妻が風邪をひいたなら(夫視点)
夫は夫で、いろいろ煩悩を抑えて(?)いるようです。
妻が、風邪をひいた。
俺の風邪がうつってしまったらしい。
元はといえば、俺を数年ぶりに高熱で寝込ませたほどの風邪だ。小さな妻には熱だけでなく、風邪の諸症状全てが顕著に現れていた。
なかなか熱が下がらず、横になっていても辛そうだ。
意識が朦朧としているときもあり、うなされていることもある。
熱が少しでも下がるように、濡れた布で額を冷やし、咳がひどくてなかなか眠れず、食欲もない妻に、なるべく水分を取らせるようにして看病してるのだが。
想像以上に、きつい。
熱に浮かされ、潤んだ瞳。
普段からほんのり赤い妻の頬と唇はさらに赤く染まり。
荒い呼吸の合間に、時折もれる呻きが、違う状況を連想させて。
相手は病人だとわかっていながら、理性が刻一刻と削り取られ、衝動が表に出てこようとする。
・・・あまり、寝室には長居しない方が良さそうだな。
そう判断して、頻繁に寝室を出入りするようにしていると、妻の小さな声が聞こえた。
「だ・・・なざ、ま」
喉がひどく腫れているのだろう。かすれきった声で呼びかけてから、すぐに咳き込んでしまう。
喉の痛みに効く飲み物を作ってこようと立ち上がりかけると、服の裾が引かれた。
見ると、ようやく咳が収まった妻が、震える手で服の裾を掴んでいた。
今にもこぼれ落ちそうな涙を浮かべて、じっとこちらを見上げている。
「さ、むい・・・」
また咳き込んでしまったが、濡れた唇で囁かれたかすれた声は確かに耳に届いた。
だが、それ以上に、伸ばされた腕の白さと、寝乱れた襟元からあらわになった細い首と鎖骨に目が釘付けになって。
ぞくり、と。
背筋に走った衝動を、とっさに妻を抱きかかえることで押さえた。
震えが伝わってきて、腕に力がこもる。その途端に、妻からか弱げな声が上がり、つい、本気で抱き潰してしまいそうになった。
熱を持った妻の身体は熱く、柔らかい。
腕の中の妻の震えが次第に大きくなり、理性にヤスリがかけられていく。
このままでは、まずい。何かのきっかけで、とまれなくなってしまいそうな気がする。
かといって、手放したくもない。
頼むから、おとなしくしていてくれ。
祈るような気持ちで妻を見ると、動揺しきった大きな目と行きあった。
・・・目が、泳いでいる。泳ぎに、泳いでいる。
疑問と混乱と動揺を余すことなく伝えてくるその大きな目に、つい、笑ってしまいそうになった。
いくらなんでも、動揺し過ぎだ。
狂暴な衝動が収まり、かすかに寝具から出てしまっていた妻の肩をしっかりと布団に包み直した。
密着していることにうろたえているのであろう妻に、これが当然なのだと思い込ませるため、あえて無表情を貫く。
案の定。
妻は恥らいながらも少し納得がいかないような目つきをしていたが、やがて何かに気を取られ、ふと、こわばりながら震えていた体から力が抜けていく。
安心したのか、くったりと寄りそってきて、大きな目がうつらうつらし始めた。
素直な妻だ。
ゆっくりと閉じて行くのを見届けて、柔らかな頬に唇を落とす。
今は、ここまで。
熱く、柔らかな妻の頬をもう一度味わう。
突き動かされるような衝動はなりを潜めたが、自分で決めたその限界に物足りなさを感じてしまう。
もう少し、だけ。
しっとりと汗をかいている腕の中の妻。
深い眠りについた妻の体は、俺にも伝わってくるほど汗をかいていて。
このままにしておけば、いずれ冷えて体温を奪っていくだけだ。
・・・言い訳がたったついでに。
ひとつ、妻に仕掛けてみるか。
その後。
汗をたくさんかいてよく寝た妻は、食事も食べれるようになり、快方に向かったのだが。
あるとき、自分の着ている寝間着を見て硬直していたかと思うと、俺の顔を見るなり、湯気が出そうなほど真っ赤になって、また寝込んでしまった。
・・・ようやく、気付いてくれたようだ。
夫、少しは反省せいっ!(叫)