ある夜の出来事(妻視点 → 夫視点)
妻視点 → 夫視点 → 夫視点です。
急に夜中に目が覚めて、ふと隣を見ると、夫がいませんでした。
あれ、と思って寝具の中で手を伸ばしてみると、いつも夫が寝ているあたりもひんやりしています。まだ寝ていないのかな、とも思ったのですが、寝室も居間の方も明かりが消えてしん、と静まり返っています。
もしかして、どこかで倒れているんじゃないかと心配になって、明かりを持って一部屋一部屋確認したのですが、やっぱり夫はいませんでした。
暗くてちょっと怖いのを我慢して外に出て、念のため厩を覗いてみると、馬もいません。
・・・外出したみたいですね。でも、こんな時間に?
どこに行ったんだろう、と心配しながら、寒さもあってとりあえず寝具の中に戻りました。
私ひとり分のぬくもりはすでに消えてしまっていて、ひんやりとした寝具の中で小さく震えつつ、何とか温めようと奮闘しているのですが、一向に暖かくなりません。
・・・夫は、いったいどこに行ってしまったのでしょうか?
春が近いとはいえ、夜はまだまだ寒いこの季節のこんな夜中に外出するなんて。また風邪でも引いたら、どうするんですか。寝ているところを起こされたであろう、馬だってかわいそうですよ。外は寒いですし。
・・・うん、寒いです。
夫はかなり体温が高いので、そういえばこれまで寝ている時に寒い思いをしたことがなかったんですよね。こうして夫という暖房がなくなると、まだまだ春は遠い気がします。
それにしても、寒くて眠れません。
しばらく布団の中でごろごろしていたのですが、ふと、思いついて寝室から出て、暖炉に火を入れて部屋を暖めつつ、お湯を沸かして湯たんぽのようなものを作ってみました。
それを布で包んで夫がいつも寝るあたりに入れて、ついでに焦げ茶色のお気に入りのクッションを抱えて寝ることにしました。
でもやっぱり。
即席湯たんぽより、夫のほうが温かいです。
・・・旦那さま、早く帰ってこないかな。
―――
深夜。
いつも通り、妻を奥側に転がして安定させると、外から、ウーマの低いうなり声が聞こえてきた。警戒を促すものではなく、心底嫌そうなその音。
俺だって、嫌だ。
今夜はひどく冷える。
小さな妻は寒いのか、いつもよりもぎゅうぎゅうとくっついてきて、顔の半分以上布団の中に潜ってしまっている。これでも呼吸がちゃんとできているのが不思議だ。この暖かさが名残惜しい気がしたが、今こうしている間にもウーマのうなり声は続いている。
あきらめの溜息をついて、妻を起こさないように注意しながら、手早く着替えて外へ出ると、グレインがボウドゥに乗って待っていた。
「また、一人。男だ」
人の顔を見るなり、グレインが小声で必要なことだけを伝えてくる。
今月に入って、これで3人目。今年で数えれば、すでに11人の死亡が確認されている。それも、妻と同じ、訪れし者ばかり。自警団も警領士も見回りと見張りを増やしているが、その隙間を縫うようにして、犯行が行われ、いまだ一人も捕まえられていない。
リーフェリア祭が近づくにつれて、その人数が急激に増え始めている。
「フィリウスが先に行っている」
それに頷きを返すと、ほぼ同時にウーマが道具を咥えて厩舎から出てきた。
「・・・君のボウドゥは、少々、賢すぎないか?」
ウーマはグレインが騎乗しているボウドゥの威嚇の声を鼻で笑ってみせている。
確かに、普通じゃないかも知れないが。
とはいえ、おそらくグレインの騎乗はウーマよりもかなり若い。その威嚇を鼻で笑うというのは。
「大人気ない」
つぶやいた声を正確に拾ったウーマは大きな目をさらに大きく見開いて、目を潤ませている。
そのまましばらく震えていたが、急に威嚇をやめたグレインの騎乗が歩み寄ってきて、ウーマの肩口に鼻を二三度、押し付けた。
元気出せ。
確か、そんな意味を持つ動きだったか。
「・・・・・・出発、しよう」
微妙な視線でそれを見ていたグレインに、ため息とともに促されて出発した。
―――
明け方近く。
体力的にも精神的にも疲れて帰ると、家から明かりが漏れてた。警戒しながら玄関を開けると、暖炉に火が付いている。室内の気配を探り耳をすませるが、感じ慣れた眠る妻の呼吸音と暖炉のまきが燃える音しかしない。
妻が暖めておいてくれたのか。
知らず力が入っていた身体から緊張が抜けた。
寒さから解放されて小さく息を吐き、寝室を覗くと、妻が壁際に身体の前面を押し付けるようにして寝ている。相変わらず、おかしな寝相だ。
なんだか、気持ちが柔らかくなる気がした。
手早く着替えて冷たさを覚悟して布団に入ると。
暖かい。
布団を探ればいつだったか妻にせがまれて作った保温用の入れ物が布に巻かれた状態で入っていた。
暖めておいてくれたのだろうか。
壁側にくっついている妻を転がそうとして、妻が抱えているものが目に入る。
妻のお気に入りの焦げ茶色のクッション。そっとそのクッションを取り上げると、嫌がるように身をひねって転がってきた。
しばらくもそもそと動いていたが予想通り、腕のなかで収まって落ち着いてくれる。
心地よい体温の妻を抱きこんだまま、目を閉じる。
・・・この暖かさは、もうきっと、手放せない。
温かさが染みる夜の一コマでした。