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異世界転生とかきちーw

初めまして!今回から投稿をさせていただきます!


本格的な活動はハーメルンにてしております!こちらではお試し投稿させて頂きます!


思い付きで書いていますので、文章が拙いです!


それでも良ければ是非お楽しみください!


※この物語に登場する用語、人物、団体、および特定の配信者等は現実と一切の関係はありません。万が一似たものがあったとしても、作者は一切認知しておりません。フィクションとしてお楽しみください。


涼邑慧(スズムラケイ)、22歳。



 俺の人生を客観的に評価するなら、間違いなく「底辺」に分類されるだろう。



 通っているのは名前を書けば入れるようなFラン大学。当然、友達と呼べるような人間は一人もいない。常に一人だ。



 勉強は単位を落とさない程度の「そこそこ」。運動神経に至っては皆無で、体育の授業は常に地獄だった。



 そんな空っぽで無価値な俺の日常に、たった一つだけ『光』があった。



 神藤純一(シンドウジュンイチ)の配信だ。



 俺は彼の熱狂的なファン──いわゆる『衛兵(えいへい)』だった。



 彼の配信を見ている時だけが、俺が生きていると実感できる唯一の時間だった。彼の圧倒的な熱量、嘘のない言葉、そして奇跡のような笑い。それらすべてが俺の血肉となっていた。



 その影響か、いつしか俺は純以外のすべてを冷笑するようになっていた。



 大学でウェイウェイ騒いでいる連中を見れば「あぁ、そういうノリ…w」と心の中で見下し、SNSで意識の高い発言をしている奴を見れば「きちーw」と鼻で笑う。



 特に、純の知名度を利用してすり寄ってくる他の配信者は虫唾が走るほど嫌いだった。



「純以外は全部フェイク。現実なんてクソゲーだろ」



 それが俺の基本スタンスだった。
















 そんなある日の朝。



 俺は今日も今日とて、憂鬱な気分で大学への通学路を歩いていた。



 灰色の空。すれ違う無個性な学生たち。あぁ、今日もまた無駄な一日が始まる。









 ブブッ




 ポケットの中でスマートフォンが震えた。気怠げに画面を取り出し、通知を見る。



『神藤純一がライブ配信を開始しました』



「──でゅん!?」



 その瞬間、俺の灰色の世界に極彩色の光が差し込んだ。



 朝からゲリラ配信!? マジかよ、最高すぎるだろ! 



 俺は歓喜に震える指で即座にアプリを開き、イヤホンもつけずに動画を再生した。歩きスマホなんてマナー違反? 知るかよ、純の配信に1秒でも早く合流することの方が億劫な現実より100倍重要だ。



 画面の中では、見慣れた男がいつものように大声で笑っていた。



 俺は画面に釘付けになり、ニヤニヤとだらしない笑みを浮かべながら歩き続けた。




















 ──だからこそ、気付かなかったのだ。





 目の前の道路が工事中で、マンホールの蓋がぽっかりと開いたままになっていることに。



 運悪く、周囲には交通整理の警備員も、注意してくれる通行人もいなかった。



「あ」



 足が、何もない空間を踏み抜いた。



 次の瞬間、俺の体は真っ逆さまに暗闇へと落ちていった。



 風を切る音だけが耳元を通り過ぎていく。



 その穴はひどく深く、落下している滞空時間が無限のように感じられた。






 ドシャァァァンッ!!






 やがて、全身を打ち据える嫌な音が響いた。



 激痛すら通り越して、感覚がない。恐らく骨折どころではない。内臓もめちゃくちゃにやられただろう。口から生暖かい液体が溢れ出すのがわかった。



「うっ……あぅ……」



 急速に意識が朦朧としてくる。視界が黒く塗りつぶされていく。


















 あぁ、俺、死ぬのか。こんなあっけなく。









 だが、そんな薄れゆく意識の中で、すぐそばに落ちたスマートフォンからノイズ交じりに『彼』の声が聞こえてきた。



『──お前らさぁ! 本当にバカじゃねえの!? ギャハハ!』













 あぁ……。

 なんだ、最高じゃん。





 最期の瞬間に聞こえたのが、大好きな純の笑い声だったことに俺は深い安心感を覚えた。



 そして、ケイの意識は完全に途絶えた。























 目を覚ますと、そこは一面の真っ白な空間だった。天井も、壁も、床もない。ただ果てしなく白い世界。



「……は?」



 体を起こし、自分の両手を見つめる。痛みはない。血も出ていない。さっき自分は歩きスマホをしていて、工事中のマンホールに落ちて、それで……。



(俺、どうなったんだ……? 病院? いや、こんな白い病室あるわけないし)



