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第46飯 「それが一番、嬉しいことです」


油断した。沈む、と思った瞬間、とっさにロックを張って自分自身を囲った。


それで何とかマグマをかぶるのは避けられたが、マグマの奔流に少し流されてしまった。


俺は今、直径五メートルほどのドームの中にいた。ロックで空間を固めて作った球の空間だ。


その空間の外側をマグマが覆っている。


ゆっくりと流れている。ときどき表面に黒い膜が張って、それがまた割れて、赤い中身が覗く。


まるでスライム状の生き物に飲み込まれてしまったみたいだった。


「……」


ロックで土台を作り胡坐をかく。


熱い。


呼吸をすると喉の奥が痛む。ロックの内側の空気そのものが、もう熱を持っている。


汗が出るがすぐに熱で乾く。Tシャツから露出している腕や首回りがヒリヒリする。もっと長袖を着てくればよかった。


「……生きてるな」


おもむろに声を出してみた。とりあえず生きてはいる。


ロックの表面を見た。膜がうっすらと光っている。


熱で歪んでいるんだ。俺のロックは空間を固定する魔法であって、断熱材じゃない。マグマそのものは押し止めているが、熱は輻射熱としてじわじわと通る。


……さっきからドームの内側の温度が上がり続けている。


どのくらい保つか。


マグマの熱は一般的に800~1200℃、これに囲まれているとしたらかなり熱いはずだ。常温を長く保てるとは思えない。


——もって三~五分ってとこか。根拠はない。だが体感でそのくらいだ。


顔を拭うと手の甲に汗がべたりとついた。


汗。そうか。


もう一度、汗を拭う。指先からしずくが落ちた。


落ちた方向を目で追う。


——こっちが下、なら反対が上だ。当たり前のことだが、全方位がマグマの赤一色の中では、自分がどっちを向いているのかわからない。


しかし今、俺は上を見つけた。核があったボス部屋から見えた空。火口。そこを目指す。


距離は……蔦で降りたのが二十分。ぐるぐる回りながらだったから、実際の高さはそんなにないはずだ。


三百メートル。多く見積もってもそのくらいだ。


「……行けるな」


シフトなら、五秒。立ち上がりドームの中で上を向く。


シフト。——ドームが動かない。


「……あれ?」


もう一度。


——。動かない。


「マグマのせいか」


わかった。ドームの外側には大量のマグマがある。


シフトは空間を掴んで移動する魔法だ。空を飛ぶときは、周りが空気だから問題がない。押し退けるものが軽いからな。


「マグマが重すぎるのか」


マグマは液体だ。だが水よりずっと重い。ドロドロで、粘りがあって、質量がある。


その中を、大きさ五メートルのドームで押し進む。泥の中を全力疾走しようとしているようなものだ。


残り三分。


「無理だ……まいったな」

『下僕』


腰の鞘からヴィヴィの声がした。


「なんだ」

『暑いのじゃ』


「知ってる」

『わしは暑いのが嫌いじゃ』


「奇遇だな。俺もだ」


『だから早くここから出るぞ』

「マグマが邪魔で動かないんだよ」


『弾き飛ばせばよかろう』

「え?」


『邪魔なものはどかすんじゃ。今までそうやってきたじゃろう?』


……はは。


「——そうだな、ヴィヴィ」

『お? ヤル気がでたのか?』


「ああ、さぁここからでるか!」


『おうとも! わしは腹がへったのじゃ!』


童子切安綱を両手で持つ。


「こんな時にか?」

『腹はいつでもへるのじゃ! わしはな、豚汁が食いたい』


イメージするのは酒吞童子が最後に放った獄炎の焔球(ほむらだま)。


「またあれか?」

『そうじゃ。味噌のやつ。おぬしが作ったやつじゃ』


刀の切っ先、ドームの外側でマグマが渦巻きだした。


「わかった」

『よし』


アニヒレイトを打つことはできない。ここにはもう空気がない。だからマ(・)グ(・)マ(・)を使ってアニヒレイトを打つ。


残り二分。


「帰ったら作ってやる」

『約束じゃぞ』

「約束だ」



◇



マグマの中をドームで進むのは無理だ。ならマグマがなければいい。


マグマを灰にして道を作る。所詮マグマも物体だ。せいぜい高くて1500℃。それ以上の高温で焼かれれば消滅する。


マグマが歪む。捻れる。圧縮される。揺蕩う(たゆたう)だけの赤い流れが、やがて輪郭をもった塊となる。渦を巻きながら凝縮していき膨れ上がっていった。


ドームの膜がまた歪んだ。


熱い。ドームの中は乾いたサウナ状態だ。汗は出た端から蒸発している。


残り一分。


ドームの前で三メートルほどの巨大な球が出来上がった。


白い。超高密度に圧縮された空間の塊。


「……いける」


俺は上を向いた。残り三百メートル。その先に青い空がある。


「ヴィヴィ、掴まってろ」

『うむ!』


俺は童子切安綱を真上へ突き上げた。


「——帝釈焱獄天《たいしゃくえんごくてん》」



 ◇



放った。白い塊がドームから放たれ、マグマの海を突き進んだ。


回転しているからか、螺旋の炎波が周囲を巻き込み、もろとも灰にしながら上昇していく。


塊の通り道にあったマグマが根こそぎ消滅した。


