男たちの酒盛 ①
それは、たった一言が、引き金だった。
年に一度の自警団男性団員による慰労会「羽目外し」。
年に4回開催されている自警団女性団員による「華の会」に比べると回数こそ少ないものの、毎年ほぼ全員参加で行われ、かなり濃い催し物の数々が用意されている。
さらに今年は領主からねぎらいの意味を込めて、各地の旨い酒が大量に取り揃えられ、自警団団長の計らいで豪華賞品が用意されているとあって、例年以上の盛り上がりを見せていた。
そんな大盛り上がりの会場には、もちろん『獣』の彼らの姿もある。
普段はどんなに誘っても気づくとさっさと家に帰ってしまっている新入りの二人も、今回はヴォルフに引っ張りこまれていた。
男性団員全員参加になったことで、団長の機嫌もすこぶる良い。
当然、場が盛り上がるにつれて、酒も進む。
酒豪で知られるヴォルフのペースに合わせて酒を飲んでいた団員の一人が酔いつぶれて床で寝てしまい、周りにいた団員が酒場の隅の方へ転がしていく際に、ふと思いついた疑問を口にした。
「そういや旦那がたは、誰が一番酒に強いんで?」
・・・この何気ない一言が、一人の男に火をつけた。
「誰が一番強いか、だぁ?」
その言葉に一番最初に反応したのは、ひときわ大きな器で強い酒をうまそうに飲んでいたヴォルフ。すでにかなりの量を飲んでいるはずなのに、金色のヒゲに覆われた顔に変化はない。
「どうかな」
「やったことがないからな」
「俺たちの中で一番強いもなにも、潰れるまで飲んだのって、ずいぶん昔じゃない? 思い出せないけど」
顔を見合わせる「獣」の面々もまた、素面のまま。
薬に対して耐性が強い「獣」は総じて酒にも強く、普通に飲んでいて酒気に酔うということは、まずない。稀に酒に弱い者もいないことはないが、少なくともここにいる4人は昔からいける口で、飲めて当たり前だったから、あえて競ったことはない。
「おもしれぇ。やってやろうじゃねーか! 『グァランの焔』まであるんだ、どうしたって決着はつくだろうよ。よし、どうせなら全員参加だ! おら、立て! ぶっ倒れたり、座り込んだ野郎は脱落だ!」
声を張り上げたヴォルフに、何か面白そうなことが起きそうだ、とノリのいい団員たちが次々と立ち上がり、側にいた何人かがすかさず『グァランの焔』をありったけヴォルフの前に並べる。
『グァランの焔』は、火気厳禁、と言ってもいいほどの高純度の酒だ。
飲んだ後の息にすら、火がつくほどの酒気を持つ。
「一番強い」という言葉に燃えてしまっている今のヴォルフには、間違いなく近づけてはいけないものなのだが、団員たちは、自分が飲むハメになるくらいならヴォルフに飲ませたほうがマシ、とヴォルフの前に酒瓶を並べた後はすかさず一番遠くの席へと退避していく。
が、一人ヴォルフに捕まった。
既に酔っ払っているらしいその男・・・見習いのフォンは退避に失敗したことに舌打ちしつつ、やけに不敵な笑みを浮かべる。
「ヴォルフの兄貴、潰しますぜ」
「おおうっ!? 俺に勝とうなんざ、いい度胸じゃねーか! 全員まとめて相手してやらぁっ!」
既に酔っぱらいのような言動だが、ヴォルフはこれで至って素面だ。こういう勝負事が大好きなヴォルフを、またか、という呆れた目で見る「獣」たち。
「あれ、止めなくていいの?」
「止められるのか?」
「無理だね。まぁ、いっか。みんな楽しそうだし」
心配げにグレインに声をかけたフィリウスだが、すぐに肩をすくめて立ち上がる。
なんだかんだ言いながら、「獣」の面々もこういった勝負事は嫌いじゃないらしい。
全員参加でやる気を見せる団員たちに、団長もご機嫌で爆弾発言を投下した。
