妻と夫の晩酌(妻視点)
妻の思い付きから、おかしな方向へ進んでいったら、こうなりました。
いつものように夕飯の支度をしている時のことです。
はたと気付いたのですが、私、これまで夫の無い無い尽くし改善のためにあれをして欲しい、これをして欲しいと要求する事はあっても、何かをして上げるという事をしていませんでした。
これはいけません。一方的に何かを要求するようでは、夫婦生活はうまくいかないと言いますものね。
私も夫の為に何かをしてあげましょう!
と、決意したのはいいのですが、夫のためになることってなんでしょう?
しばらく夫を観察してみたのですが、何がして欲しいか、よく分かりません。
分からないなら、聞いてみるしか無いですよね。
これで夫とのやりとりも増えますし、一石二鳥の作戦です。
というわけで、例によって例の如く、夕食後のリラックスタイムを狙います!
・・・最近、本当にワンパターンですよね、私。次は朝の二度寝タイムに仕掛けてみましょうか。
次の急襲予定を立てつつ、晩酌を始めていた夫に直球で聞いてみました。
「旦那さま、何かして欲しい事って無いですか?」
食卓に身を乗り出すようにして聞くと、夫はちょっと考えているようです。
お、この感じは、無視しようとしていませんね。ということは、何かして欲しい事が有るのでしょうか?
ワクワクしながら回答を待っていると、そのまま、コテッと首を傾げてしまいました。
あれ。何も思いつかなかったんですか?
ダメですよ、これじゃやりとりが成立しないじゃないですか!
「な、何かないですか? あ、して欲しい事じゃなくて、させたいことでもいいですよ!」
私も夫に早寝させたり、時々ぬいぐるみのクマさんになって欲しくて焦げ茶色のクッションを押し付けたりしてますしね。
ここは夫婦らしくお互い様な関係でいきましょう!
そう思って更に身を乗り出して言ったのですが、何故か夫は飲もうとしていたお酒の入った杯を置いて額に手をあてて、がっくりうなだれてしまいました。
何だかひどく疲れているようにも見えるのですが、どうしたんでしょうか?
そんなに私にして欲しいこととか、させたいことを考えるのは負担だったとか?
いえ、夫は常に即決の人ですから、優柔不断で選べなくて困るということは無いはずです。
分からないなぁ、と夫を眺めていると、一瞬背筋に寒気が走りました。
夫が額に当てていた手を離して顔を上げる直前、いきなり席を立って離れたくなる程の何かを感じた気がするのですが、顔を上げた夫はいつも通りの無表情です。
な、何だったんでしょうか、今の。
これまで感じたことがない類の悪寒というか・・・いえ、多分風邪のひきはじめだったのかも。うん、きっとそうですね!
自分にそう言い聞かせていると、夫が置いていたお酒を飲みほして小さく息をつきました。
あんなに一気に飲んで大丈夫なのでしょうか?
そういえば。
夫がいつも飲んでいるお酒って、どんな味なのでしょう? ほぼ毎晩同じお酒を飲んでいますから、ここに夫の好みの秘密が隠されているのかもしれません!
お酒の入った瓶の口に鼻を近づけて匂いを嗅いでみようとすると、夫が持っていた入れ物を渡しました。
あ、確かにこっちの方がよく匂いが分かりますね。
うーん、何となく、アルコールの匂いがするような? 色は綺麗な飴色。ちょっと揺らすと、アルコールと一緒に独特の香りがたちのぼります。
味はどんなでしょう?
いつも夫が水のようにこくこく飲んでいるので、完全に油断してました。
口をつけてみると、夫がちょっと慌てていた様な気がします。
・・・出来れば、もうちょっと早く止めて欲しかったです。
一口ごっくんと飲み込んだ瞬間、思いっきり噎せました。
何ですか、これ!
アルコールですよ、まんまアルコールですっ!!
香りとか味わいとかを楽しむ余地はありません。口から喉から焼けついたように熱いです。
それでも根性で食卓の上に杯を置いて咳き込んでいると、夫が水を汲んできてくれました。
命の水です!
洗い流す様に水を飲んで、ようやく咳が止まりました。
うう、体の中からアルコールが立ち上ってくるようです。夫はなんでこんなものを毎晩欠かさず飲んでるんでしょうか。
「旦那さま、喉が痛いです」
水差しからお代わりの用意をしてくれている夫に、誰かが話しかけてます。
・・・あれ?
「喉が痛いし、お酒くさいし、全然美味しくないですよ!」
え、ちょっと待って下さい。話してるのは私ですか ? 私っ!?
「美味しくないものを飲んだら駄目です、禁止です、美味しいものが飲みたいです!」
なにいってるんですかぁーっ!?
内心めちゃくちゃ焦っているのに、私はお水のコップを夫に突きつけながら、どさくさに紛れてわがままを言っています。
いえ、違うんです、これは私であって私でないというか、第二の私というか、えっ、私もしかして二重人格ですか!?
外と中が一致しなくて大混乱を起こしていると、夫はしばらく顎を触って何かを考えているようでした。
あ、この癖はまだフワフワのヒゲがあったときの名残ですね。
今はつるっとしていますが、野生化する前のクマさんはよくヒゲに触っていましたものね。やっぱりフカフカ感が気持ちいいのでしょうか。もっと触っておけばよかったなァ、と内なる私が現実逃避している間に外側の私は夫にぎゃーぎゃー何か主張しています。
いや、もう勘弁して下さい、私・・・(泣)
夫は台所に入って行って、何かを持って戻ってきました。何だか、綺麗な色をした飲み物みたいです。
ぶーぶー文句を言っている外側の私に飲み物を渡すと、どうやら外側の私も色が気に入ったらしく、歓声を上げながら一口。
あ。これおいしいで
「おいしーっ! えらい、旦那さまえーらーいっ! これなら飲んでよし! 許可しましょう!」
だから、なんでそんなに偉そうなんですか、私!!
そして何となく面白がってますよね、旦那さまっ!?
内心の叫びなど知らずに、夫も果物の爽やかな甘みと酸味がきいた綺麗な飲み物に変えて、2人の酒盛りが始まりました。
・・・まぁ、夫も楽しそうにしているので、良しとしましょうか。
内側の私もお酒が回ってきたのか、あとはただただ楽しいばかりでした。
翌朝、記憶が若干飛んで二日酔いで苦しむ私を、やけにご機嫌な夫に介抱してもらいながら、心に誓いました。
・・・お酒は、ほどほどに。
酔っ払い妻は、陽気な性格になるようです(笑)