いや、それだけじゃない。螺旋の余波がその周囲を押し広げる。


その結果、赤い壁に囲まれた縦の穴が開いた。


直径三メートルの塊が通ったはずの道が、十メートル近い空洞になっている。


真っ直ぐ上へと延びる空への道、その向こうに——。


「見えた」


光だ。火口の外の昼の光。


「!?」


穴の壁面がもう崩れ始めていた。マグマがゆっくりと内側へ倒れ込んでくる。粘りがあるから、水みたいに一瞬では埋まらないが。


「埋まる!」


俺はドーム状のロックを解き、体を薄く纏う分だけ残す。


熱が全身に叩きつけられた。


「——っ!」


構うな。加速する。<シフト(空間移動)>


「うおおおおおおお!」


穴の中を真っ直ぐに上昇した。


両側のマグマの赤い壁が内側へ迫ってくる。頬をかすめる熱で皮膚が引きつる。


速度を上げる。もっとだ。


もっと。


一秒。


二秒。


壁が近い。穴が細くなっている。肩が触れそうだ。


三秒。


四秒。


上の光が大きくなってくる。


丸い。もうすぐ。


火口だ。


五秒。


「——っ!」


マグマを抜け出た! 背後で、溶岩が穴を塞ぐ音がした。


——世界が、白くなった。


光だ。火口の縁を越えて俺は空へ飛び出した。


背後で、溶岩が噴き上がる。


俺が開けた穴を追いかけるように、赤い柱が火口から吹き上がった。


轟音がする。俺はそれに押し上げられるみたいにさらに高く飛んだ。


空気が冷たい。信じられないほど冷たい。


「——っは!」


息を吸う。生きている空気だ。


肺に入って、喉を通って、痛いくらいに冷たい。


俺は空中で体勢を立て直して下を見た。


火山があった。大禍樹のないただの火山に戻っている。


火口から白い煙が上がっている。噴火というほどじゃない。さっきの溶岩が少し溢れているだけだ。


島は無事だった。


そして、——灰が降っていた。白い灰が、島全体に、ゆっくりと雪みたいに降っていた。


「……終わったな」

『下僕! 下僕!』


腰の鞘が騒いでいる。


『生きておるか! 生きておるな!』

「生きてる」


『豚汁じゃ!』

「わかったって」


俺は南にシフトを向ける。高台にテントの列が見える。前線基地だ。


そこにたくさんの人が集まっていた。全員がこっちを見上げていた。



 ◇



降りていくと誰も動かなかった。


二百人以上の探索者がぽかんと口を開けて空を見ている。


俺は基地の中央、テントの前に降り立った。テントには少し灰が積もっていた。


「……ただいま戻りました」

「…………」

「あ、あれ?」


「うおおおおおおおおおおおお!」


人が押し寄せてくる。肩を叩かれ、背中を叩かれ、腕を掴まれ、揉みくちゃにされた。


「生きてた!」

「生きてんじゃねえか!」

「マジかよ! どっから出てきた!?」


「火口です」

「火口!?」


「はい」

「なんで火口から出てくるんだよ!」


説明が難しいな。


人垣の向こうから、真壁さんが走ってきた。眼鏡がずれている。


「狭間さん!」

「あ、真壁さん。ゲート消しちゃってすみません」

「そんなことはいいんです!」


真壁さんが言葉に詰まった。眼鏡を外して目元を押さえた。


「……そんなことは、いいんです」

「後で作り直します」

「後でいいです。後で」


その後ろから大きな影が来た。壬生さんだった。


無言でこっちに歩いてきて、いきなり肩に抱え上げられた。ぐえっ、高い。


「うおっ」

「よく戻ったな!!」


「……戻りました」

「言った通りだ」

「信じてると言ったからな!」


おろされた。


「よくやった」

「はい」


壬生さんの声が、少し震えていた。心配をかけてしまった。申し訳ない。


「おい」


人垣が割れた。赤い髪の鬼頭炎児がそこにいた。


肋を押さえながら、片手を僧侶に支えられて、それでも自分の足で立っている。


顔がひどかった。


煤で汚れていて、目が赤くて、口が引きつっている。


「テメェ」

「……鬼頭さん」

「テメェ、この」


近づいてくる。鬼頭が拳を上げた。


——そして、俺の胸を軽く小突いた。


「……このバカ野郎が」

「え……」

「勝手に死んだと思わせやがって」


「すみません」

「ふざけんな」

「……」

「借りを返せねえかと思ったろうが」


「……借りって」

「飯を食わせてもらった。熾実を斬ってもらった。ここまで運ばれて命を拾った」


「……」

「返させろよ」


「……じゃあ、またなんか美味い飯おごってください」

「あ?」


「それが一番、嬉しいことです」

『そうじゃそうじゃ! おーごれ! おーごれ!』


「「「「「「おーごーれ! おーごーれ!」」」」」」


「!? て、てめーら! ちょーしのるんじゃねー!?」


「ははは」



=========================

FIN(大嘘)

ようやくここまで来ました!

すごく!難産でした!


もしよかったらレビューとか⭐︎いただけると作者が嬉しくてシフトで飛び上がります!

引き続きお楽しみください!

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