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第49飯 「下僕。今日は勝負じゃ」


「よし、来たな。お前ら、今日は好きなだけ食え」


待ち合わせの駅前で、鬼頭さんが胸を張ってそう言った。


赤い髪は相変わらず目立つ。私服だとさらに目立つ。白のTシャツにデニムジャケット、黒のスキニーパンツ、どこかのモデルみたいな立ち方。


立っているだけなのにこの人は独特の雰囲気がある。周りの視線が全部こっちに来ている。


「……いいんですか、俺は普通ですけどヴィヴィがめちゃくちゃ食べますよ?」

「あ? 借りがあんだろ。細けえこと言うんじゃねえ」


言ってしまった。これはヴィヴィが止まらんぞ、と俺は思った。


そう、今日は約束していた鬼頭さんの奢りデーなのだ。この人の怪我はもう完全回復したらしい。


彼女である炎鬼の僧侶さんに付きっきりで治してもらったんだろう。おそらく。


隣でボンっと音がした。


「おい、今の……本当か?」

「おう」


「好きなだけ、と言うたな?」

「言ったぞ」


「本当に好きなだけでよいのじゃな?」

「しつこいぞチビ」


「よいのじゃな?」


ドドドドドドド。


「よいって言ってんだろ!」


ゴゴゴゴゴゴゴ。


ヴィヴィが俺を見上げた。まずい、目が笑っていない。何かコイツの背景に効果音が見えてきた。


「下僕。今日は勝負じゃ」

「……誰とだ」

「胃袋とじゃ」

「あ、そう」



 ◇



一軒目は焼肉だった。


童子切安綱を持つ炎の男が選ぶ店としては、これ以上ないくらい素直なチョイスだ。


出てきた肉は、どれも赤くて厚くて、白い脂が細かく散っていた。一目でいい肉であることが分かる。鬼頭さんが網の上に一枚置くと、じゅわ、と沈んで縁が丸まる。


「まず上タンだ。塩とレモンで食え」


鬼頭さんが得意げにトングを振っている。この人は焼くのは好きらしい。結構、様になっているな。


分厚いタンが返された。表面に細かい切り目が入っていて、そこから汁が浮いている。俺はヴィヴィと自分の分を皿に取ってレモンを絞った。


噛んだ。——ぱつん、と歯が入ってそのあとからじゅんわりと脂が口の中を巡った。


塩がしょっぱく、レモンが酸っぱく、最初は軽いのに噛むほど甘くなる。


「……うま」

「だろ」


ヴィヴィは何も言わず、無言で二枚目に手を伸ばしている。


「おい待て、まだ焼けてねえ」

「焼けておる」


「焼けてねえっつってんだろ!」

「わしの中では焼けておる!」


意味が分からん。落ち着けお前ら。



次に上カルビが乗った。


網の上で脂が落ちて火が上がる。じゅう、と音が変わって、煙の匂いにカルビの甘さが加わった。


ヴィヴィが、脂でのぼる火をじっと見つめている。


「肉が燃えておるぞ」

「燃えてないから大丈夫だ」


「燃えておるぞ! 食い物が燃えてよいのか!」

「これで旨くなるんだよ、見てろって」


鬼頭さんは手早くひっくり返してちょうど良い焼き加減でヴィヴィの皿に載せた。


「なんと!」


俺も一口もらおう。一枚をタレにくぐらせて口に入れた。


——熱い。噛むと同時に脂が溶けて、タレの甘辛さが絡む。これは最後にご飯が欲しくなる。というわけでご飯を頼んだ。


「うっっっまいのじゃぁぁぁ!」


ヴィヴィが叫んだ。周りの席がこっちを見る。鬼頭さんはニヤリと笑っていた。


「がはは、いい食いっぷりだな。もっと頼め」

「よいのか!」

「おう」


あぁ、また言ってしまった、と俺は思った。本日二度目である。



ハラミ、ホルモン、ミノ、上ロース。