 思考を巡らせていると、不意に前方から声が響いた。



「目覚めましたか、哀れな魂よ」



 驚いて視線を上げると、そこには一人の女性が豪奢な椅子に腰掛けていた。



 透き通るような金糸の髪に、神秘的な光を宿した青い瞳。圧倒的な美貌だが、その背中には純白の翼が生えており、明らかに『人間ではない何か』だった。



 ケイは目を丸くして驚愕した。



 そんなケイの反応を「神の威光に恐れおののいている」と好意的に解釈したのか、女性は慈愛に満ちた微笑みを浮かべて言葉を続ける。



「驚くのも無理はありません。私はこの世界を管理する神の一柱。天性の役割として、迷える魂を導く使命を担っています」



「……神?」



「ええ。不幸にも若くして命を落としたあなたに、私は『次の命』を与えようと思うのです。剣と魔法が息づく、美しきファンタジーの世界への転生を」



 神を名乗る女性は立ち上がり、両手を広げて語り始めた。



 魔王の脅威、選ばれし勇者の素質、与えられる特別なスキル——。



 アニメやラノベで親の顔より見た、いわゆる『テンプレの異世界転生』の説明だった。



「──さあ、選ばれし魂よ! 新たな世界であなたは希望の光と……」



「はぁ………」



 女神の壮大な演説を遮るように、ケイは深々と心底つまらなそうにため息をついた。



「……え?」



「いや、転生だろうが何だろうがさ。そこに『純』がいないなら、そんな生活クソつまんねーだろ」



 ケイは気怠げな態度で言い放った。



 剣と魔法? 魔王討伐? そんなもの、神藤純一の配信に比べたら何の価値もない。純のいない世界でスローライフを送ったところで暇すぎて死ぬだけだ。



「じゅ、じゅん……?」



 女神は困惑したように首を傾げた。全知全能のはずの彼女のデータベースに、その単語は存在しなかったらしい。



「じゅんとは……誰のことですか? 別の神柱の名前……?」










 その瞬間だった。





 ケイの死んだ魚のような目に、カッ! と異常な光が宿った。



「──オメーじゅん知らねえってマジかよ?!」



「ひっ!?」



 先ほどまでの気怠げな態度はどこへやら。ケイは椅子に座る女神に身を乗り出し、目を見開いて捲し立て始めた。



「お前神なのに純のこと知らねぇの!? マジで!? いやいやいやwあの神藤純一だよw インターネット・ヒーロー! 配信界の王! あんたが管理してる世界に同接何人いるか知らないけどさ、純は雑談だけで数万人集めるからね!? わかる!? この凄さ! 俺たち『衛兵』にとって純の配信は酸素と同じなわけ! それを『誰ですか?』とか、お前頭大丈夫か?」



「えっ、あ、ええっ!?」



「だいたいよぉ! 剣と魔法の世界とか言われても、純のゲーム実況のほうが100倍ドラマチックなんだわ! 奇跡の逆転劇とか普通に起こすからねあの人! それを俺から奪っておいて『希望の光』とか、主語がデカすぎてクカなんよw」



 息継ぎすら忘れたような厄介オタク特有の超早口。神聖な空間に響き渡る、限界衛兵の熱烈な布教(という名のクレーム)。



「な、なんなのですかあなた……っ!? さっきまでの静かな態度は……!?」



 ドン引きして椅子からずり落ちそうになる女神をよそに、ケイの早口は止まらない。



「──だいたい 純の何がすごいって、あの圧倒的なカリスマ性なわけ! どんなクソゲーでも純がやれば神ゲーになるし、逆に言えば純がいない世界なんて全部クソゲーなんだよ! わかってんの!?」



「ま、待ちなさい! ストップ! ストップです!」



 あまりの剣幕と理解不能な単語の連続に耐えきれず、女神は両手を出してケイの言葉を遮った。



 ぜえぜえと肩で息をするケイに対し、女神はこめかみを押さえながら深くため息をつく。



「……その『じゅん』という者への異常なまでの崇拝度は痛いほど伝わりました。ですが、今はあなたの転生先や与える能力スキルを決める神聖な時間なのです。どうか本題に戻って……」



