幕間1 ギルド職員 古館
その日の担当業務もほとんど終え、夜間勤務の職員とシフト交代するタイミングが近くなってきた。時間は二十三時を過ぎていたが、ギルドのフロアはまだ探索者がチラホラと居た。
私の名前は古館譲治。八皇子の探索者協会、通称八皇子ギルドの受付窓口を担当している。
私は受付カウンターから、ほとんどの探索者が出入りするギルド入り口をぼんやり眺めた。
日中の喧騒が嘘みたいな静けさ。探索者たちの怒鳴り声も、依頼票をめくる音も今はない。
午前中に来た青年のことを考えていた。
狭間蓮。腰に黒く光る短剣を差した、Eランクの探索者。青年は魔剣の入手方法を知りたい、そう言って尋ねてきたのだ。
……あの青年が魔剣を探している。
私は苦笑した。冷めたコーヒーを一口すする。
思えば最初にあの青年を見たときは、こんな日が来るなんて、想像もしていなかった。
◇
最初はただの気の毒な新人だった。
半年ほど前だったか。私の窓口に一つのパーティが登録の更新に来た。五人組。リーダーは態度の大きい剣士だった。高座といったか。
ギルドでは大声を張り上げ、職員にも横柄で、私も何度か対応したことがある。まあ、こういう手合いはどこのギルドにもいる。
そのパーティのいちばん後ろに彼——、狭間蓮はいた。荷物を山ほど背負わされて、俯いていた青年である。
装備はパーティの誰よりも粗末。任される仕事は荷物持ちと後片付け。パーティの連中が受付で踏ん反り返っている間、あの青年はずっと、大荷物を抱えて隅で待っていた。
「戦闘に向かないスキルなんだとよ」
同僚が小声で教えてくれた。
「あの青年のスキル、インベントリとかそういうやつらしくて。戦闘に向かないから荷物の整理くらいにしか使えないんだと。だからパーティでも完全に下働き扱いで……」
私はそれを聞いて少し胸が痛んだ。
こういう青年を私は何人も見てきた。使えないスキルを引いて、それでも探索者を続けるしかなくて、いいように使われて、次第に擦り切れていく。
ギルドの職員という立場では、探索者同士のことに口は出せない。パワハラだろうが下働きだろうが、パーティ内のことは、パーティの問題だ。私にできるのは、書類を処理することだけだった。
――だから、見ているしかなかった。
一度だけ声をかけようとしたことがある。カウンターの前で待っているあの青年に、大丈夫かと。
だが私が口を開く前に、あの青年はびくりと肩を震わせて目を伏せた。
……ああ、そうだった。
私はこの強面顔だ。無駄にでかい図体に、眼つきが悪く、顔には探索者時代からの傷がある。
若い頃からそうだった。前線で剣を振るっていた頃は、それでよかった。だが、受付に座るようになってからは――良し悪しだ。
荒くれ者の多い探索者相手には、この面構えが役に立つこともある。だが萎縮させることのほうが多い。声をかけただけで新人が怯える。
私はそれ以上何も言えずに、あの青年を見送った。
――あの青年もそのうち擦り切れて、辞めていくんだろう。心のどこかで諦めていた。
◇
その報告を聞いたときは言葉を失った。
「八皇子ダンジョン、十二層で死亡者。狭間蓮」
死亡報告。私の窓口に回ってきた書類にはそう書かれていた。あの時、ちゃんと声をかけてあげれば、何か変わったんじゃないだろうか。そう思うと胸が痛み、後悔した。
――けれども、翌日。
あの青年はギルドの扉を開けて自分の足で歩いてきた。
彼は傷ひとつなく生きていた。
私は自分の目を疑った。死亡確認が出た人間が目の前に立っている。慌てて生存確認の手続きを始めた。フロアはちょっとした騒ぎになった。
そして彼は告げた。
「無理やり囮にされました」——と。
彼のパーティがもう見舞金の申請を出していたのだ。あの青年の死亡を前提にして。間違いなく囮にされたのだ。
――そこから先は私の仕事だった。
彼のパーティーを隅から隅まで調べた。虚偽の死亡報告。見舞金の不正受給未遂。それだけてはなく、過去の依頼の水増し請求、報酬の横領、備品の持ち出し。あのパーティは叩けば叩くほど埃が出てきた。
