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第26飯 フルーツ狩り(終)


 ◇栗花落吟(つゆりしのぶ)


聖さんの結界魔法が破られたときは、肝が冷えた。


あのフォースフィールドは、私たちの命綱だ。Bランクの聖さんが張る結界は、そう簡単に破られるものじゃない。


それが砕けて金猿の拳が目の前に迫った時、駄目だ。そう思った。


けれども私たちはより強力な何かに守られた。


見えない壁。狭間さんの魔法だ。金猿がどれだけ殴りつけても、びくともしない。聖さんの結界を破った一撃を平然と受け止めている。硬さの次元が違った。


ドラゴンパッションフルーツで力を得たあの金猿は、調査情報にもない新種の魔物。私の見立てでは、Aランク相当はある。Bランクの結界が破られたのがその証拠だ。


普通なら遭遇した時点で撤退を進言する相手。


その金猿でさえ。


狭間さんの力の前では手も足も出なかった。


槍が地面に突き立てられ風が渦を巻く。


「空間掌握(くうかんしょうあく) 無辺刃獄(むへんじんごく)」


次の瞬間、世界が刃に覆いつくされた。


絶え間ない斬撃の嵐が、何もかもを吹き飛ばしていく。金猿の悲鳴が風にかき消えた。逃げ場なんてどこにもない。


――この人の底が見えない。


Bランク探索者、狭間蓮。通称、短剣ニキ。


初めて会ったとき、狭間さんはまだDランクだった。それが今は飛び級でBランク。もう、私たちと同じ位置に立っている。


でも本当にそうだろうか。


同じランクの数字が同じ力を意味するとは、とても思えない。この人の圧倒的な力は、真宿ダンジョンの密林ステージをいとも簡単に消し炭にしてしまった。


斬撃の嵐が止んだとき、周囲には何も残っていなかった。


半径百メートル。生い茂っていた密林が丸ごと消えている。木も、蔦も、下草も、根こそぎ削り取られて、ただの更地だ。


中央にあったドラゴンパッションフルーツの木も、半ばから折れ、根本の部分がわずかに残っている程度。それ以外は何もなくなってしまった。


色違いメガガルーダの上位風魔法テンペストをも上回るであろう、絶大な暴風の力に誰も声を出せなかった。


ただ一人、狭間さんだけが渋い顔で頭を掻いていた。


「……悪い。やりすぎた」


そして私たちに向き直る。


「あと、ちょっと周囲をみてくる。ここで待っててくれ」


止める間もなかった。狭間さんの姿がふっと宙に浮く。そのまま削れた大地の向こうへ飛び去っていった。



 ◇狭間蓮



やりすぎた。


嵐が止んだ密林の跡地を眺めて、俺は素直にそう思った。


金猿の追撃はなく、気配も消えた。倒せたのは間違いないだろう。


問題はそれ以外の全部だ。


半径百メートル、綺麗さっぱり消し飛んだ。ドラゴンパッションフルーツの木も、根本を残して消滅。数億円が、俺の斬撃の嵐で細切れになって風に散った。


格好つけて範囲を広げすぎた。手加減を、完全に間違えた。


「下僕よ」


ヴィヴィがシャクリと果実を食べながら声をかけてきた。呆れた目で更地を見回している。


「なにもないではないか」

「……すまん。調子に乗った」


>森が消えた

>なにこれ更地

>ダンジョンごと消し飛ばすなよ

>数億円が塵になった音がした

>ヴィヴィアンちゃんのジト目すこ


視聴者にもしっかり見られていた。隠しようもない。


さて気を取り直そう。金猿は倒したが、だが肝心のものがまだだ。


ヴィヴィが察知した魔剣の気配。どこかにあるはずだ。しかしながら見渡しても、更地に光るものはない。斬撃で吹っ飛んだとすれば――


『あっちじゃ』


ヴィヴィが念話で方向を示した。実体化を解き俺の腰の鞘に戻っている。


『たぶんじゃが、あっちのほうへ飛んでいったのじゃ。魔剣の気配が、うっすら残っておる』


この先、魔剣を拾う瞬間を配信カメラに映されるとまずい。少し離れる必要がある。


「……悪い。やりすぎた」


正直いたたまれなすぎて、フルーツバスケットのメンバーに顔を向けることができない。


「あと、ちょっと周囲をみてくる。ここで待っててくれ」


急ぎ足でシフトをつかってヴィヴィの示す方角へ地面を滑るように進む。



 ◇



八十メートルほど進んだ地点の、削れた土の上にそれは転がっていた。金猿の死体だ。


金色――と言っていいのか。土に汚れ、黄土色になった毛皮が、雑巾のようにくしゃりと丸まっている。あれだけ暴れ回ったモンスターのあっけない末路だった。


『下僕、あれじゃ』


死体のすぐ傍ら。


土に半分埋もれて金色の何かが光っていた。


拾い上げる。


一対のガントレットだった。金色。手の甲に禍々しい意匠。指先はいかにも凶悪な、鋭い爪の形をしている。ずしりと重い。ただの装備じゃない。


触れた瞬間、頭に情報が流れ込んできた。魔剣特有のやつだ。


雷光の金籠手(ガントレット)ヤールングレイプル。


雷神が持っていたと言われる、金色の籠手。装備した者に、雷神の力を付与する。――雷鳴の瞬きは、何ものにも捉えられない。


「……雷神、ねえ」


雷鳴の瞬きに捉えられない。つまりスピードアップってことか。装備すれば素早さが跳ね上がる。


金猿があれだけ動き回れたのも雷の能力を、実を食べることで引き出したせいかもしれん。