「あ、そう。じゃあそんな能力とかいらないからもう一回現代に蘇らせてよ」



「はい?」



「だから、元の世界に戻してって言ってんの。今日の夜も純の配信あるかもしれないし、こんなとこで油売ってる暇ないんだわ」



 ケイは当然の権利のように要求した。



 異世界でチート能力をもらって無双する? ハーレムを作る? そんなもの、純の配信をリアルタイムで追えない苦痛に比べたら何の価値もない。



 しかし、女神は冷酷に首を横に振った。



「それはできません」



「は? なんで?」



「宇宙のことわりです。一度命を落とし、肉体を失った魂が元の世界に二度と降り立つことは許されていません。あなたが行けるのは私が管理する新たな世界だけです」



 即答だった。



 その言葉を聞いた瞬間——ケイの顔から、スッと表情が抜け落ちた。



「……あっそ」



 ケイはそれだけ言うと、真っ白な床にゴロンと仰向けに寝転がった。



 そして、腕を枕にして目を閉じる。完全に「興味を失った」という態度だった。



「えっ……? あ、あの……?」



「……」



「ちょっと起きてください! なぜ寝転がるのですか! これからあなたの輝かしい第二の人生が……!」



「純がいない世界で生きる意味ないんで。俺、ここでずっと寝てるわ。おやすみ」



「なっ……!?」



 女神は絶句した。



 これまで数え切れないほどの魂を異世界へ導いてきたが、こんな反応をする人間は初めてだった。



 普通、現代の若者なら「異世界転生」と聞けば目を輝かせ、どんなチート能力がもらえるのかと興奮するはずではないのか。



「お、お待ちください! 転生ですよ!? 現代人なら誰もが憧れるファンタジー世界ですよ!? ほら、特別な特典もあげますから! 炎を無限に操る力とか、全てを見通す邪眼とか……!」



 女神は焦りを見せ始め、椅子から立ち上がってケイのそばにしゃがみ込んだ。なんとか彼をその気にさせようと必死にカタログのような能力を並べ立てる。



「それに向こうの世界にはエルフや獣人のような美しい女性もたくさんいます! あなたの活躍次第では英雄として讃えられ、富も名声も思いのままに……!」



 必死に説得を続ける女神。



 その顔は確かに神と呼ぶにふさわしい絶世の美貌だった。透き通るような肌、潤んだ青い瞳。至近距離で見つめられればどんな男でも顔を赤らめるだろう。



 しかし、ケイは薄く目を開けると、その美しい顔をジッと見つめ——。



「顔は良いけど、このしつこい性格はきちーw」



 鼻で笑いながら、心底ウザそうに言い放った。



「き、きち……っ!?」



 女神の顔が羞恥と屈辱で真っ赤に染まった。ピキッ、と彼女の美しいこめかみに青筋が浮かぶのが見えた。



「……っ、ああああもうっ! わかりました! もういいです!!」



 女神はついに神としての威厳をかなぐり捨て、地団駄を踏んで叫んだ。



「あなたがその気なら勝手に転生先も能力も決めてやりますからね! あとから泣いてすがっても知りませんから! 文句言わないでくださいね!!」



 そう吐き捨てると、女神は空中に半透明のホログラムのような『カタログ』を出現させた。



 そして親の仇でも取るかのような勢いで、画面をパパパパッ! と乱暴にスワイプし、適当な項目をバンバンとタップしていく。



(うおw めっちゃキレてるじゃんw ヒステリック女ってマジできちーw)



