男たちの酒盛り ②
会場の中では、それぞれ催し物が開催されている。
もちろん、その間、号令と共に酒を飲み干さなければならない。例えば、綱渡りのような競技をしている状態でも号令がかかれば、近くの人間が杯を渡し、それを飲み干してから勝負の続きが行われている状態だ。
それは、グレインが参加している利き酒大会も例外ではない。
机の前に並べられた杯とは別に、号令がかかれば別の杯に入った酒を飲み干しているから、飲んでいる量だけで言えば、この利き酒大会に参加している連中が一番なのは間違いない。
さらにグレインは参加する前に、主催者である酒屋の主人に一つ注文をつけた。
「出題は、全部違う酒で」
これが酒屋の主人に火をつけた。
「いいでしょう、全員分、出題ごとに新しい酒を用意してやりましょう!」
二つ返事で了承した酒屋の主人は、出題に使われた酒は、次以降の出題には使わずに次々と新しい酒を用意させ、領主からの差し入れも並べ、ついには、末息子に急遽店に置いてある秘蔵の酒も取りに行かせて惜しみなく封を切った。
むしろ普段は決して味見もさせてくれないような酒の数々を惜しみなく並べる親父に、二人の息子は、にまり、と笑いあう。
親父のコレクション、全部空けちまおう。
視線を交わして、笑顔で頷き合った息子二人は、いつも飲んでみたい、と思っていた親父のコレクションをありったけ持ってきた。
利き酒の方法は、まずは並べられた酒5種類を飲み、その中の一つを別の5杯の器の中から見つける、というもの。少なくとも一度の利き酒で6杯以上は必ず飲まなければならない。
酒好きだが酒に弱い酒屋の末っ子は、二回戦で沈没した。
順調に勝ち進んだグレインは、既に決勝戦に突入し、周りは観戦に盛り上がっているかと思いきや、ほとんどが床に沈んでいる。
最後の対戦相手は、酒屋の長男。
グレインは、5種類の酒を飲んだ後、6杯目に手をつけたところで、動かなくなった。
「これは、うまいな」
「おおっ、分かるのか!? こりゃぁ、儂のイチオシだ」
「うわっ、ずりぃぞ、親父! 俺にも飲ませろっ!」
これだけ散々飲んだあとでは、普通、舌が馬鹿になっていて味などわかるはずがないのに、グレインは本当にうまそうに飲んでいる。
それを見て気をよくしたオヤジ、勝負そっちのけで次々と秘蔵の酒を振る舞う。
なぜか長男とも意気投合して、結局勝負は引き分けということで、ただ3人で酒を楽しむ男たちだったが、まずは親父が眠りこけ、長男が笑いながら机に突っ伏した。
やたらと多種多様な酒を飲んだグレインも流石に酔っ払って、オヤジから譲り受けた酒瓶を大切そうに抱えて椅子に座り込む。
グレイン、脱落。
ウェレス大会に参加していたフィリウスが、「いい汗かいた!」と言わんばかりの爽やかな笑顔で全員を潰して戻ってきた。
利き酒大会の方を見ると、全員が倒れるなり管を巻いているなりしている中に、椅子に座り込んで寝ているグレインを発見して爆笑する。
「なんだ、グレインはもう脱落したのか? 内蔵弱ってんじゃねー・・・の・・・」
運動して喉が渇いていたフィリウス、手近な酒を一気飲みしたとたん、そのまま崩れ落ちるように落ちる。
ヴォルフがこっそり注いだ『グァランの焔』に気付かなかったらしい。
奇しくも、先ほど笑ったフォンと同じ飲み方、同じ体勢で落ちたフィリウスは、それでもどこかさっぱりと気持ちよさそうに寝ている。
フィリウス、脱落。
次々と潰れて行く団員達のなか、未だ愚痴りまくる男達に囲まれたままの『獣』は、愚痴る男どもを効率良く潰すべく、自分が飲む酒を酒気の強い物に切り替えた。
愚痴るのに夢中な連中は、なぜか自分と同じものを飲みたがる。
程なくして、最後の一人が椅子に座り込んで眠ってしまった。
何かを考えるように顎に手を当てていたが、ふと、ようやく静かになった周囲を見回すと、もう立っているのは自分とヴォルフしか居ない。
自警団メンバーは死屍累々。
ヴォルフに視線を投げると、流石に少し顔を赤くしたヴォルフが盛大に嘆いてみせる。
「どいつもこいつもだらしねぇ野郎共だ。もう俺とお前しか残ってねーよ」
「・・・団長は?」
「真っ先に潰れてたぞ」
ヴォルフの指さす先には、団長が何やらひどく可愛らしい衣装と本を大切そうに抱えながら眠っている。
自分たちと同じくらいの体格で男臭い団長が持っていると、非常に違和感があるそれらが気になって視線で問いかけると、ヴォルフは面倒そうに唸る。
「もう時期、団長も俺たちの仲間入りだとさ」
どうやら結婚を間近に控えた団長を祝福する名目で、団員たちがよってたかって酒を飲ませ、プレゼントと称して衣装と本を与えて、更に強い酒を勧めたらしい。
確か、ヴォルフの妻と同じように小さくて幼い顔立ちをした婚約者だったか。
それなら、あの衣装も似合うだろう。
「で、どうする? おめぇさんと俺なら、『グァランの焔』があと二本は必要じゃねぇか?」
「いや。その必要はない」
にやり、と笑うヴォルフを見ながら、近くの椅子を引き寄せて座る。
焦げ茶色の『獣』(夫)、脱落。
「おい、待て! 勝負はまだついてねぇぞ!?」
が、当然納得のいかない勝者は吠える。
それを敗者は少し眺めたあと、少し首をかしげた。
「このまま続けるのか?」
「おお、当然だ!」
「三人、抱えて運ぶか?」
「・・・ここまでにしとくか」
『獣』は酒に強いが、帰巣本能も非常に強い。
異常な程に、強い。
場合によっては動いてはならない状態で動いて余計な騒動を起こしてしまうこともある。故に、行動不能になった者は動ける者が運ぶのが掟だ。
他の団員たちは兎に角、流石にグレインとフィリウスを放置して行くわけにはいかない。
ヴォルフほどでは無いものの、グレインとフィリウスも細く見えても『獣』の標準以上の体格はある。一人が同時に二人運ぶのはかなり厳しく、三人に至っては分けて運ぶしかない。
往復する面倒よりも、手分けをして運ぶ事を選んだヴォルフは、どうやらまだ理性が崩れる程には酔っていないようだ。大きなため息を吐いて、寝こけているフィリウスを肩に担ぎあげた。
勝者、ヴォルフ。
こうして、死屍累々の団員たちを会場に残したまま、年に一度の自警団男性団員による慰労会「羽目外し」は幕を閉じた。
翌日。
二日酔いやら三日酔いやらで、てんで使いものにならない男性団員たちに女性団員から不満の声が上がったが、日頃の鬱憤をここぞとばかりに吐き出した男性団員たちは、3日目から見違えるように働いたという。
・・・全男性団員による飲み比べ大会は、この後、恒例行事化したそうだ。