網の上が途切れなくなったあたりで、鬼頭さんが焼酎を頼んだ。俺はウーロン茶にした。ヴィヴィは肉しか見ていない。


「そういやよ。俺が駆け出しの頃はな——」

「興味ないです」


「聞けよ」

「それより、海外の飯ってどうなんですか」


鬼頭さんの手が止まった。


「……そっちかよ」

「派遣、行ってるんですよね」

「まあな。去年、東欧のスタンピードに引っ張られた」


そこからは鬼頭さんの海外派遣の話が始まった。


Aランク以上はダンジョンスタンピードへの招集を断れない。鬼頭さんもこれまで何度か駆り出されてきたらしい。


その中で海外へスタンピードの鎮圧に赴いたこともある、とのこと。


「ダンジョンはあっても探索者が十分じゃない国は結構あってな。とくにヨーロッパはそれが顕著だ」


イギリス、ドイツ、アゼルバイジャン、イタリア等と今まで色々な国に行ったらしい。


「Aランクの探索者っていうのは貴重なんだよ。国内で二十人、あぁお前で二十一人か。なんでその数しかいないのか知っているか?」

「わからないです」


こっちはまだソロ探索者になって数か月だ。元荷物持ちを舐めんなよ? ヴィヴィが塩タンと上カルビを二人前、追加で頼んだ。


「魔剣持ちがすくねぇのよ。魔剣を持ってAランクは一人前。これは世界のスタンダードだ」

「ここでも魔剣が関わるんですね……」


「そして海外では魔剣はもうブランドだな。俺なんか刀で魔剣だから向こうではアイドルみたいだったぜ」

「あんまり調子乗ってると彼女さんに怒られますよ」


「実際、ぶん殴られた」

「ぶふっ」

「おいっ、きたねぇな」


いきなり面白いこと言わんといてください。ヴィヴィが上ミノとロースを二人前、追加で頼んだ。


「お前もそのうち海外に行くから覚悟しとけよ」

「美味い飯食べれるんだったらどこにでも行きますよ」


「ははっ、そういやそうだったな。お前ら」


鬼頭さんは焼酎をあおる。


「イタリアはだな……」

「イギリスの飯は俺にはちょっと……」


肉を焼きながら、鬼頭さんは飯の話を延々とした。向こうの豚は脂が違うだの、パプリカを鬼のように入れる煮込みがあるだの、パンが硬すぎて顎が死ぬだの。


ヴィヴィがさらに追加の肉皿を頼んでいる。……ちょっとお前さっきから頼みすぎじゃないか。


「きとー、外国にはうまいのがたくさんあるのか」

「ああ、そうだぞ」


「よし、行くぞ下僕」

「行かない」


「なんでじゃ!」

「俺パスポート持ってねぇ」


ついでに、ダンジョンの話も混ざってきた。


「向こうのダンジョンはな、けっこう面白いのもある。国によっちゃ、ダンジョンが観光地になってる。低層に土産物屋がある」

「土産物屋ですか」


「モンスターの牙のキーホルダー売ってんだよ。ふざけてんだろ」


鬼頭さんは焼酎を追加で頼んだ。ヴィヴィは上カルビと上ロースをさらに頼んだ。


「そのダンジョンは飯屋もあるのか」

「ある」


「行くぞ下僕! ダンジョン飯じゃ!」

「パスポートな」



「国内ならな、俺はいい店を知ってんだよ~」


鬼頭さんが焼酎の五杯目に入ったあたりで、そう言い出した。


「築治(つきじ)の海鮮。あれは一回食っとけ」

「はあ」


「あと神蔵坂(かぐらざか)の蕎麦。それから天ぷらだな。銀坐(ぎんざ)に一軒、とんでもねえのがある」

「天ぷら?」


ヴィヴィが顔を上げた。


「なんじゃそれは」

「知らねえのか。衣つけて油で揚げんだよ。海老とか穴子とか」


「揚げるのか」

「おう、揚げる。うまいぞ~」


ヴィヴィが目を閉じて、しばらく黙った。頭の中で何かを想像しているらしい。


「……よし」

「なんだよ。よしって」

「覚えたぞ」


鬼頭さんは、この時点でも自分が何を言ったのか分かっていなかった。