 ケイは寝転がったまま、その様子を完全に他人事として眺めていた。



 やがて設定が終わったのか、女神は空中の画面をスッと消した。



 そして、乱れた金糸の髪を整え衣服のシワを伸ばすと──。



「……こほん」



 わざとらしく咳払いをした。



 次の瞬間、彼女の顔からは先ほどの怒りが嘘のように消え去り、最初に出会った時と同じ『厳格で慈愛に満ちた神』の表情に戻っていた。



「──それでは、迷える魂よ。これから『アステリア』の世界に行ってもらう。そこで新たな使命と共に次の人生を歩むがよい」



 エコーがかったような神々しい声が、白い空間に響き渡る。



「は? 何勝手に決めてんだよ。俺はここで寝るって言ってんじゃん」



「…………」



 ケイが文句を言いながら寝返りを打とうとしたその時だった。



「歩むがよい、と言っているのです♪」



 女神は顔には慈愛に満ちた美しい笑顔を貼り付けたまま——その華奢な足で、寝転がるケイの脇腹を思い切り蹴り飛ばした。



「ぐふっ!?」



 神の力による容赦ない一撃。ケイの体がボールのように白い床を転がっていく。



「ちょっ、おま、暴力反対──」



 ケイが抗議しようとした瞬間、彼の体の下にあった白い床が唐突に消失した。



 代わりに現れたのは、底のまったく見えない真っ暗な大穴。



「えっ」





 ズボォォォォォンッ!!





「いってらっしゃいませ、クソ生意気なオタク。二度と私の前に顔を見せないでくださいね」



 笑顔で手を振る女神の姿が急速に遠ざかっていく。



 ケイの体は抗う間もなく真っ暗な穴の底へと強制的に吸い込まれていった。






















 真っ暗な穴に吸い込まれた後、どれくらいの時間が経ったのだろうか。



 ふと、意識が浮上する。



 ゆっくりと目を開けると、視界いっぱいに素朴な木の天井が広がっていた。



(……ん? どこだここ)



 マンホールに落ちた時のような激痛はない。



 とりあえず状況を確認しようと体を起こそうとした——その時だった。



(……は?)



 動かない。いや、正確には「動かそうとした通りに体が動かない」のだ。



 首を持ち上げようとしてもグラグラと安定せず、腕を伸ばそうとしても視界の端に映るのは信じられないほど短くてぷにぷにとした小さな手。



(嘘だろ……?)



 ケイは絶句した。あのヒステリック女は「次の人生を歩むがよい」と言っていた。



 てっきり今の記憶と人格を持ったまま、適当な村人Aか何かの体でポンと放り出されるものだとばかり思っていたのに。



(赤ん坊からやり直しってことかよ……! コスパ悪すぎだろ!)



 チュートリアルから強制的にプレイさせられるクソゲーを引かされた気分だった。



 ケイが短い手足をバタバタとさせて無言でキレていると、ギィ、と木製のドアが開く音がした。



「あら、起きたみたいね!」



「おお! 元気に動いてるな!」



 部屋に入ってきたのは、二人の男女だった。



 母親らしき女性は、透き通るような金髪のロングヘアー。前世の大学にいたら間違いなく男たちが群がってナンパの列ができるほどの圧倒的な美貌だ。



 父親らしき男性は、天井に頭が届きそうなほど身長が高く、丸太のように逞しい腕と胸板をしている。



 二人はベビーベッド(のような木箱)を覗き込み、バタバタと暴れるケイを見て心底愛おしそうな微笑ましいものを見る目を向けた。



「ふふっ、元気な子。ほら、お母さんよー」



「将来は俺のような立派な戦士になるかもしれんな。よしよし」



(うわ、きちーw)



 ケイは心の中で盛大に毒づいた。



 見ず知らずの他人に「お母さんよー」とデレデレされるこの状況、共感性羞恥で鳥肌が立ちそうだった。



 だいたい、戦士ってなんだ。誰がそんな泥臭い職業やるか。俺は一生実家でニートしながら脳内で純の配信を反芻して生きていくと決めているんだ。



 ケイはこの勘違い両親に「俺はお前らの期待通りには育たないからな」と、冷笑的なスタンスを叩きつけてやろうと口を開いた。



(おい、あんたら。俺に過度な期待すんなよ。俺は——)



「——うゅ……あぅ……」



(……は?)



「あらあら、おしゃべりしてるの? 可愛い〜!」



「はっはっは! 天才かもしれんな!」



(違う! 俺は今「俺に期待すんな」って……!)



「うゆゆ! あぅー!」



 何度言葉を発しようとしても、未発達な声帯と口の筋肉からは間抜けな赤ちゃん言葉しか出てこない。



 しかも、よりによって発せられるのは「うゆ」という、なんとも気の抜けた音ばかり。



(最悪だ……。こんなの完全にただの赤ん坊じゃねーか……!)