「よし! 最強の男には、負けた野郎どもから一日ずつ没収して特別休暇をくれてやろう!」
上がる悲鳴と喚声。
「さぁ、始めるぞ!」
・・・こうして、伝説の一夜が幕を上げた。
―――
勝負は簡単。
全員が立ったまま、一杯ずつ酒を飲んでいく。酒はどれを飲んでも構わないが、注がれた酒は飲み干さなければならない。
そうして、最後まで立っていられた者が勝者になる。
ただ飲んでいるだけじゃ面白くない、と合間に余興として用意していたゲームや力比べ、格闘技の実演やらを挟み、とにかく飲みながら体を動かすように仕向けることで、強そうな奴から落としていく作戦を取る団員達。
もちろんその標的にされている「獣」連中も、ノリ良く受けて立ち、逆に次々と挑戦者たちを脱落させていく。
「よし、相手になってやる。かかってこい、負けたら『グァランの焔』だ!」
「いやいやっ、勘弁してくださいよ! 潰される前に潰す気っすかっ!?」
ヴォルフを潰す気満々でも、「負けたら指定の一杯を飲み干す」というルールの格闘技でヴォルフと対峙しようとは流石に思っていなかったフォンたが、さっそく捕まった。
逃げ腰の割りにヴォルフの激しい動きについていくフォン。
だが、分が悪い。
ついに動けなくなって座りこんでしまったフォンは、見せつけるように注がれた『グァランの焔』を引きつった顔で受け取って、やけくそ気味に一気に飲み干した。
その勇姿に周囲が歓声をあげる。
が、当の本人は悔しそうに床に座り込んで、そのまま壁にもたれて眠ってしまった。
見習いのフォン、脱落。
ヴォルフとフォンの実演が始まった時から、焦げ茶色の目でフォンの動きを追っていた仲間に、フィリウスが苦笑まじりに声をかける。
「ずいぶんと、まぁ、アレだねぇ。っと、あーあ、潰れちゃった。『グァランの焔』をあんな飲み方するかね」
「ああ。『場』が違う」
フィリウスの言葉の前半部分だけに答えて、顎に手を当てる。
街の人間の中で、ヴォルフの動きについていけるのは、ほんの数人しかいない。それにあの腕の筋肉のつき方と身に染み付いているらしい足運びには、見覚えがあった。
先ほどの格闘技の実演ではヴォルフが圧倒的に有利だったが、『場』を変えれば、おそらく。
言外に含ませた意図を正確に聞き取ったフィリウスが楽しげに笑った。
「フォンは、ミリディアのお気に入りらしいからねぇ。ところで、グレインは?」
今度鍛錬所に呼び出して直接確かめてみよう、と思いながらグレインがいる場所を指さす。
「ああ、利き酒会か。酒屋のオヤジ、張り切ってたもんなぁ」
そこでは、酒屋の主人が主催する利き酒大会が開催されていた。
テーブル狭しと数々の酒が並べられていて、勝ち抜き戦で行われる利き酒に自ら進んで参加したグレインは、順調に勝ち進んでいるようだ。
フィリウスも途中参加しようと思ったが、その前に「ウェレス」というバランスゲームをやっている連中に捕まってそっちに強制参加になった。
そして残った『獣』はというと。
「ちょっと、ちゃんと聞いてくれてるんですかっ!?」
「・・・聞いてる」
「またですよ、また! また振られちゃったんですよ、どうして俺には彼女ができないんだっ!」
「でねっ! あいつ、なんて言ったと思います!? お前の稼ぎが悪いからだーってんですよぉぉぉっ」
「ばかやろーっ! それくらいなんだっ! 俺なんか、お前の嫁に来たのがまちがいだったっていわれたんだぞぉぉっ」
「うちのかかぁなんか、家に入れてくれねぇんだよぉぉぉっ」
「・・・俺、彼女できなくてもいいかもしれない」
「・・・・・・そうか」
・・・なぜか、団員たちに囲まれて、愚痴の相手になっていた。