私にとって何より気がかりだったのは、彼が祈りから顔をあげた時の、その表情。

 何の感情も、意思も読み取れない、完全な『無表情』だったのです。


 普段は穏やかな微笑みを浮かべ、『神官の鏡』とさえ言われている彼が、清浄な光の乱舞に包まれながら、床に広がる独特の文様を見つめているその顔は、冷たいほどの無表情でした。


 それなのに、どこか苦しげで、慟哭するようにも見えて。


 初めてそれを目にした時から、その表情があまりにも気になって、こうして毎日のように見守っているわけです。

 何ができるわけでもなく、見ているだけなんですけどね・・・。


 ただ最近、その苦しげな無表情がほんの少し、和らいできているようでした。

 何があったのか、直接聞いてみたいとは思うのですが、諮問神官という立場上、あまり他の神官と親しくすることもできません。


 それに、物凄く言いづらいじゃないですか。

 毎朝物陰からこっそり見ていたんですが、最近何かいいことがありましたか? って自分のことながら非常に気持ち悪い話だとおもいますよ。

 ええ、自分のことながら。


 フローイン教師はこのあともしばらく祈りを続け、それから日々の教師としての仕事に向かうので、一足先にこの場からそっと離れました。

 私はこのあと中央祭壇にて朝の祈りを捧げてから、通常の諮問神官としての業務に戻ります。


 諮問神官としての仕事は多岐に渡りますが、今日はまず、とある申請者の婚姻意思確認を行う予定です。

 意思確認は、各家庭に赴いて暮らしぶりなどもみてから総合的に判断するのですが、今のところ諮問神官は私一人。

 一日に回れる人数は限られてしまうので、普段は厳格に申請順に訪問させていただいているのですが、今日の二人は少し訳ありのようで、特別に優先的に訪問することになりました。あのフローイン教師から直接口添えがあっということもありますが、物事には、優先させねばならないこともありますから。


 フローイン教師の話によれば、妻になる方は一番最近こちらへやってきた訪れし人だとか。

 訪れし人は、こちらへ来たばかりの期間はその存在と生命は不安定であり、神霊的に安定させるためにも、早急に婚姻を結びフィリー神とリーフェ・リアの加護を受ける必要があるのです。


 表向きは。


 そういうわけで、他の申請を後回しにして、先に件の渡り人の女性のもとを訪れたのですが。


 街のかなり外れに位置するその家の扉を叩くと。

 ・・・出てきたのは、見上げるほどの大男でした。



―――



 私から見て、フローイン教師は実に素晴らしい神官の一人です。

 常に冷静沈着で、誰に対しても平等。


 何よりも素晴らしいのは、その美声で紡がれる説法です。

 気難しい街の重鎮たちでさえ、彼の説法を楽しみにしていると聞きます。


 そして、その見事な説法の説得力の裏にあるのは、日頃の彼の行動です。

 彼は常に公正であり、どのような相手の話にも耳を傾け、正しい行動を起こし、その行動に伴う努力を惜しまない。


 それゆえに、人々もまた、彼の言葉に耳を傾けるというわけです。


 彼は必要があれば、貝よりも固く口を閉ざし、ひとかけらさえ漏らさない人ですが、時々、故意か偶然か、大事なこともついでに言い忘れる癖があるようで。

 その被害は、結構な頻度で私が被っているのは、気のせいだと思いたかったのですが。


 せめて事前に申請者が『外』の人間だと、一言言っておいて欲しかった!


 目の前には、とんでもない威圧感を放つ大男。

 『街』で生まれ育った人間には持ち得ないその体格と射殺されそうな鋭い眼光で、すぐに外の人間だとわかったのですが、なんの覚悟もなく対面してしまったので、これからどう動けばいいか、咄嗟に分からなくなってしまいました。

 それでもなんとか引きつった笑みを浮かべていると思うのですが、そろそろ限界が・・・。


 そういえば、昨日、街の自警団の手を焼かせる悪童たちがやけに緊張した面持ちで大人しくしていたようで不思議だったんですが。

 原因は間違いなく彼、ですね。


 婚姻申請の書類には、職業欄に自警団入団予定とあったはず。

 これは、確かにお世話になりたくないな、と現実逃避しているうちに、大男が、大きなため息をつき、大げさなほどが体がすくみました。


 終わった!?

 私の命、今終わりを告げました!?


 こんな相手に殺気を向けられただけで心臓が止まってしまいそうで、思わず飛び上がって逃げ出しそうになってしまった、その時。


「お客さまですか?」


 可愛らしい声にはっとすると、大男の背中からひょこっ、と小さな女性が顔を出しました。

 真っ黒な髪と同じ色の大きな瞳。

 森に住む小さな生き物とか、川辺に住む小さな生き物とか、とにかく小動物を思わせるような、とても可愛らしい女性です。


 思わず、大男と小さな女性を何度も見比べてしまったのですが。

 身長差が激しいので、何度も忙しなく上下に頭を振りながら、私は驚愕の事実に気がつきました。


 この女性が、この申請人(大男)の配偶予定者!?

 あ、有り得ないっ!!


 そういえば、この申請人の後見人欄は空白になっていました。

 そして、この女性の後見人は、ご領主夫妻です。

 今代のご領主は、『外』の出身者。

 まさか『外』の人間を『街』の住人として認めるために、訪れし者をあてがった?


 その想像に、私は腹の底から怒りが湧いてきました。


 ・・・なにも知らない女性になんということを!


 確かに訪れし者は早急に婚姻を結び加護を受けることが望ましいとはいえ、他に方法がないわけではありませんし、相手を選ぶ権利だってもちろんあります。

 こんな恐ろしげな大男と、なにもわからないまま婚姻させられそうになっているなんて。


 私も私です。

 自分の職務も忘れ、この大男に恐れをなして逃げ出そうとしてしまうなんて。

 今、この不遇な状況にある女性を救うことができるのは、私だけだというのに。


 覚悟を決めました。

 この女性は我が信仰にかけて、どんなことをしてでも私が守ってみせましょう!


 深く自分の不甲斐なさを反省し、決意を持って申請人である大男を見ると、威嚇するように眉間にシワを寄せて悪鬼のごとく睨まれました。

 が、心が決まった今はなにも恐ることはありません。まっすぐに睨み返します。


「・・・星神フィリーの加護を。はじめまして、イフェと申します」


 ・・・思わず真っ先に加護を願ってしまったのは、信仰心ゆえ、ということにしておいてください。




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