「うゆ〜?」と首を傾げる形になってしまったケイを見て、両親はさらにメロメロになって頬を擦り寄せてくる。



(あぁ、そういうノリ……w もういいわ、勝手にしてくれ……w)



 抵抗を諦めたケイは、死んだ魚のような目で虚空を見つめながら、早くこのクソみたいなチュートリアル期間(乳幼児期)が終わることを祈るしかなかった。





















 あれから数年が経ち、俺は5歳になった。



 未発達だった体もある程度自由に動かせるようになり、言葉を喋っても不自然ではない年齢だ。



 この世界での俺の名前は『ケイン』。



 だが、両親からは愛称で「ケイ」と呼ばれている。前世と同じ呼び名なのは、あのヒステリック女のせめてもの温情(あるいは適当な設定)だろうか。



「ケイ〜! お母さんの可愛い天使! 今日もご飯いっぱい食べようね〜!」



「はっはっは! ケイ、父さんと剣の稽古をするか! お前なら絶対に最強の騎士になれるぞ!」



「……うゆ」



 相変わらず両親からの溺愛っぷりは異常だった。



 金髪美女の母は隙あらば抱きついてくるし、巨漢の父は事あるごとに木剣を握らせようとしてくる。



 5歳児に向かって最強の騎士とか、親バカにも程がある。期待値のハードルが高すぎてきちーw。



 俺は適当に「うゆ」と相槌を打ちながら、彼らの暑苦しい愛情を右から左へ受け流す術を身につけていた。



 この数年で、俺はこの世界についての情報をいくつか仕入れた。



 まず、ここは魔法やモンスターが当たり前に存在する、いわゆる『王道ファンタジー』の世界らしい。



 たまに窓の外を火の玉が飛んでいったり、空を巨大な鳥が横切ったりするのを見た時は「うお!?」と少しだけテンションが上がったが、3日もすれば「うおw」となり飽きた。



 結局のところ、魔法だろうがモンスターだろうが純の配信の面白さには遠く及ばないからだ。



 次に、俺の家庭環境について。



 父はこの国の兵士として働いているらしい。そのおかげか我が家はそこそこ裕福だった。



 周りの家と比べても明らかに食卓に並ぶ肉の量が多く、俺の服もちゃんとした生地で作られている。



「まあ、ニート生活を送る上では悪くない環境だな」と、俺は密かに評価していた。



 そして、俺が今住んでいるこの場所。



 ここは『王都レガリア』と呼ばれる巨大な市街地の外れにある、『トトリカ』という小さな村だ。



 人口はわずか82人。村人全員が顔見知りという限界集落一歩手前のような規模だが、王都が近いために行商人が頻繁に通りかかりそこそこ繁栄しているらしい。



「ケイ、今日は父さんお休みだから王都の市場までお出かけしようか!」



「お母さんも行くわ! ケイに新しいお洋服を買ってあげなくちゃ!」



 はしゃぐ両親を尻目に、俺は部屋の隅でゴロンと寝転がった。



(お出かけとかコスパ悪……。俺は家で脳内アーカイブ(純の過去配信)を再生してたいんだけど)



 5歳にして完全に仕上がったニート精神。



 魔法の世界に転生しようが、裕福な家庭に生まれようが、俺の根幹は『限界衛兵』のままだった。



「ほらケイ、行くぞ!」



「あー……はいはい」



 父の太い腕にヒョイッと抱き上げられ、俺は渋々トトリカ村の外へと連れ出されるのだった。




















 場面は移り変わり、王都レガリア。



「うお……」



 巨大な城門をくぐった先には、トトリカ村とは比べ物にならないほどの光景が広がっていた。



 石畳のメインストリートには見渡す限りの人が溢れ、活気ある声が飛び交っている。レンガ造りや木造の立派な建物が所狭しと立ち並び、空には時折ペガサスのような生物を駆る騎士の姿が見えた。



(……まあ、ちょっとだけワクワクするのは内緒だ)



 これぞファンタジー、という圧倒的な世界観。



 前世で引きこもりがちだった俺でも、さすがにこの光景には少しだけテンションが上がる。



 だが、同時に強烈な虚無感も襲ってきた。



(ここに純がいればなぁ……。純がこの街を配信しながら歩いてくれたら間違いなく神枠だったのに……)



