ようこそ、牧場へ!(エイリーさん視点)
エイリーさん視点です。
なんだか、いいことがありそう。
その日は、朝からそんな予感がしてすごく落ち着かなかった。
他のみんなは特に特別なものを感じているわけじゃなさそうだから、これはきっと私だけに起きるなにか。
なにが起きるのかはわからない。
でも、私の勘はよく当たるから、わくわくして仕方がない。
・・・良い事だけじゃなくて、悪い事も当たっちゃうけど。
気持ちが落ち着かなくてあちこちうろうろしてみたり、牧場を走りまわったり。
落ち着かないといえば、いつも私達のお世話をしてくれるお爺ちゃんも前の日からなんだか落ち着かないというか、やけに熱心に私たちの世話をしてくれた。
鬣も尻尾も丁寧に櫛を通してもらって、身体も熱心に拭いてもらったからとってもツヤツヤ。
蹄まで磨いてもらったから、なんだかみんながいつもよりも明るく、綺麗になった気がする。
でも、お世話をしてもらえたのは、女の子だけ。
男の子達がうらやましそうにしていたからか、いつもよりご飯を多くして、たまにしか食べさせてくれないおやつもあげていた。
・・・いいなぁ。
「さぁ、今日はみんな気合入れてけよ」
いつもよりも早い時間に、全員お部屋から牧場に出された。
やっぱり、今日は何か特別なことが起きそうな気がする。
どきどきしながら、落ち着かない気持ちで牧場をうろうろしていると、ざわり、と毛が逆立つような感覚が起きた。
・・・この感じは、なに?
無意識のうちに耳がぴんっと立ち、四肢がいつでも動けるように程よい緊張感に包まれる。
頭を上げて周囲を見回して、放牧場の柵の向こう側にやけに大きな同族を見つけた。
黒と焦げ茶色が混じった毛。
柵の高さから目測して、とんでもなく大柄な男の子みたい。この牧場の女の子の中では大きいほうの私と比べても、倍以上は体高がありそう。
柵の向こう側に居るということは、近くにいる人が相棒なのかしら?
この牧場にはめったに外の同族は来ないから、とても珍しい。
相棒を持つってどんな感じ?
相棒と出会うと能力が上がるって聞くけど、体もあんなに大きくなるのかしら?
次々と好奇心から浮かんでくる疑問が止められなくて、じっと柵の外の同族見つめていると、ふいに彼が顔を上げた。
突き刺さるような、鋭い視線。
真っ黒で大きな目が、厳しく私を睨みつける。
ここの仲間たちにはない、荒々しさを含んだ視線。
外の同族ってみんなこんなに、厳しくて怖そうな感じなのかしら?
その視線に怯えそうになった途端、荒々しさが消えて、彼は驚いたような、ものすごくきょとん、とした顔になった。
それから、いきなりガラリと雰囲気が変った。
殺気だった威嚇するような感じは無くなった。
・・・うん。怖かったし、威嚇対象が私に向いたままにならなかったのは、良かったんだけど。
それはいいんだけど!
代わりに、これまで感じたことが無いような、なんともいえない視線でひどく熱心に見られているような気がするのは・・・気のせい、じゃ、なさそうな・・・。
何とか視線を彼から他に向けようと思うのだけど、どうしても彼に視線が向いてしまう。
彼の側の人に視線を向けようとすると、さらに彼の視線が強くなるような気がするからかもしれない。
でも、このまま彼を見ていたら、もしかしたら、威嚇していると誤解されてしまうかも。あんなに大きな外の同族に喧嘩を売るつもりは無いのにっ、と焦りながら何とか視線を地面に落とした。
彼の黒い目が見えなくなってほっとしたのと同時に、少し残念な気もする。もうちょっとだけ、見ていたかったかも。でも、威嚇していると思われても困るし。
ぐるぐる取り留めの無いことを考えていると、やけに大きな蹄の音が響いて、はっとして顔を上げると、彼が柵を飛び越えてこちらに向かってゆっくりと歩いてくるところだった。
どうして、こっちにくるの?
やっぱり威嚇していると勘違いされてしまった? いや、でももしかしたら他の仲間に用事があって、と思って気が付いた。
どうして、仲間たちが一頭も居なくなってるのっ!?