「下僕、あれを撮ってDチューブに上げろ」


ヴィヴィが網の上を指した。上カルビが五枚並んで、いっせいに脂を落としている。たしかにこれは絵になるな。


スマホを構えて十五秒ほど撮った。ヴィヴィが箸で五枚同時につまみ上げて、カメラに向かって掲げる。それをそのまま口に運んで、頬を押さえて天を仰ぐ。


あ、鬼頭さんが端っこに映ってる。


「おい、狭間。俺が映ってんぞ」

「大丈夫です」

「なにが大丈夫なんだよ」


鬼頭さんが焼酎のグラスを持ったまま、後ろでばっちり映っていた。



会計のとき、鬼頭さんが伝票を持ち上げて固まった。


「……十四万円」

「ヴィヴィが五人前食べたので」


「五人前、食べたのか」

「ええ、五人前、食べました」

「あの小さなナリでどこに……いや、そうか、五人前か……」


鬼頭さんが動揺しながら自分を納得させようとしている。ちょっと面白い。


「今日は十分おいしかったです。これで貸し借りとか無しにしましょう」

「ならねぇ」

「……大丈夫ですか」

「男に二言はねぇ。次行くぞ」


「寿司だ」


あぁ、またまた言ってしまった、と俺は思った。三度目だ。



 ◇



二軒目はカウンターの寿司屋だった。値段が書いていない……俺は嫌な予感がしまくりである。


「おまかせ、三人前」

「はい、承ります」


三人前と言ったが、この店の一人前がヴィヴィの一人前とは限らない。


最初に出てきたのは白身だった。薄く切られていて、下がうっすら透けている。醤油をつけずにそのまま食えと言われた。


口に入れた。——甘い。


魚が甘いという感覚がしばらく分からなかった。噛むと弾力があって、そのあとに脂と塩気が来る。米があたたかい。魚が冷たい。その差だけで一つの料理になっている。


「……うま」


ヴィヴィが無言で二貫目を待っていた。



大トロが出た。赤と白の霜が入っていて淡い光を放っているように見える。箸で持ち上げるとわずかにたわんだ。


口に入れた瞬間に消えた。


「消えたのじゃ!」

「消えたな」


「噛む前に消えたぞ! どういうことじゃ!」

「知らん」


「もう一つじゃ!」

「おう、頼め頼め」


鬼頭さんが日本酒に切り替えていた。だめだ、もう止まらない。


ウニが出て、いくらが出て、あわびが出た。ヴィヴィは全部を追加で頼んだ。


『下僕』

『なんだよ』


『あわびをもう一皿頼んでよいか』

『やめとけ』


『けちじゃな』

『俺の金じゃないから言ってる』


念話で話せるようになってから、こういう相談が増えた。相談する気があるだけましなのかもしれない。



「Sランクってのはな」


鬼頭さんが急に言い出した。顔がもうだいぶ赤くなっている。


「あの五人はな、俺らとは違うんだよ。次元が違う」

「そうなんですか」

「そりゃそうだ。たとえばあの、水の……なんつったかな、水の」


「水の?」

「水の……あー……」


「……知らないんですか?」

「知ってるっつーの! 今出てこねえだけだ!」


逆ギレされた。


「ほら、あの、南の方のやつだよ。南の方の、水の、なんとかっつう」

「なんとか」

「うるせえな! 会ったことねえんだよ!」


会ったことがないらしい。


「Aランク同士だってな、会わねえんだよ。二十一人しかいねえのに、全然会わねえ」

「そういうもんですか」

「そういうもんだ。だいたいAランクってのは幅が広すぎんだよ」


鬼頭さんが猪口を置いた。


「お前はまだ下の方だけどな。Aランクにも序列っていう暗黙のやつがあって。上のほうはな、ほとんどSと変わらねえ。下はまあ……Bのでかいやつだ。同じAで括んなって話だろうが」

