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もしも、妻が猫になっちゃったら?(夫視点)

お薬は用量・用法を守って、正しく使いましょう。

 妻に風邪がうつったときに決めたとおり、ヴォルフの妻からいろいろと薬を分けてもらい、妻に渡したのが、今朝。


 昼に家に帰ってみると、妻の出迎えが無い。

 おかしいと思って寝室に入ると、何かの薬の瓶が妻の服と一緒に床に落ちていた。

 瓶を拾うと、以前、一度だけ嗅いだことのある独特の甘い香りが漂って記憶を刺激する。確か、何かの動物へと姿を変化させる薬の匂いだ。


 なぜこんなものが、こんなところに?


 そういえば、ヴォルフの妻はヴォルフと喧嘩をするたびに動物に姿を変えて、暴れまわっているんだったか。

 ヴォルフも動物相手の方が衝動を抑えられるといって、有名な薬師の変化の薬を買い与えていると聞いた気がする。


 ということは、妻も今、何かの動物に姿を変えているのか。


 妻のことだから、外には出ていないだろう。

 寝室に居ないとなると、行き先は物置部屋か、厩か。


 玄関の扉がきちんと閉まっていたことを思い出しながら、物置部屋に行くと、姿見の前に真っ黒な猫がいた。

 驚かせてしまったのか、毛を逆立てながら、そっと振り向いたその猫は、耳と尻尾を垂れさせて、真っ黒な大きな瞳に悲しげな色を浮かべている。


 ・・・どうして、そんなに泣きそうな顔をしているんだ?


 悲しげな瞳に、瞬時に思考と決意、それも逃亡の決意が浮かんだのを見て、思わず笑ってしまいそうになった。

 黒猫になってしまっても、感情と思考を映し出す瞳はそのままなのか。


 この黒猫が妻だと確信するのと同時に、わざと足元とドアの間に大きく隙間を開けておく。

 案の定、逃亡を決意した妻がその隙間を狙って外へ逃げようと駆け出してきたのを、片手で掬い上げた。


 本当に、わかりやすい妻だ。


 簡単に捕獲できた妻の両脇に手を入れてぶら下げると、少し苦しいのか、悲しげな顔になって硬直している。

 黒くて大きな瞳が、こちらの反応をうかがっているようだ。

 なぜそんなに不安そうな目をしているのだろうか?

 いきなり動物に姿が変ってしまって、混乱しているのかもしれない。


 腕の中に抱え直すと、不思議そうにこちらを見ながら、硬直していた体からゆっくりと力が抜けていく。

 まだ少し警戒しているようだな、と思いながら顎の下を撫でると、ゴロゴロと喉が鳴った。


 本当に、猫、なんだな。


 撫でられるのがよほど気持ちいいのか、自分から頭を動かして指に頭をこすり付けてくる。せがむようなその動きは、普段の妻なら決してしないもの。人の姿のときにも同じように甘えてくればいいのに、と思いながら、せがまれるままに頭を撫で、ついでに指圧を施すように全身を撫でておく。


 しばらくすると、体から完全に力が抜けて、くったりと全身を預けてくる妻。

 腕の中で丸くなって心地よさそうにしている黒猫が、人の姿のときの妻が眠る姿と重なって、胸の奥に何か暖かいものがこみ上げてくる。


 ちらり、とこちらを見上げた妻は、ひとつ可愛らしくあくびをして、改めて俺の腕の中で丸くなった。

 猫になっても、相変わらず無防備だな。


 薬の効果は、せいぜい半日。

 素直に甘えてくれる妻をもう少し堪能したい気がして、午後の予定は全て明日に回すことにして、腹の上に抱えたまま、一緒に寝台に横になる。


 起きたら、ブラッシングをして、ハチミツパンとミルクを食べさせて。

 家の中を自由に動きまわれるように扉を全て開けておこう。爪とぎが出来るような板と、おもちゃも用意しよう。


 ・・・もっともっと、甘えさせたい。


 妻が起きた後のことを楽しみにしながら、眠る様子を眺めて待っていると。

 黒猫の体の輪郭が、溶け始めた。

 ああ、薬の効果が切れたのか、と少しだけ残念な思いで見つめているその先で、体の輪郭がどんどん溶けて、代わりに人の輪郭が形作られ始め。


 数度、瞬きをする間に、黒猫は黒髪の人間へと変化を遂げ、視線が外せなくなった。


 腹の上で、丸くなって眠る妻のたっぷりとした黒髪の隙間から見えるのは、滑らかな、肌。

 猫になったときに脱げたのだろう服は、今も床の上にある。


 どこまでも無防備に、旨そうな素肌をさらして眠る妻を腹に乗せたまま、自分も服を脱いでおけばよかった、と後悔する気持ちと、着たままでよかったんだ、と言い聞かせる気持ちが、せめぎあい。

 勝手に温かな肌の上を這い回る手を止めようか、進めてしまおうかも、せめぎあい。


 ・・・天国と地獄を一度に味わった気分だった。



我慢しまくる夫が、野生に帰るまで、あと少し。(←おぃっ!?)


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