不思議な生物との遭遇(ヴァルファス視点)
「妻と夫と闖入者」のヴァルファス視点になります。
大きな、真っ黒の目が嬉しそうにぼくを見ている。
捕食者に追いかけられて、必死で逃げている途中で突風に煽られて木に激突。
大事な羽と足を痛めてしまって、とにかく隠れようと目に付いた籠の中に入って、ほっとしたとたんに、生き物の気配がして。
籠の中を覗き込む大きな目に、驚いて固まっちゃったのは、仕方がないことだと思う。
見たことがない生き物の姿に、思わずきょとん、と見返すと、その生き物がとろけるような笑みを浮かべた。
良くわからないけど、喜ばれて、いるみたい?
もしかしたら幼体だからぼくが誇り高い空の最強種ヴァルファスだって気がついていないのかも?
・・・子供だけど、主食はお肉なんだけど。
ぼくが怖くないのかな?
怯えられたり、恐慌状態になられたりすることには慣れていても、こんな表情を向けられたのは初めてで。
あまりにも珍しい反応を消してしまいたくなくて、威嚇もせずにじっと観察していると、ぼくの寝床を一度地面に下ろしてから、今度は壊れ物でも扱うようにそっと抱き上げられた。
勝手に触れてきたその腕を反射的に噛み千切ろうと動きかけたぼくの鼻に、ふわり、と甘い香りが掠めて、ぴたり、と動きが止まった。
鼻がひくひくと動いて匂いを確かめる。
いいかおり。
それに、あたたかい。
生まれ落ちたその瞬間から独り立ちが始まり、風を友とする孤高の存在。
それが自分の種族だと本能で理解してはいても、毛皮に触れている腕と手がとても暖かくて、陽だまりみたいで、すごく気持ちいい。
ぼくも生まれてすぐに飛び立っていく親の後ろ姿を見送ってから、自分で狩りをして、一人で生きてきたから、自分以外の体温が、こんなに心地よいものだなんて、知らなかった。
・・・少しくらいなら触らせてあげてもいいかな。
「ふ、ふかふかのモコモコ・・・っ!」
感激したような、幸福が滲み出るような声に、つい誇らしい気持ちになる。
自慢に思っている部分を褒められると、当然だ! っていう気持ちと一緒に、ちょっと気恥ずかしいような、くすぐったい気分になった。
あちこちを撫でまくる手も、甘い声もどれもがとても珍しいもので、もう少し好きにさせてあげてもいいか、と目を閉じる。
これは、決して快いからではなくて、どうしても触りたそうにしているから、触らせてあげているだけだもの。
・・・身体の疲れもまだ取れていないし。うん、休憩、休憩。
撫でられながらそんな事を考えていたら、ふいにそれまで感じていた風がさえぎられるのを感じた。反射的に心地よい腕の中で身体を起こして見回すと、建物の中に入ったみたいだ。
ぼくにとって風は自分の一部で、それと引き離されるのは嫌だったけど、完全に遮断されているわけでもない。
いつでも風を呼べるように、微かに流れる『気』を手繰り寄せておく。
なんとなく、この手の持ち主がぼくに危害を加えることはないと思う。
いつの間にかそんな確信が芽生えていたのだけど、この手に危害を加えようとする者がいるかもしれない。
この生き物には、爪も牙もないから、きっとあっという間に食べられちゃう。
それは、なぜかものすごく嫌な気持ちになる想像だった。
でも、ぼくには爪も牙も風もある。狩りも得意だし。だから、いざというときはぼくが代わりに相手を食べちゃおう、と決めてさらに『気』との結びつきを強くしておく。
「旦那さま、旦那さま。見てください!」
聞いているだけで眠くなってくるような声がどこまでも楽しげな調子でさえずるのを聞いていると、今度は、とても嫌な気配がした。
風の動きが緩いこの場に生き物が二つ。
ひとつはこの手の持ち主だから問題ないけど、もうひとつの、この気配は。
捕食者が、いる。
ぴりぴりと毛が逆立っていく。
同じ捕食の立場に立つものが、ひとつの空間を共有することなんてあり得ない。
ヴァルファスは特定の縄張りを持たないけれど、それでも視認できる距離に捕食者があれば、餌場を確保するために、攻撃する事だってある。
触れようとするように手を伸ばされたから、反射的に身体に力が入って威嚇すると、強力な、それでいてどこか試されているような殺気を向けられた。
幼体じゃ、勝てない。
死の予感に、身体が大きく震えてしまう。それでも必死に威嚇していると、ぼくを抱える腕に力がこもった。
「だ、大丈夫ですよ! 私の旦那さまは、強いだけじゃなくて、とっても優しい人なんですから」
優しく語り掛けてくるような声と一緒に、優しく身体全体を撫でられると、いきなり殺気が消えた。あまり直視しないようにちらり、と見ると、捕食者はどこか気の抜けた顔になっていた。
どうしてかわからないけれど、一難去った、のかな?
「ね、抱っこしてもらってみませんか? 旦那さまの抱っこは、安定感抜群ですし、暖かくて気持ちがいいんですよ?」
・・・去ってなかった。
捕食者に抱えられたいなんて思うわけが無いのに、この爪も牙もない被捕食者はなに言っちゃってるのっ!? と慌てていると、ぼくを抱えたままの腕ごと、抱き上げられた。
喰われる!?
驚いて見上げると、不思議そうな顔と、穏やかな顔が見合っていた。
・・・あれ?
喰うか喰われるか、という殺伐とした雰囲気になると思ったのに、ただ不思議そうな黒い瞳と、嬉しそうな茶色い瞳が交差して、眠くなるほど穏やかな雰囲気を作り出していて。
よくわからないけれど。
今度こそ、本当に大丈夫、みたい?
ほっとしたせいか、急激に襲ってくる眠気に目を閉じる。
そういえば、ぼくは疲れているんだった。
あたたかい腕を寝床に、眠りにつく。
穏やかな雰囲気と甘い香りのせいか。
・・・とても、幸せな夢を見た。
うん。やっぱり、妻は猛獣使い(笑)
幸せな夢を見れたのは、きっと夫が幸せに浸っていたからだろうなぁ。