「……はあ」

「なのに協会は同じ扱いすんだよ。招集も同じ、書類も同じ。俺は毎回それで死にそうになってんだ」


もう完全に愚痴だった。でもこういう話は全然知らないから参考にはなった。



「そういやオメェーな!」


鬼頭さんが箸で俺を指した。行儀が悪いですよ。


「俺が必死で取った童子切を、なんでオメェーが持ってんだよー!」

「いや協会が教えてくれた通りやったんですよ」

「教えてくれた通りじゃねえ!」


童子切安綱の話だと思う。桜樹町ダンジョンで、鬼頭さんも俺もそこで手に入れた。


「あんときはな、俺はまだAになりたてで——」

「興味ないです」

「これは聞けよ! 剣の話だろうが!」


お、食い下がってきた。さっきより粘っている。


「三日だぞ。三日潜って、パーティ全員ヘトヘトで、それでようやくだ。分かるか」

「大変でしたね」


「オメェーは何日だ!?」

「一日です」

「一日ぃ!?」


叫ぶ鬼頭さんを尻目に、ヴィヴィがあわびを追加で頼んでいた。



大トロの二皿目が出たところで俺はまたスマホを構えた。


ヴィヴィが一貫を持ち上げて、カメラに向けて掲げる。それを口に入れて、目を見開いて、動かなくなる。三秒静止してから両手で頬を押さえた。


コイツ、誰にも教わっていないのに演出がうまくなっている。なんて奴だ。


「おい、また撮ってんのか」

「撮ってます」


「俺も映ってんじゃねえだろうな」

「バッチリ映ってますよ」


鬼頭さんが猪口を掲げたままカメラを見て、赤い顔でなぜかちょっとキメ顔をしていた。



会計になった。板前さんが小さな紙を裏返して、鬼頭さんの前に置いた。


鬼頭さんが見た。


もう一度見た。


「……二十万」

「二十万三千円ですね」

「二十万三千円ぅ!?」


店中が静かになった。


「ヴィヴィが五人前なので」

「五人前でなんで二十万いくんだよ!」


「大トロとウニとあわびを追加で」

「追加ぁ!?」


鬼頭さんが財布を開けて、しばらく中を見て、それからカードを出した。手が少し震えていた。


「……借りはあと一つある」

「いやもう十分ですって」

「あと一つだ」


二軒で三十四万三千円。ゴチになります。



 ◇



外に出ると、鬼頭さんはもうまっすぐ歩けなかった。


肩を貸して大通りまで運んでタクシーを止めた。後部座席に押し込むとそのまま座席に沈んだ。


「おい……狭間」

「はい」


「今日は……楽しかったぞ……」

「それはよかったです」


「借りは……二つ……返した」

「はい」


運転手さんに行き先を伝えた。鬼頭さんは目を閉じていた。この人はたぶん一生こうなんだろう。


ドアが閉まる直前に、ヴィヴィが窓に飛びついた。


「きとー!」


鬼頭さんが薄く目を開けた。


「次は天ぷらじゃぞー!」


タクシーが走り出した。


車の中から「あ?」という声が聞こえた気がしたが、たぶん聞こえていなかったと思う。


「下僕」

「なんだ」


「次はいつだ」

「知らん」


「天ぷらは美味いのか」

「ああ美味いぞ」


「よし」


ヴィヴィが満足そうに頷いた。コイツは鬼頭さんの財布のことをたぶん一度も考えていない。


その夜、焼肉ショートと寿司ショートを投稿した。


赤い髪の男がその両方でキメ顔していたのに気づいたのは、投稿ボタンを押した後だった。



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「あんたこの明細なに!」

「げっ!」




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だらだら書いてたら長くなってしまった。

鬼頭さん書くの楽しい。

許して。

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― 新着の感想 ―
おはようございます。 ラスト、明細見てブチ切れてる彼女さん…完全に尻に敷かれてますね鬼頭さんww
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