夫と妻の晩酌(夫視点)
夫視点のリクエストを頂いたので、のりのりで書いた小話です♪
「旦那さま、何かして欲しい事って無いですか」
今朝から妻の様子がまたおかしいとは思っていたのだが、いつものように食後の酒を楽しんでいるときに、食卓を挟んで身を乗り出すようにして聞いてきた。
また何かたくらんでいるのだろうか。
妻のたくらみごとのほとんどが無害なものだから、別に質問に答えたところで問題無いのだが。
して欲しいこと、か。
しばらく考えてみたが、特に思いつかない。
「な、何かないですか? あ、して欲しい事じゃなくて、させたいことでもいいですよ!」
して欲しいことが特に思いつかなかったことがわかったのか、さらに身を乗り出すようにして、させたいことを考えろ、とさらに言ってくる。
させたいこと。
酒を置いて、額に手を当ててうなだれた。
とりあえず、食卓に両肘をついて身を乗り出してくるのを、やめさせたい。
今日は妻はウーマの世話でもしていたのか、動きやすい黒のズボンと濃紺のシャツといういでたちなのだが、そのシャツは、俺のだ。
当然、襟ぐりも大きく、ボタンの間隔も広い。
一番上のボタンを外しているだけなのだが、それだけで、かなり大きく開いてしまっていて。
濃紺のシャツと、白い肌。
させたいこともしたいことも、山ほどあるのを、この小さな妻はまだ知らない。
知らせないようにしているのは自分なのだが。
この無邪気さを、時々、引き裂いてやりたくなることも、ある。
いっそのこと・・・。
と、どす黒い思考に覆われそうになったとき、ふいに二人の友人の声がよぎった。
その花を惜しむなら。
次のリーフェリア祭まで、耐えろ。
妻に気づかれないように、大きく息を吐いて、額に当てていた手を外し、顔を上げる。引きつったような顔をしている妻を見て、多少は感じ取ったか、と思いながら、置いていた酒を煽って、アルコールでどろどろした感情を体内に押し戻して小さく息をついた。
あと、一月ほど。それが、ひどくもどかしい。
気を紛らわせるために飲み干した酒を注ぎ足すと、妻の興味が酒にうつったのか、瓶の口の匂いを嗅いでいる。
どこか小さな生き物を思わせる動き。小さな鼻で小さな瓶の口から匂いが嗅げるのだろうか、と不思議に思いながら、手に持っていた杯を渡すと、素直に受け取って匂いを嗅いでいる。
純粋に好奇心いっぱいで、動く妻は、見ていてほほえましい。そんなことを考えていたからか、妻が杯に口をつけたとき、止めるのが間に合わなかった。
妻が杯に口をつけ、コクリ、と嚥下したとたん、激しく噎せだした。
クコールは、酒の中でも高純度の酒気を持つ酒だ。
飲みなれない者には刺激が強すぎる。
汲んできた水を飲んでようやく咳が収まったようだが。
「旦那さま、喉が痛いです。喉が痛いし、お酒くさいし、全然美味しくないですよ!」
どこか妙な声で妻がしゃべりだした。
「美味しくないものを飲んだら駄目です、禁止です、美味しいものが飲みたいです!」
いくら酒気が強いとはいえ、たった一口でよったのだろうか?
いつもよりも呂律が回っていない声で、妻が主張している。
主張、しているのだが。咳き込んだせいか、少し涙が浮かんでいる大きな目には、困惑と、羞恥の両方が浮かんでいて。
でも、水の入った杯を突き出しながら、おいしいものをよこせと強請る妻。
面白い。
顎に手を当てながら、妻の様子を観察すると、その大きな黒目に次々とめまぐるしく感情と意図が入れ替わる。
いつもの事ながら、言葉以上に雄弁に感情を語る目だ。
「旦那さま、聞いてますか、聞いてくれていますか!? 美味しいものを飲むんですよ、こんな美味しくないものを飲んだらいけないのです、わかりましたか!? わかったら、私に美味しいものをください! 美味しいものしか認めませんよ!」
目が、動揺で震えていたかと思うと、諦観が浮かんだのをみて、思わず噴出してしまいそうになった。
本当に、面白い。
このまましばらく見ていたい気もしたが、旨いものをよこせというもう一人の妻の主張もかなえてやりたい。
確か、台所に果実と蜂蜜があったはず。
以前、フィリウスに教わった女が好む甘く割った酒を持っていくと、どうやら、見た目から気に入ったらしく、妻が歓声を上げている。
「きれーですね、きれーなものも認めますよ! それ、ほしいです!」
寄こせ、寄こせとせっついてくる妻にその果実割を渡すと、
「おいしーっ! えらい、旦那さまえーらーいっ! これなら飲んでよし! 許可しましょう!」
みごと、許可が下りた。
満足してもらえたようだが、目がまだ動揺し続けていて、俺が面白がっているのにもちゃんと気づいたのか、涙目のまま、なにやら非難の目向けてくる。
ああ、本当に、面白い。
そのままクコールの果実割を一緒に飲みながら、二人の妻が次第にともに酔っていくさまを楽しんだ。
やがて食卓に突っ伏して眠りこけた妻を寝台に運んでやりながら、普段は決して言わないような他愛も無い我侭の数々を、目覚めた妻が覚えているかどうかが、楽しみだ。
翌朝。
妻は二日酔いで、夕べの小さな我侭の数々を、覚えていないらしい。
ぐったりしながら、懸命に夕べのことを思い出そうとする妻を眺めながら、知らず、口の端が上がった。
・・・また、晩酌に付き合ってもらおう。
お酒に弱い妻と、酔った妻を面白がる夫との間で、静かな戦い(飲まない、飲ませたい)が巻き起こること、必至。
そして勝敗は、推して知るべし(笑)