 結局、行き着く先はそこだった。



 どんなに素晴らしい景色も、純というフィルターを通さなければ俺にとってはただの「解像度の高い背景」でしかない。



「ほらケイ、はぐれないようにしっかり掴まってるんだぞ!」



「あー、父さん。流石にここからは自分で歩くよ」



 俺は父の太い腕をポンポンと叩き、地面に下ろしてもらった。



 いや、確かに抱っこされていれば自分で歩かなくて済むからコスパは最高なんだけど、これだけ人目が多いと普通に恥ずかしい。



 5歳児というガワを被っているとはいえ、中身は前世22歳の成人男性なのだ。屈強な男に抱き抱えられて街を練り歩くとか、精神的にきちーw。



「あら、ケイったらもうお兄ちゃんぶって。可愛いわねぇ」



「はっはっは! よし、まずは服屋から回るぞ!」



 両親に両手を引かれ、俺たちは大通りに面した大きな服屋へと足を踏み入れた。



 店内には現代の日本とはまったく違うデザインの服が大量に並んでいた。王都に店を構えているだけあって、どれも生地がしっかりしており品質が高そうだ。



 貴族が着るようなフリルのついたシャツから、冒険者が着るような機能的な革のジャケットまで品揃えは幅広い。



「ねえあなた、この青いシャツなんてケイに似合うんじゃないかしら?」



「おお! こっちの小さな騎士服みたいなのもカッコいいぞ! ケイ、ちょっと合わせてみろ!」



 両親のテンションは最高潮だった。



 あれでもない、これでもないと次から次へと俺の体に服を当ててくる。



(……ついてねぇ)



 俺は死んだ魚のような目で虚空を見つめていた。



 そもそも、俺はオシャレなど毛ほども興味がない。前世でも「服なんて寒さを凌げて、純のイベントに着ていける最低限の清潔感があればいい」というスタンスだった。



 こんな異世界で着飾ったところで誰に見せるというのか。



「ケイ、次はこれ着てみて!」



「うゆ……」



 俺が適当な相槌で抵抗の意思を示しても両親の暴走は止まらない。



 結局、俺はそこから約1時間もの間両親の着せ替え人形として地獄のような時間を過ごすハメになった。



「ふふっ、どれも似合ってたわね! 結局5着も買っちゃった」



「ああ、ケイが立派な男になるための先行投資だ!」



 ホクホク顔で大きな紙袋を下げる両親の後ろを歩きながら、俺は心の中で固く誓った。



(……あんなフリフリの服、絶対に着ないからな)



 無駄な疲労感にため息をつきながら俺たちは次の目的地へと向かう。



 服屋での地獄の着せ替えタイムを終え、次に連行されたのはむせ返るような熱気と鉄の匂いが漂う場所だった。





カンッ! カンッ! カンッ!





 リズミカルで重厚な金属音が響き渡る。そこは王都でも評判の鍛冶屋だった。



 店の奥では筋骨隆々で顔に煤をつけた『ザ・職人』といった風貌のおっさんが一心不乱に真っ赤に焼けた鉄を叩いている。



「おお、ガルド! 邪魔するぞ!」



「ん? おう、なんだお前か。今日は非番か?」



 父が声をかけると、職人のおっさん——ガルドは手を止め、ニヤリと笑った。



 どうやら父とこの店主は知り合いらしい。兵士として武器のメンテナンスなどで懇意にしているのだろう。



「ああ。今日は息子のケインを連れてきたんだ。ほらケイ、挨拶しなさい」



「やあ」



「はっはっは! まだ人見知りする年頃でな! 今日はこいつのために立派な木剣か子供用の軽い剣を見繕ってやろうと思ってな!」



 父の目が少年のようにキラキラと輝いていた。



『息子に初めての剣を買い与える』というシチュエーションに完全に酔いしれている。



「うおw」



 そのあまりの熱量と俺の極限まで冷めきったテンションの差に思わず声が漏れた。



(いや、誰が剣士なんかになるかよw 痛いし疲れるしコスパ最悪だろw 俺は一生実家でニートするって決めてんだよばーかwww)



 俺の「うおw」というリアクションに父は気づく様子もなく、「どれがいいかな〜!」とウキウキで店内の武器を物色し始めた。



 ちなみに母は「男同士でゆっくり選んでね」と言い残し、近くの市場へ食材の買い出しに行っている。



「はぁ……」



 俺は深いため息を吐き、とりあえず暇つぶしに店内に飾られている武器を眺めることにした。



 壁や棚には前世のゲームでしか見たことがないような武器がズラリと並んでいた。





 鏡のように綺麗に磨き上げられた長剣。

 刃が波打っている見たこともない形状の短剣。

 さらには、部屋の奥のガラスケースに厳重に保管されている禍々しいオーラを放つ黒い大剣まである。





(あー、はいはい。あそこにある黒い剣とかいかにも『いわくつきの呪われた武器』って感じだな。主人公がピンチの時に握って覚醒するテンプレ展開用のやつだろ)



