↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
36/94

第30飯 「いきなり天井から落ちてこんといて下さい」


二層へ降りる石段は、一層よりも急だった。


降りきった先に広がっていたのは、武家屋敷だった。


長い廊下。等間隔に並ぶ障子。磨かれていたはずの床板は、今は埃と湿気にくすんでいる。天井は高く、暗い。


「……なんか、しんとしてるな」


一層の廃村は、少なくとも外だった。どんよりしていたが空があった。だがここは違う。


屋敷の中であり、閉じている空間だ。


窓はなく、あるのは障子と、襖と、閉ざされた扉ばかり。廊下は奥へ奥へと続いていて、どこにも出口が見えない。歩いても歩いても同じ景色が続く気がする。


『下僕、どうした。進まぬのか』

「……進むよ。進むけどさ」


ヴィヴィは1層で歩くのに飽きて実体化を解いている。


障子の一枚にふと目が留まった。


薄い紙の向こう。部屋の中は見えない。だが。


何かがいる気がする。


障子の向こうに、じっと座ってこちらを見ている何かが。気配だけが確かにある。開けて確かめる気にはとてもなれなかった。


「……気のせいだ。気のせい」


自分に言い聞かせて廊下を進む。ぎし、と床が鳴った。俺の足音じゃない。いや、俺の足音だ。そう思いたい。


>なんか二層こわない?

>屍人が出てこないぶん逆に不安

>この静けさが無理

>短剣ニキ今すごい早歩きになってる


コメント欄も、同じ空気を感じているらしい。


廊下を曲がる。また障子。また襖。同じような景色がいくつも並ぶ。


俺は閉じた扉が嫌いだった。特に開けたらよくないとわかっている扉は、もっと嫌いだ。この奥に何があるのか考えたくもない。



 ◇



庭に面した渡り廊下に出た。


外の光がわずかに差している。少しだけ息がつけた。


その、ときだった。


ヒョー……ヒョー……。


奇妙な声が、聞こえた。


「……なんだ、今の」


高く、細く、尾を引くような声。鳥のようで、鳥ではない。どこから聞こえたのか、わからない。


「ヴィヴィ、今の聞こえたか」

『聞こえたぞ。上じゃ、上』


上?


