↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/94

第2飯「これが五百年ぶりの肉ぅ!」


無限の魔力を手に入れた。だが状況は相変わらず最悪だった。


俺がいるのは地図にもない深部。装備もない。記憶も曖昧で、どうやってここまで来たのかも覚えていない。


来た道を延々と戻るしかないが、途中でモンスターの群れに出くわせばそれで終わりだ。


俺は自分が通ってきた通路の先を見た。分厚い岩の壁。その間に僅かな隙間が見える。正直もう一度あそこに戻れと言われても戻りたくない。さてどうするか。


『なにをぼさっとしておる。壁が邪魔なら、斬ればよかろう』


腰の魔剣が、こともなげに言った。


「壁を……斬る? 斬れるのか?」

『お前さんの力ならできるじゃろ。律儀に道を通る必要がどこにある。あれは道じゃないわい。ただの隙間じゃ。よくまぁあんな所を通ったものじゃ』

「まぁどうやってここまで来たかなんて覚えていないしな」

『つーか、まっすぐ帰ったほうが早いに決まっておる。飯が待っておるのじゃぞ、はようせい』


……その発想はなかった。


ダンジョンってのは決められた道を通るものだ。壁は越えられないもの。そういう常識でみんな探索している。


でもこいつの言う通りだ。俺の力は「空間操作」。空間をまるごと切り取れる。


なら――壁なんて、関係ない。


俺は両手を前に出し、目の前の岩壁に集中した。空間に線を引くように、意識で区(・)切(・)る(・)。区切った塊を押し出す。


ずずっ、と鈍い音がして、岩の壁に人ひとり分の隙間が、ぽっかりと開いた。


向こう側は別の通路だった。


「……マジかよ」

『マジじゃ。ほれ、進め進め。次の壁も斬れ。地上まで一直線じゃ』


笑ってしまった。こんな状況なのに。さっきまで死にかけていた俺がダンジョンの壁をぶち抜くだと? 真面目に探索してる連中への冒涜だ。笑えるにも程がある。


途中で何度かモンスターの群れに出くわした。ゴブリン。ビッグスパイダー。こいつらは群れで迫ってくる。普通の探索者は手を焼くだろう。


だがもう怖くなかった。俺は両手を強く叩く。


空間を「揺らす」。振動が、魔物どもの頭を頭蓋もろとも超速で揺さぶり――弾けた。


……えっぐ。ちょっと力を入れすぎた。もうちょい手加減しよう。


「優しく」手を叩くと、相手の膝がぐらりと折れて次々に崩れ落ちる。


俺は倒れた奴らの脇を素通りした。斬ることもできたが、グロいのは嫌だ。血が吹き出して色々と見えてしまう。斬るのはやめておこう。


『ん? 下僕よ、なぜそんな雑魚どもの亡骸を拾うのじゃ。貧乏くさいことはやめい』

「必要なんだよ。少しでも金になるのは拾っとくもんだ」


拾えるものは拾った。三畳ぶんのインベントリに入るだけ。元パーティの荷物はとっくに捨てた。これは荷物持ち時代とは違う。今はすべて俺の稼ぎになる。


壁を斬り、モンスターを揺らし、また壁を斬る。


ヴィヴィ――いつのまにか俺はこの魔剣をそう呼び始めていた――が、右じゃ左じゃとうるさく指図してくる。


お前、出口分かってんのかと聞くと、飯がわしを呼んでおる、と答えた。意味は全く分からんが、腹ペコ魔剣は道案内としては正確だった。


どれくらい歩いたか。斬り開いた壁の向こうに見覚えのある通路が広がった。


上層へ続く正規のルート。人の手が入った整備された道だった。


地図のない底から、自分の足で帰ってこられた。口から、ホッとした息が漏れる。


『やればできるではないか、下僕』

「……ああ」

『さぁ出たら飯じゃ!』

「剣のままでどうやって食べるんだ?」

『こうするんじゃ!』


ボンッ。


魔剣が光を放ち――気がつくと、目の前に少女がいた。


金髪。赤い目。黒いフリルのついたワンピースに、黒のミュール。背丈は百三十くらい。口元から八重歯をきらめかせ、ニヒヒと笑いながら俺を見ている。


「驚いたじゃろう? 見惚れたじゃろう? これで飯を食えるのじゃ! 五百年ぶりじゃあ!」


ヒャッホウ! 両手を挙げて喜ぶ声は、まさにヴィヴィのものだった。


「ヴィヴィ、お前そんなこともできるのか……」

