妄想劇場 ~夫:クマ、妻:シャケ~(クマ視点)
妄想劇場、第二弾です! クマだー、シャケだー!
成長していくにつれて、幼い頃の記憶はあいまいになっていく。
けれど、色褪せず、やけに鮮明に覚えている光景があった。
それは、いつものように魚を採る練習をしに川へいったときのこと。
川辺の岩のくぼみに出来た水溜りで見つけた、小さな魚。
食べても意味がなさそうなくらい小さいのに、その小さな身体が水面に出てしまうくらい小さな水溜りで、ほとんど身動きも出来なくなっていた。
すぐ側の川では、もっと大きな魚たちが泳いでいるのに。
ぴくぴくとエラだけが動くのを見ていたら、なんとなく、手が出た。
綺麗な弧を描いて、ぽちゃん、と川へ落ちたその小さな魚は、息を吹き返したように勢いよく泳いでいって。
・・・なんだか少し、惜しい気がした。
それからというもの。
川へ行くと、必ず一匹の魚が側に寄ってくるようになった。
他の魚たちは、姿を見た途端に逃げていくのに、その動きに逆らうようにしていつも足元の毛に触れるほど近くへ寄ってくる。
なんだか、あまりにも無防備に寄ってくるから、試しに手ですくってみると、あっさりとすくえてしまった。
こんなに簡単につかまってしまって、大丈夫なんだろうか。
水中に戻すと、また楽しそうに足元をくるくると泳いでいく。
なんとなくこの魚を食べる気にも捕まえる気にもなれなくて、ただ自分から寄ってくる不思議な魚と会いたくて、川へ毎日のように通っていた、ある日。
少し大きくなった魚が、いつものように足元に近づいてくると、じっ、と水の中から見上げてくる。身動きもせず、じっ、と。
ふいに、それが別れだと気が付いた。
もう何日か前から、他の魚たちは川を下って姿を消していたから、この魚も川を下るのだろう。
・・・嫌だな。
寂しい、という感情を初めて感じて、また水溜りに戻そうかとも思ったけれど。
水につけた前足の毛を噛んで引っ張り、別れの挨拶をしていた魚が、一度離れて、また戻ってくるという動きを何度も繰り返すのを見て、小さく頷いた。
帰って来るよ、といわれた気がして。
また会おう、という思いを込めて、もう一度頷く。
魚は何度も振り返りながら、川を下っていった。
・・・あれから、3度の季節がめぐったが。
毎年川をさかのぼってくる魚たちの中に、あの魚は居なかった。
今年も居ないのだろうと思いながら手近に居た一匹の魚を陸地に弾き飛ばすと、一気に他の魚たちが逃げていく。
やっぱり居ないか。
何度も経験した落胆を感じていた、そのとき。
逃げていく魚たちとは逆に、こちらへ一直線に向かってくる魚。さっき仲間を弾き飛ばした前足の前で、くるくると楽しげに泳いでみせる。
もっと近くで見たくて水中に顔を突っ込むと、すぐに顔の前までやってきた。
昔は子供の小さな前足よりもさらに小さな身体だったが、今は前足では掬えないほど大きくなっている。顔をさらに近づけても逃げるどころか、さらに寄ってくる無防備さは、以前と変わらない。
このまま噛めそうだ。
試しに口を大きく開けてその身体を挟んでも、抵抗らしい抵抗はほとんどない。そのまま水上に戻ったら、さすがに苦しいのか、身体をびちびちとばたつかせている。
もう少しだけ、我慢してくれ。
急いで住処へ駆けて、その中にある湧き水の泉に放すと、昔と同じように勢いよく泳いでいく。くるくると嬉しげに水の中を泳ぎながら、こちらを見上げてきた。
昔と、同じ。
帰ってくると信じて、川の近くから離れず。
川へ戻ってきた大人の魚たちはまもなく死んでしまうことを知っていたから、川から隔離できるように泉の湧く住処を捜して。
嬉しげにくるくると回りながら泳ぐ魚を見ていると、全てが報われる気がした。
ふいに、水面近くを泳いでいた魚が、水中にもぐっていく。
そういえば、広さは確認したが深さは調べられなかった、と慌てて水中に顔をつけて捜すと、丁度深いところから魚が戻ってくるところだった。
魚はすぐ目の前でくるり、と綺麗な弧を描いて泳いだかと思うと。
鼻先に、魚の顔先が触れて。
止めていた息を全て吐き出してしまった。
水中で、魚が不思議そうにこちらを見ている。
なんとなく、気恥ずかしい気がしてうつむいていると、前足の毛を引っ張られた。
魚はくるり、とまた綺麗な動きで円を描いて泳ぐ。
それから。
魚との生活が始まり。
・・・住処に籠ることが、多くなった。
種族は違えど、お互いに幸せなら、それがハッピーエンドってことで。
お遊びの妄想ですから。
なんでもありなのです!(言い切った)