ハロウィンの日
うちに来たばかりの子犬が死んじゃった。
弟の拓海がずっと犬を飼いたがっていたから、私も面倒を見るからとお母さんにお願いしてやっと許してもらったのに。
お姉ちゃんである私はお母さんに信用されてるから。
いつも「お姉ちゃんはしっかりしてて助かるわ」ってお母さんは言うんだよね。
だって、私がしっかりしないといけないから。
お父さんは3年前に死んじゃって、お母さんは私達を育てるために毎日おそくまで働いているんだもん。
わがままは言えないじゃんね?
拓海は泣くばかり。
夕方からいきなり子犬のチョコは様子がおかしくなって、何か吐いてさっき死んじゃった。
お母さんが帰って来るまでにはまだ時間がある。
どうしよう?
だからずっと調べてた事を試してみる事にした。
前みたいに、学校から帰ったらお母さんが「おかえり」って言ってくれるように、私もわがままが言えるように、ずっと考えてた事があるから。
お父さんが生き返らないか、ずっと調べてたんだよね。
一番確実な方法は、まほうじんを描いてイケニエをささげて、それから・・・そうそう、たましいを引きかえにすればいいって。
ちょうど友達からアクマ辞典を借りててよかった。
ついてるよね?
これでチョコも生き返るし、成功すればお父さんも生き返るはず。
だから庭に出て拓海とまほうじんを描いて、借りた本を片手に呪文を唱える。
エロエロエロッサム・・・うまく言えない。
でもまあ・・・なんとかなるかな?
イケニエは冷ぞう庫にあった鶏ムネ肉100グラム38円。お買い得品。
546グラムもささげるんだから大丈夫なはず。
しばらくしたら、きれいなお月さまが雲にかくれて真っ暗になった。
それから急に、ドーン!!って大きな音がひびいて拓海と思わず抱き合って目をつぶった。
耳がキンキンする。
でもそれにまじってチョコの鳴き声がした。
「おねえちゃん!! チョコがいきかえったよ!!」
拓海のこうふんした声が聞こえる。
うるさいな。
この私が失敗するわけないじゃんね?
生き返ったチョコを見て、ちょっと安心したのはないしょ。
これでお母さんにがっかりされない。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
それから、チョコは子犬のくせにお肉しか食べなくなった。
いくら鶏ムネ肉が安いからって言ってもさすがに困るんだよね。
どうしよう。
やっぱりお父さんが必要だ。
でもチョコと違って、もう体はないんだよね。
お骨だけでも大丈夫かな?
今度の日曜日にお墓参りに行こう。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
けっきょく昨日はお母さんがお休みでお墓には行けなかった。
だから今日はとりあえず、お父さんのお骨なしで試してみようと思う。
拓海と一緒に庭に出て、またまほうじんを描く。
本はもう返しちゃったけど、大丈夫だよね?
前と同じ・・・っぽいのが描けたし。
イケニエはふんぱつして鶏モモ肉100グラム78円を477グラム。
近所では「トリック・オア・トリート!」って子供の声がする。
うちだって、前まではハロウィンだってしてたのに。
今はクリスマスだって、お母さんの手作りじゃなくて買って来たケーキを食べるだけ。
だから、これを成功させればお父さんが帰って来る。
その気持ちをこめて呪文を唱える。
エロエロエロッサム・・・。
すると、また雲が出てきてお月さまをかくしてしまった。
それから・・・音はしなかったけど、大つぶの雨が降って来た。
あわてて拓海と家に入る。
外はびっくりするくらいの大雨になっちゃった。
お母さん、帰って来れるかな?
電車止まらないよね?
すぐにお風呂に入って、寝る準備をしていたら停電した。
「おねえちゃん・・・」
もう! 停電くらいなによ。拓海は怖がりだからね。
懐中電灯だってちゃんとあるんだから。
1階にあるから取りに行かないといけないけど。
ぜんぜん怖くなんてないんだから。
もうすぐお母さん帰って来るし。
拓海と手をつないで、1階に行こうとしたら、ドーン!!って大きな音がした。
「お、おねえちゃん・・・」
「大丈夫。近くにかみなりが落ちたんだよ」
拓海の手を強くにぎってあげる。
私が怖いからじゃない、拓海のため。
それから急に、ドンッドンッドンッ!! って玄関ドアを誰かが叩く音がした。
「お、おねえちゃん・・・。だれか来たよ?」
「む、無視すればいいのよ。お母さんはカギを持ってるし・・・」
何回もドアを叩く音はひびいてたけど、無視していたらしなくなった。
ほらね、大丈夫。
そう思っていたら、ビシャリ、ビシャリと家の周りをゆっくりと誰かが歩く足音がしだした。
「おねえちゃん・・・」
また拓海が怖がってる。
もう、しょうがないな!!
「ちゃんと、戸じまりしてるから大丈夫」
「でもぼく・・・さっき、うらから家に入ったとき、カギかけわすれた・・・」
「バカ拓海!!」
拓海はいっつもこれなんだから!!
急いでカギをしめて来ないと。
足音はいつの間にかしなくなってるから、どっかに行ったのかな?
そうに決まってる。
うちはお父さんが死んじゃってから、ビンボーだって近所の人も知ってるし。
拓海が怖がるから、しょうがないから一緒に1階に下りる。
ゆっくり、静かに、暗いけどなれてるから大丈夫。
「つめたっ!」
暗い中で台所に入って勝手口のカギをしめようとしたら、なんか水たまりをふんだみたい。
「お、おねえちゃん・・・なんで床がぬれてるの?」
「拓海がさっきお風呂から上がった時に、体ちゃんとふかなかったんでしょ!」
「ち、ちがうよ・・・」
ちがうことなんてない。
拓海はいっつもそうだから。
なんとかカギをしめてホッとしたら、2階からギシ、ギシって誰かが歩く足音が聞こえた。
「おねえちゃん、2かいにだれかいるよ・・・」
「チョコだよ・・・」
玄関の中でつないでたけど、また逃げ出して2階に上がったんだ。
そうに決まってる。
ついでに懐中電灯を取って来よう。
ろう下においてある懐中電灯を手に取っても明かりがつかない。
なんで?
「拓海、また懐中電灯で遊んだでしょ?」
「あ、あそんでないよ・・・」
うそばっかり。
ぜったい拓海が遊んだから、だから電池がなくなっちゃったんだ。
しょうがないからお仏だんのロウソクを使おう。
ほんとはお母さんに火は使っちゃダメって言われてるけど、しかたないよね?
お仏だんの部屋に入って、ロウソクは見つけたけどマッチがない。ライターもない。
困ったな。
「おねえちゃん・・・あしおとが・・・おりてきてるよ?」
もう! 拓海はうるさいな。そんなことわかってるよ。
チョコがおりて来てるんだよ。
むかしのお父さんの足音に似てるなんて思わない。
だってお父さんは・・・今は暗くて見えないけど、お仏だんにある写真ではやさしく笑ってるし。
真っ暗な中で雨の音と、足音だけが家の中にひびいてる。
ギシリ、ギシリ、ギシリ。
だんだん足音がこっちに来るけど大丈夫。
お父さんが守ってくれるもん。
大丈夫! 大丈夫!!
祈るように「大丈夫」を心の中でくり返して、息をひそめて拓海と抱き合う。
足音は気のせい! そのうち聞こえなくなる!!
だけど、足音はふすまの前に来るとピタリと止まって、ガタンッとふすまが大きく揺れた。
それから・・・。