いろいろと応用は効きそうだ。雷属性ってのも面白い。……細かい検証は今度でいいか、今は持ち帰ることが必要だ。


しかしなんで魔剣の情報がなかったダンジョンで魔剣がドロップしたのだろうか。しかもダンジョンボスでもない。


もしかしてダンジョンボスが条件じゃないのか。協会にこの情報は連絡しておいた方がいいかもしれない。


そこまで考えて、俺はふと気づいた。


……アンロック画面が出ない。


『どうした下僕。ぼーっとして』


「いや。……今回、アンロックが来ないなと思ってな」


ゲイボルグのときは拾った瞬間にアンロックの画面が出た。その結果、インベントリが広がったのだが、今回は何も起きていない。魔剣は間違いなく本物なのに。


『なにぃ!』


ヴィヴィが、鞘の中で跳ねる気配がした。


『二本目じゃぞ! 二本目! 今度こそワープであろう! ワープと言え!』


「言えって言われてもな。出ないもんは出ない」


『なぜじゃ! なぜ解放されぬ!』


「さあな。条件が、まだ揃ってないんだろ」


ゲイボルグのときも、ヴィヴィは「ワープか!」と騒いで、結局インベントリだった。今回に至ってはそれすらない。魔剣を集めれば必ず何か解放される、というわけでもないらしい。


条件というのが何なのかじっくり確認する必要がある。


『ぐぬぬ……せっかくの二本目が……』


「仕方がないだろ。武器は手に入ったんだ。籠手の力は本物だしな」


不満げなヴィヴィをなだめ、金猿の死体をインベントリに放り込む。素材になるかはわからない。毛皮は駄目そうだが、魔石くらいは残っているだろう。


籠手もしまう。フルバのみんなのところへ戻るか。



 ◇



「あったぞ、金猿」


待機していた五人のところへ戻り、インベントリから金猿の死体を出して見せた。


途端、五人がぎょっとする。


「これは……ほとんど、わかりませんね」


柿山さんが苦笑いした。土まみれの黄土色の毛玉。かろうじて猿の形をしているという程度だ。原形はほぼない。


「しかたがないのではないでしょうか。強敵でしたから」


ありがたい。桃瀬さんのフォローが身に染みる。


「そう言ってくれると助かる。……手加減ができなかった」


>死体まで雑巾で草

>これが金猿……?

>原形とどめてなくてよくわからん

>逆にどんな威力なんだよ

>圧倒的な威力にボスのみならずダンジョンを灰燼に帰す男


配信も盛り上がっている。まあ笑い話で済むならそれでいい。


と、そこで。


「おい下僕!」


鞘の中からヴィヴィの声が飛んだ。実体化して俺の肩のあたりで地団駄を踏む。


「ドラゴンパッションフルーツが、なくなってしまったではないか! わしはあれを食う気満々だったのじゃぞ!」

「あ」


そうだった。すっかり忘れていた。数億円がどうこう以前に、こいつは食う気だったんだ。


「……ほんとだ。全部、消し飛ばしたな」


>そこ!?

>数億円より食い気

>ヴィヴィアンちゃんの優先順位

>まあ気持ちはわかる、うまそうだったし


「探すか。……一個くらい、残ってないか」


言い出したのは俺だが、正直望み薄だった。あれだけの嵐だ。無事な実が残っているとは思えない。


だが五人も、散らばって探し始めてくれた。削れた土をかき分け折れた枝の陰を覗き込む。


しばらくして。


「……ありました」


栗花落さんだった。折れた根本のぽっかり空いた洞の奥。そこに手を突っ込んで小さな赤黒い実を一つ取り上げた。


嵐の直撃を根本の陰がぎりぎり防いだらしい。他のより一回り小さいスイカ大くらいで間違いない。ドラゴンパッションフルーツだ。


「へへ。こういうの、得意なんです」


栗花落さんが少し得意げに笑った。すばらしい、盗賊職の面目躍如だ。


「お手柄だ。栗花落さん、助かった」


>さすが盗賊職

>1個は残ったか

>数億円が1個だけ生き残った

>奇跡の一個

>けど小さいな

>小さくてもそれなりにはなるだろ


たった一個。あれだけあったのがこれだけになった。正直悲しみしかない。


しかし贅沢は言うまい。ゼロよりははるかにいい。この一個で何ができるかは後で考えよう。


「よし。じゃあ、そろそろ引き上げるか」


フルーツはたっぷり採れた。金猿も倒した。魔剣も手に入った。予定にはなかったが収穫の多い一日だった。


「帰りましょうか。……事務所に戻ったら、配信の準備をしましょう」


デザート配信がまだ残っていた。とても濃いダンジョン攻略だったがこれは前哨戦。ここからがフルバとのコラボの本番だ。


「おう! フルーツじゃ、フルーツ! ドラゴンパッションフルーツが楽しみなのじゃ!」


ちょっとまて、ヴィヴィ。もしかしてそれ食べる気なのか。



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累計字数が13.5万字を突破しました!!

やったー!皆さんいつも応援してくださりありがとうございます。

いつも感想楽しく読んでおります。ありがとうございます!


今後も蓮とヴィヴィ達を面白く描けるように努力していきたいと思います。


もし「続きが気になる」「ちょっとだけど面白い」などありましたら、ご感想等頂けますと励みになります。

引き続き宜しくお願いします。


 

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