つまり、彼がこちらに向かってきている気がするのは、真実気のせいじゃなくて、本当に私に何か用があるということで。
でも初めて会った私にある用事なんて一つしか思い浮かばない。やっぱり、じっと見過ぎて喧嘩を売っていると勘違いされたちゃったんだ。
つまり。
私シメられるっ!?
一歩一歩近づいてくる彼の圧倒的な威圧感に思わず、一歩後ずさってしまった。
だって、勝てる気がしないもの。全く、ちっとも、勝てる気がしないっ!
これでも逃げ足だけなら牧場一だって自負しているけど、そんなささやかな自信なんか、何の意味もなさそうな気がする。
彼は私の怯えに気付いたのか、ほんの少し離れた場所で足を止めた。
私には届かないけど、たぶん彼なら首を伸ばせば届く距離。
つまり。
彼からの攻撃が届いちゃう距離っ!?
内心だらだら汗をかいていると、彼の大きな黒い瞳がゆっくりと私の全身に注がれる。
その熱心な視線が、なんだか凄く落ち着かなくて動揺していると、そっと彼が首を伸ばしてきた。
か、かまれるっ!?
慌てて柵に沿って数歩後ずさって離れると。
彼が。
ものすごく悲しそうな、泣きそうな顔になった。
・・・え、ええええっ!?
どう見ても立派な体躯をした大人の男性である彼が、まさかそんな顔をするなんて思っていなくて、私の混乱は最高潮に達した。
どうしていいのかわからなくて、慌てふためいて周囲を見回した、その時。
柵の向こう側に立つ人に目がいって。
思いっきり壁に体当たりしたような衝撃に、体が大きく、震えた。
「・・・あの人は、誰?」
視線が外せない。
真っ黒な髪に、真っ黒な瞳。
なんだか、とっても真剣なまなざしで私を見つめてくる、人間の女の子。
どうして、こんなに惹かれるの?
泣きたくなるような、でも悲しいわけじゃなくて。
「おいで」
いつの間にか近づいてきた彼が、そっと暖かな声でささやきかけてきた。
視線は彼女を見つめたまま、耳だけを動かすと、どこか苦笑交じりの声がさらにささいてくる。
「君の求めている人かどうか、確かめよう」
その言葉に小さく頷いて、彼女に惹かれるまま、そっと歩き出す。
それまで私の混乱の原因だった彼のことさえ、今はどうでもいいことのように思えた。
どきどき、する。
ああ、でも勘違いだったら、間違いだったらどうしよう?
不安なのに、それでも、私のボウドゥとしての本能が間違いない、とささやく。
彼女の前に立って、その真っ黒な目を覗き込む。彼女は、困ったような顔をして彼のことを見た後、私のほうをしっかりと見てくれた。目に見えない何かを探して彼女の瞳を見つめていたのだけど。
ああ、やっぱり間違いない。
彼女、だ。
彼女が、私の、たった一人の相棒なんだ。
欠けていた何かをやっと見つけたような、やっと正しい道を見つけた迷子のような、泣きたいほどの、安心感に満たされる。
じっと私を見つめてくれていた彼女が、ちょっと首をかしげた。
「えっと、・・・エイリー、さん?」
え、と驚くまもなく、爆発的な歓喜に体が震えた。
「嬉しいっ!」
思わず叫んで彼女の鬣を噛んだ。
彼女は私の相棒で、私はエイリー。なんて素敵な名前!
私は、嬉しくて嬉しくて、とにかく彼女の鬣を甘噛みし続けた。
ああ、なんて。
なんていい日なんだろうっ!
相棒を見つけた幸せに名前をもらった幸せ、さらにずっと一緒にいられるという幸せまで追加されて、とにかく幸せすぎた私は相棒のことしか見えていなかったから、気付かなかった。
もう一人の人間が他の仲間たちが気絶してしまうほどの殺気を飛ばしてきていたことや、彼がいつの間にか私の鬣を噛んでいたこと、お爺ちゃんが飛び上がって大喜びしていたことにも。
そして。
初めて彼らを見たとき、私が最初に目を奪われたのは、相棒じゃなくて彼だったということにも。
・・・全く、気付かなかった。
こうしてウーマさんの受難の日々が始まった、と。
がんばれ、ウーマさん! いつか子ボウドゥが見れる日を待ってるよ!
ところで、エイリーさん本気で夫のこと目に入っていませんね(苦笑)
やっぱり、ある意味、強者(笑)