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7 夫を躾直します。爽やかにさせましょう。(夫視点)

7話の夫視点です。

妻もいろいろ頭の中でしゃべっていますが、夫も結構いろいろたくらんでます(笑)



 最近、妻の様子がおかしい。


 急に話しかけてきたり、わがままを言いだしてみたり。何か欲しいものでもあるのかと思えば、そうでもないらしい。

 何か心配事でもあるのか、時々見られていないと思ったときに考えこんでいる様子なのが気になるが、その原因は口にしようとしない。


 そんな様子のおかしい妻が、俺の風呂あがりにハサミと櫛と剃刀を手に待っていた。


 にこにことめったに見せないような可愛らしい満面の笑みで出迎える妻。その小さな手にはハサミと剃刀。


 ・・・なんだか、いろいろと残念だ。


 妻が笑顔のままにじり寄ってくるところを見ると、どうやら、それらの道具一式は俺のために用意したものらしいことに気づいた。


 とはいえ、剃刀はまずい。


 小さな妻がハサミを持とうが包丁を持とうが全く気にならないが、剃刀はだめだ。

 もし何かの拍子に俺が動いてしまったら、妻も無傷ではいられない。

 ハサミや包丁なら、怪我をさせることなく取り上げることもできるが、刃を直接もつ剃刀は、どうしても怪我をさせてしまう可能性がある。


 さて、どうやって妻の意識をそらせるか。


 ぐるりと室内を見回し、目についた椅子を妻の前に引っ張ってきて、当たり前のように座らせた。そのままの流れで妻から道具一式を取り上げても、妻は大きな目を不思議そうに瞬かせて、おとなしく座っている。


 最近のやり取りの中で気付いたが、妻は、小動物の子供によく似ている。好奇心が強くて、臆病で。そのくせ、こちらが落ち着いて当たり前のようにふるまえば、それが当たり前なのか、と思い込む。多少の疑問は感じているようだが、拒否しない時点でこちらのもの。


 無邪気な妻だ。


 いつもまとめ上げている髪をほどいていくと、たっぷりとしたつややかな黒髪がうねりながら落ちてくる。

 しっとりとした手触りの髪に、妻から回収した櫛を丁寧に通していけば、たったそれだけで、長い髪が滑らかに流れていく。

 その感触を心地よく思いながら、ついでとばかりに妻に指圧を施してみた。


 置いた俺の手が余るほど、薄い肩。

 片手で指が回ってしまう、細い首。

 指先だけで潰せてしまいそうな、小さな頭。


 指圧が心地よいのか、うっとりと目を閉じていた妻の首から力が完全に抜ける。もう寝てしまったのか。


 本当に、無防備な妻だ。


 小さな体を抱き上げてやりながら、胸の内に、おかしさと慈しみともに、ほんの少しの苛立たしさが沸き起こる。こんなに何の警戒も無く寝てしまうなんて、よほど俺は信用されているのか。それとも、ただ、意識されていないだけなのか。


 ・・・それなら、いっそのこと・・・。


 不穏な思考が湧き上がりかけたとき、腕の中で眠る妻が、頭を摺り寄せてきた。


 無意識に甘えるような、その素振り。

 起きている時には絶対にしない、その動き。


 それと同時に、苛立ちと不穏な思考が、凶暴な何かとともに自分の中の奥深くへと戻っていく。

 知らず詰めていた息を吐き出すと、丁寧に妻を寝台の奥側へ運んで、寝具をかけて、小さな頭をなでてから、寝室を出た。




 居間に戻り、妻から取り上げた道具一式を片付けようとして、ふと、前に妻が言っていたことを思い出す。猛獣使いがどうの、という話をしていたときのことだ。


「髪もおひげもふさふさのふわふわで、ほっぺたに触ってもふかふかの感触ですし、肌に触れているというよりも、ぬいぐるみの生地に触れてるみたいですよね」


 猛獣というか、ぬいぐるみっぽい。

 人間以外のものに例えられることはよくあるが、生き物ですら無いものに似ていると言われたのは初めてだった。・・・しかも、ぬいぐるみ。

 髪とヒゲがそう思わせるらしく、じゃあヒゲを剃ったら妻はどういう感想を持つのだろう、と思った記憶が蘇る。


 別に髪もヒゲも気がついたら伸びていただけで、思い入れもない。そろそろうっとおしくなってきたし、これからどんどん暖かくなっていくから防寒の意味でも必要がない。


 少し考えてから、ハサミと剃刀を手にとった。


 目を覚ました妻がどう反応するだろう?