「ククク、下僕よ。魔王剣を舐めるでない。実体化なんぞ朝飯前じゃ! そんじょそこらの魔剣とはものが違うのじゃ!」


ちなみに魔剣はまだ俺の腰にある。実体化の代償に丸腰だったら目も当てられない。


「その状態でも魔剣は使えるみたいだな」

「あったり前じゃ! 」

「そうか……」


開いた口が塞がらない。飯とか、冗談だと思ってた。むしろ『魔物の血がやめられんのじゃあ』とか言い出すのかと思ってた。魔剣だし。


ツッコミどころがありすぎて、逆に疲れた。高座たちに置いていかれたのも、遠い昔のようだ。



 ◇



それからダンジョンは、簡単に出られた。なぜか道中ぜんぜん人がおらず、それも妙だったが、今はどうでもいい。


ヘトヘトですぐ帰りたかったが、ヴィヴィに駄々をこねられた。


「メシー! メシー!」


蝉のように泣き続ける少女を連れて家には帰れなかった。結局近くの牛丼末野屋に連れていった。


深夜の店内は俺たち以外に客はいない。券売機の前でヴィヴィは背伸びしてボタンを睨みつけ、「肉が一番多いやつじゃ! これじゃ!」と特盛を連打した。


やがて運ばれてきた丼を見てヴィヴィが息を呑んだ。


たっぷりの飯の上に甘辛いタレを吸った牛肉が幾重にも折り重なっている。湯気がふわりと立ちのぼり、醤油と玉ねぎの甘い匂いが鼻先をくすぐった。


肉の照りが店の灯りを受けててらてらと光っている。


「……ほう」


ヴィヴィが箸を掴んだ。慣れない手つきで肉を一枚つまみ上げ、とろりと垂れるタレごと口の中へ放り込む。


もぐ、と一度噛んだ瞬間、その赤い目がまん丸に見開かれた。


「――っ、うまいっ! なんじゃこれ、うまいのじゃ下僕っ!」


肉を頬張ったまま、ヴィヴィが叫んだ。噛むたびに甘辛いタレと肉汁が溢れるのだろう。八重歯が忙しなく上下して、飯をかき込み、また肉を掘り起こす。


「肉! 肉じゃ! これが五百年ぶりの肉ぅ!」

「そんな急いで食うと喉に詰まらせるぞ」


「詰まらせてなどおらん! ……んぐ、っ、はふ」

「詰まってんじゃねえか」


慌てて出した水をヴィヴィは一気に飲み干した。ぷはっと息をついて、また丼に戻る。飯粒を口の端につけたまま、幸せそうに頬を緩めていた。


「う、うめぇぇぇ、うめぇぇぇのじゃーーー、ぐすっ」

「お、おい、泣くなよ、キャラ壊れてるぞ」


はは、泣くほど嬉しかったのか。俺も自分の分、汁だくの定食セットに箸をつけた。


タレの染みた飯を、肉と一緒にかき込む。甘さと、ほんの少しの醤油の塩気。柔らかい肉が、噛むほどに出汁を吐き出す。腹の底に、じんわりと熱が落ちていく。


……うまい。


死にかけて地図もない底を這って、壁をぶち抜いて帰ってきた。その果てに食う三百円ちょっとの牛丼が、こんなにうまいなんて。


追加した特盛も汁だくの定食も気づけば俺の腹に消えていた。しかしヴィヴィの食いっぷりは、俺の比じゃなかった。


「おかわりじゃ! 次は生卵とやらを乗せるのじゃ!」

「おいおい、まだ食べるのか、大丈夫か?」


「なんじゃあ下僕、全然食べとらんの? お前ももっと食え。お前が食えば、わしも食うたも同然じゃからな」

「他人の口で無限に食う気か」


不思議と悪い気はしなかった。そういえば、いつだろうか。最後に誰かと一緒に飯を食べたのは。


家族はすでに他界していた。ダンジョンスタンピードにより両親を亡くしてからは、飯はずっと一人で食べていた。


無邪気に肉とご飯にありつくヴィヴィを見て、懐かしい気持ちになった。


電車も止まっていて、帰りは徒歩。安アパートに帰り着いたのは、もう夜の二時過ぎだった。


鍵を開けて、靴も脱ぎ散らかして、俺はベッドに倒れ込んだ。全身が鉛みたいに重い。頭の芯が痺れている。


それでも、生きて帰ってきた。今日はそれで十分だ。


『おい下僕、明日はステー』

「明日。頼むから、明日にしてくれ……」


ヴィヴィは飯を食ってすぐ姿を消し、魔剣に戻ったようだ。剣の声を最後まで聞かず、俺は泥のように眠りに落ちた。


だからこのときの俺は、まだ知らなかった。


次の日の朝、目を覚ました俺がテレビをつけて――とんでもない事態になっていたことを。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。