夫と妻のカード勝負(夫視点)
飛んで火にいる・・・?
「旦那さま! 私と勝負してください!」
いつもの事ながら、突然妻が言い出した。最近はどうも夕食後の時間が狙われることが多いな、と思いながら、聞かなかったことにしようと手にしていた商売道具に視線を戻した
「だーんーなーさまっ! 私と勝負してくださいっ!」
一段と気合が入った声からして、これは相手をするまで引かない気だな。仕方が無い、とりあえず話を聞いて、おかしなことだったら、別のことに意識を向けさせればいいだろう。まだ手入れが終わっていない商売道具をひとまず脇に寄せて、妻に視線を向けると、ひどく意気込んだ表情でカードを突きつけられた。
「勝負は、これです!」
妻の小さな手のひらに丁度納まる大きさのそのカードには見覚えがあった。
賭け事に良く使われる、『リービス』だ。
どうしてそんなものが家にあるんだろうか。俺の持ち物でないことだけは確かだ。
「旦那さまはこのゲームをやったことがありますよね?」
もちろんあるので頷きながらも、妻がやけにいい笑顔になったのが少し気になった。それにしても、『リービス』なんてどこで覚えてきたのか。鍛錬所の連中から何かよからぬ噂でも吹き込まれたのか、とも思ったが。
「じゃ、もし私が旦那さまに勝ったら、私のお願いを聞いてくださいね」
・・・そうでもないらしい。
妻は意気揚々と勝負を申し込んできて、かつ願い事があるという。だが、その願い事をかなえるためには、勝たなくてはならない。つまり、勝つ気でいるということだ。
自分が勝ったときのことを考えているということは、俺が勝ったら?
「旦那さまは経験者、私は未経験者。これは旦那さまが勝って当然のゲームなわけですから、旦那さまが勝ってもご褒美はなしです!」
・・・やっぱり、鍛錬所の連中が何かいったのだろうか?
しかし、それにしては妻が勝つ気でいるようだし。
すこし考えてから、妻の反応を見るため、わざと何も言わずに頬を触りながら、反対側の指を動かしてみせた。
「いいでしょう! 受けてたちます!」
妻は少し考えたあとで、意気揚々と受けてたってみせた。
ということは、やはり鍛錬所の連中からはなにも聞いていないらしい。
もし聞いていれば、俺に『リーバス』で勝負を挑んできたりしないだろう。
このゲームは、いわば、いかさまの腕を競うゲーム。
おそらく妻は気づいていないが、賭けの対象についても、妻はすでに了承している。
表面的なルールしか知らないらしい妻が勝つはずもなく。
4連敗までは、残念がったり悔しがったりしていたが、5連敗目には、カードを床に叩き付けそうな勢いで、憤慨していた。
いろいろ文句を言っているが、そのどれもが俺ではなく、カード自体への苦情だというのが面白い。
どちらにしても、負けは負け。
カードを置いて手招きをし、何の警戒心も無く近寄ってきた妻を腕に囲い、頬に顔を寄せて。
かぷ。
本当は少し歯を立ててやろうと思っていたのに、あまりにも柔らかく、皮膚の薄そうな感触に、なぜか慌てて甘噛みに変えた。
柔らかくて、温かい。
すこし舌に触れたすべらかな肌の感触と味に、満足感を覚える。
もう一度、味わいたい。
熱でも出したように真っ赤になって立ち尽くす妻に、もうひと勝負申し込む。
驚きで大きく目を見開いている妻が、今度はちゃんと賭けの対象が何かも気づいたのがわかった。
次は、その小さなあごを。
大きく頷いて見せると、反射的に逃げ出す妻。それをこちらもほぼ反射的に捕まえて、ゲームの続きを楽しんだ。
・・・妻は、甘い。
何勝負させられたのかは、夫次第 (にやり)