 驚くか、笑うか。


 ・・・朝が楽しみだ。




 妻が目を覚ました気配で目が覚める。いつもなら起きてすぐに腕に触れて起こしにかかるというのに、今日はなかなか起き出そうとしない。


 どうしたのだろう? とぼやける頭で考えたところで、いつも以上に、そっと、慎重に触れてくる小さな手。

 感触を確かめるように何度か撫でられるのがくすぐったくて目を開けてみると、何かを真剣に考え込んでいる妻がいた。


 その様子を眺めていると、やがて何かを決意したような顔になり、ようやく目があった。


 思考から戻ってきた妻と目が合うと、一気に顔が真っ赤になっていく。


 離れていく手の温かさが惜しくて反射的に捕まえた。


 細い腕。

 こんなに小さくて細くて壊れやすそうなものが、当たり前のように動いている。ほんの少し力加減を間違えれば、たやすく折れてしまいそうな腕。

 そんな繊細なものが、どうして俺のように無骨な男のそばにあるのかが不思議で夢を見ているような気もしたが、手のひらから伝わる少し低めの熱は確かに自分以外の温度。


 もっとその温度を確かめたくて、捕まえた手のひらに顔を潜り込ませて息をつく。

 温かい。

 ヒゲを剃った分、直接温度を感じられるような気がして気分がいい。手のひらが次第に温かさを増していく。甘くて優しい、美味そうな香り。


「だ、旦那さまっ!?」


 妻のあげた声に視線を向けると、真っ赤になった妻が困ったように眉尻を下げていた。

 ああ、そうか。


「おはよう」


 挨拶がまだだったな、と思い声をかければ、


「お、おはようございました!」


 と、どこかやけくそ気味な返事が帰ってきた。


 なんだか妙な挨拶だった気がするが、涙目になっている妻をみて、どうでも良くなった。挨拶が遅くなったから、怒っているのだろうか。腕を引っ張るような動きに、ああ、と思う。温かな手のひらから顔をあげると、妻がほっとしたように息をついた。


 ちゅ。


 ヒゲに邪魔されずに触れた妻の頬は滑らかで、唇にその柔らかさが直接伝わってくる。


 ちゅ。


 もう一度その感触を味わいたくて、すぐ反対の頬にキスを送る。

 真っ赤になっている妻の頬はいつも以上に熱く、つい、それよりも赤く染まる小さな唇に目が行ってしまう。

 そこは、こちらよりも熱く甘いのだろうか。身を屈めようとして、妻が頬を抑えて寝具に埋もれてしまった。


 少し、遅かったか。


 さきほどみた鮮やかな赤を諦め切れず、そういえばまだ妻からのお返しを受けていないことに気づいた。掴んだままの細い手首を引っ張ると、寝具の隙間から、チラリ、と妻が濡れた目を向けて来る。


 ぞくり、と背中に駆け上がるものを必死になだめながら当たり前のことのように、自分の頬を指で叩いて催促する。


 妻の大きな瞳が驚いたように見開かれるが、ここで引いてはいけない。

 あくまで、これは当然の習慣なのだという態度で頬を寄せて待てば、真っ赤になって小刻みに震えながらも、そっと妻の唇が最後の距離を埋める。

 いつもと違う、直接肌に触れる、妻の唇。反対側の頬にも送られたその感触を噛み締めながら、心に誓った。


・・・これから毎晩、ヒゲを剃ろう。




妻、狙われてる、狙われてる(笑)


これ、夫視点の連載を始めたら、そのまま転載しちゃうかも・・・。



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