私はギルドの規定に則って、粛々と処理した。資格の停止。不正分の返還請求。そしてしかるべき機関への通報。
リーダーの剣士が、真っ赤な顔で怒鳴り込んできたのを覚えている。誤解だ、陥れられた、と。私は無言でそいつの目を見返した。そいつは私の顔を見て、それ以上何も言えずに帰っていった。
そうしてあのパーティは、探索者の世界から消えた。
因果応報というやつだ。あの青年を囮にした報いを、あいつらは自分の手で招いた。彼の苦労を考えると――胸のすく思いがしたのは、否定できなかった。
◇
問題は、あの青年――狭間蓮のほうだった。
生きて帰ってきたのはいい。パーティも自業自得で消えた。だがあの青年はこれからどうするのか。使えないスキル持ちの、元・荷物持ち。ソロでやっていけるとはとても思えなかった。
だからあの青年のこれからを心配して声をかけた。
「これからどうされますか?」
そうしたらあの青年は――笑ったのだ。
「大丈夫です。ちょっと事情が変わったので」
その顔が以前の俯いて怯えていた青年とは、まるで別人だった。
その時、彼が見せたのは紛れもなく魔剣だった。魔剣は希少な遺物で、ダンジョンボスを倒すことでしか手に入れれないはずだ。
Aランク以上になると入手に関する情報が開示される。まだFランクの彼では絶対に入手できない代物のはずだ。
しかし彼が持っていたのはギルドが把握している魔剣のどれにも当てはまらなかった。
そして彼は探索の配信を始めた。ダンジョン探索を動画で配信する最近話題のコンテンツだ。『魔剣メシ』とかいう妙なチャンネルを立ち上げていた。
半信半疑で私もその配信を覗いてみた。同僚が話題にしていたからだ。
それに映っていたのは私の理解を完全に超えていた。
ダンジョンの壁をぶち抜いていた。階層のボスが、一撃で沈んでいた。ずっと荷物持ちとして虐げられていた彼は、まるで別人のように化け物じみた力を振るっていた。
そしてその隣には、腰の短剣から現れた、金髪の小さな少女が、実にうまそうに飯を食っていた。
「……なんだ、これは」
私は画面を見つめたまま呟くことしかできなかった。
強さだけじゃない。あの青年はダンジョンのモンスターを一撃で倒し、獲った魔物を鍋にして、あの少女と二人で幸せそうに食事をとっていた。
鍋……私も食べたいな。よし、明日は鍋にするか。
しかし——彼がどうしてこんなに強くなったのか、それは分からないが、ひとつだけ確かなことがあった。
あの青年はもう私が心配するような青年じゃない。
俯いて荷物を背負って隅で震えていたあの青年はもういない。
◇
コーヒーはすっかり冷めきっていた。
私はそれを飲み干して立ち上がった。
さっきあの青年は言った。魔剣を探す。
詳しい情報を出せない中、それを行うということは日本中のダンジョンを片っ端から回るということだ。
とにかく魔剣を手に入れるには早くランクを上げることが肝要だ。そうすればギルドからも情報を開示できる。
……まったく。荷物持ちだった青年が日本中を回るとはな。
私は、魔剣の入手方法を、規定ぎりぎりまで教えた。もうとっくに規格外なんだ。今さら決まりも何もない。
渋家に行くと言っていた。さて、渋家のギルドにも一声かけておこう。あの青年のことだ。きっと、行く先々で騒ぎを起こすんだろう。
私は、シャッターの向こう――もう見えないあの青年が去っていった方角へ小さく呟いた。
「……よかったな、狭間くん」
強面の頬が少しだけゆるんだ。
悪くない気分だった。腐らずに生きていれば、こういう日も来る。あの青年はそれを私に見せてくれた。
さて。明日も仕事だ。
私はタイムカードを押してギルドを後にした。
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先が気になる方はそちらもご覧ください。
https://kakuyomu.jp/works/2912051604673684115