見上げた、その瞬間。


天井裏から、ぬうっとそれが降ってきた。


猿の顔。狸の胴。虎の脚。そして、尾は蛇。継ぎ接ぎみたいな、あり得ない獣。俺の頭上へのしかかるように落ちてくる。


「――ロック!!」


とっさに固定した空間がそいつを弾いた。獣は空中で跳ね返り廊下の向こうへ着地する。


はあ、はあ、と息が上がる。


「鵺、か……」


常に気を張って、ロックを展開していたから避けられた。もし油断していたらまともに食らっていた。


「いきなり天井から落ちてこんといて下さい」


思わず敬語で懇願していた。


>敬語で草

>ジャンプスケアにキレる短剣ニキ

>鵺キモすぎる

>この継ぎ接ぎ感が無理


鵺は、ヒョーと鳴いて、また天井裏へ消えた。追う気にはなれなかった。



 ◇



長い廊下の突き当たり。


そこに、ぼんやりと光る祭壇があった。


台座の上に青白い勾玉。一層と同じだ。


「二つ目、ゲットだな」


手に取る。ひんやりとした感触。これであと一つ。


そのときだった。


ドタ、ドタ、ドタ……。


背後の廊下の曲がり角から、重い足音が近づいてきた。一つじゃない。いくつも。ガチャリ、ガチャリと、金属の擦れる音を伴ってる。


振り返る。


黒く鎧を着た落武者がこちらへ駆けてきていた。一体、二体……三体。錆びた鎧を身にまとい欠けた刀を振りかざしながら。本能的な恐怖を感じた。


「うわ、来た。来たって!」


「バースト!」


空間の衝撃が先頭の落武者を吹き飛ばした。壁に叩きつけられる。


だが。


落武者はむくりと起き上がった。


「……は?」


もう一度。バーストを叩き込む。吹き飛ぶ。また起き上がる。


「なんで立つんだよ!」


衝撃で吹き飛ばしてもこいつらは倒れなかった。なぜだ。


『こやつらは生き物ではない。だから物理的な衝撃はきかんのじゃろ』

「なんだと……」


物理的に破壊が無理なら——、斬るか。


「ディバイド」


魔剣ヴィヴィアンを振って空間の断裂で切り裂く。後続の落武者もろとも両断した。だが——上半身と下半身に分かれてもなお、動いていた。


「……きもいな」

『ほうっておけばよい』


同意だ。あの錆びた鎧に、うつろな兜の奥の暗闇に、近づきたくない。


ガチャリ、ガチャリ、ガチャリ。また落武者が駆けてくる音が聞こえてくる。


「うあ……、無理……無理無理!」


俺は回れ右した。


「ひ、ひぃ」


祭壇の脇に下へ続く階段があるのを視界の端が捉えていた。あそこだ。


落武者の群れに背を向けて全力で駆ける。ガチャガチャと、追ってくる音。振り向きたくない。振り向いたら負けだ。


階段へ飛び込む。転げ落ちるように下へ。


気づいたら三層に着いていた。


「……はあ、はあ。着いた……」


倒すより逃げるほうが早かった。


>ダンジョンで無双してた短剣ニキが全力で逃げてて草

>倒せるのに逃げるのウケる

>ヒィヒィ言い過ぎ

>これもう探索者じゃなくて被害者だろ

>短剣ニキのダンジョン配信、ホラー実況になってる



 ◇



三層は平安時代の京の街だった。


道が広い。石畳の通りがまっすぐ奥まで見渡せる。塀や町屋が軒を連ねていて頭上には暗いながらも空がある。


「……お」


閉じていない。空間が広い。それだけでこんなに落ち着くとは。


「なんか、ここは……マシだな」


通りを歩く。土蜘蛛が路地から顔を覗かせた。でかい蜘蛛の胴に、醜い顔。確かに気持ち悪い。だが。


「お前は、まあ……見た目モンスターだしな」


はっきり化け物なら問題ない。斬れる。ディバイドで糸を吐く前に両断した。


頭上を鴉天狗が飛んでいく。風の刃を放ってくるが見えている攻撃は怖くない。ショックで撃ち落とす。


「なんだ。この層、楽勝じゃん」


本来なら土蜘蛛の毒や鴉天狗の遠距離攻撃と、盾役も回復役もいないソロには厳しい層のはずだ。だが今の俺にはボーナスステージみたいなものだった。


やっぱり人型が一番怖い。妖怪でもはっきり化け物の姿をしてるやつは耐えられる。


『のう下僕。腹が減ったのじゃ。なんぞ食い物はないのか』


ヴィヴィが実体化して、俺の足元で駄々をこねてきた。


「こんな怖いとこで、リラックスして飯なんか食えるか。……ほら、これで我慢しとけ」


水筒に入れてきたココアを、キャップに注いで渡す。俺は水を一口飲むので精一杯だ。こんな状況で味なんてわからない。


ヴィヴィ、両手でキャップを持ってちびちびとココアをすする。


「ふぃ〜」

「変な声出すなよ」


「うまいのじゃ。下僕、おかわり」

「一杯だけだ」


こいつは本当にどこでもマイペースだが、そのおかげで少しだけ気が抜けた。


シフトで空へ浮かぶ。上から見下ろせば、祭壇なんてすぐに見つかる。通りの外れの祠に青白い光。


「三つ目、ゲット」


勾玉を回収する。下へ続く階段も、見通しがいいからすぐに見つかった。


「よし。これで勾玉は三つ揃った。あとは四層の山頂の祭壇だな」


次の層もこんな感じだといいな。そう呑気に考えていた。


――そんなわけがなかった。



 ◇



四層に降りた瞬間。


空気が変わった。


夜の山だった。


見上げても空はない。鬱蒼と茂った木々が、頭上を覆い尽くしている。月明かりも届かない。ただただ暗い。木の根に捉われ、足元さえおぼつかない。息が詰まりそうだった。


——俺は暗い山が嫌いだ。


静かな森。見通しのきかない闇。どこに何があるのかわからない。


——何かが目の端のほうで動いた気がした。


振り向く。何もいない。


——あそこの茂み。あの奥に何かいるんじゃないか。暗くて見えない。


見えないから余計に。


――そう。


あの時もそうだった。


暗い山は昔を思い出させる。


まだ俺が幼い頃。父と母を追いかけてはしゃいで走って。気づいたら二人の姿を見失っていた。なぜか山の中に迷い込んでいた。


暗くて。静かで。どこにも出口がなくて。


何かがいる気がして。


「……やめろ」


思い出すな。今は探索中だ。集中しろ。


だが足が震えていた。一歩、進むごとに背中を冷たいものが這い上がってくる。


『帰ったら飯にするぞ! 下僕よ! 今日はたっぷり食うのじゃ!』


ヴィヴィの暢気な声だけが、やけに遠く聞こえた。


「うう……早く帰りたい……暗いし、こわい……」


俺はこの暗闇の中にもっと恐ろしいものが潜んでいることを、この時は知らなかった。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。