 俺は完全に『視聴者』の目線で、それらの武器を品評していた。



 どれもこれも俺にとっては「純のゲーム実況で見たことがあるアイテム」以上の価値はない。



「おい坊主」



 不意に上から声が降ってきた。



 見上げると、店主のガルドが腕を組んで俺を見下ろしていた。



「お前、さっきから随分とつまらなそうな顔で武器を見てるな。親父さんはあんなに熱くなってるってのによ」



「……」



「なんだ? うちの武器が気に入らねえか?」



 ガルドの目は職人特有の鋭い光を放っていた。



 普通の5歳児なら、その迫力に泣き出してしまうかもしれない。だが、俺は中身が22歳の限界冷笑オタクだ。



 こんなおっさんの威圧などネットのレスバに比べればそよ風みたいなものである。



「いや、別に」



「あん?」



「ただ、どれも『無駄が多いな』って思っただけ」



 俺は壁に飾られた装飾過多な剣を指差して言った。



「その剣の柄の装飾、実戦じゃ滑る原因になるだけでしょ。あと、そっちの波打ってる剣も引き抜く時に肉に引っかかってタイムロスになる。全体的に『見栄え』ばっかり気にしててコスパが悪いなって」



「……なっ」



 5歳児の口から出たとは思えない、あまりにも冷徹で的確すぎる指摘。俺の言葉に屈強な職人は完全に固まってしまった。



(クソほど効いててクカなんよw)



 俺は心の中で盛大に草を生やした。



 ネットの知識(というか純のゲーム実況の受け売り)を適当に並べただけなのに、まさかここまでクリティカルヒットするとは。異世界の職人チョロすぎないか? 



 すると、ガルドは怒るでもなくただ俺をジッと見つめた後、無言で店の奥——工房のさらに奥にある薄暗い部屋へと姿を消してしまった。



「ん? おいガルド、どうしたんだ急に?」



 ウキウキで木剣を選んでいた父が、不思議そうに近寄ってくる。



「さあ?」



 俺は知らんぷりをして肩をすくめた。



 しばらくすると、ガルドが戻ってきた。その両手には古ぼけた布に厳重に包まれた『何か』が抱えられている。



「……親父さん。悪いがあんたの息子に木剣は必要ねえ」



「え? どういうことだ?」



「こいつの目は本質を見抜いてやがる。装飾や見栄えに誤魔化されねえ極限まで『実用』を求める冷たい目だ。……だから、こいつにはこれを見せてやりたくなった」



 ガルドはそう言うと、カウンターの上に布包みを置き、無言のままバサリと布を取り払った。



 そこに現れたのは──。














「……は?」



 俺は思わず素っ頓狂な声を漏らした。父も「なんだこれは……?」と目を丸くしている。



 それは剣ではなかった。いや、武器と呼んでいいのかすら怪しい。



 全長は1メートルほど。黒光りする金属製の長い柄の先に、半月状の刃……ではなく、分厚くて平らな金属の板がくっついている。



 どう見ても前世の工事現場でよく見かけた『スコップ(シャベル)』にしか見えない。



 だが、ただのスコップではない。柄の部分には謎のルーン文字が刻まれ、先端の板は異常なほどの鋭さと重厚感を放っている。



「これは……俺の師匠が遺した最高傑作にして、最大の失敗作。『泥土の聖刃(マッド・スペード)』だ」



 ガルドはまるで伝説の聖剣でも語るかのような重々しいトーンで言った。



「斬る、突く、叩く、そして『掘る』。あらゆる戦況に対応できる究極の汎用性を求めた結果、あまりにも無骨で、誰にも使いこなせない異形の武器になっちまった。……だが、無駄を嫌うお前ならこの武器の『真価』がわかるんじゃねえか?」



 ガルドは期待に満ちた熱い視線を俺に向けてくる。



 父も「おお……なんだか凄そうだな!」と謎に感動している。



 だが、俺の心の中はまったく別の意味で激しく揺さぶられていた。



(スコップ……。泥……。これって、まさか……!)



 俺の脳裏に前世で擦り切れるほど見た『あの配信』の記憶がフラッシュバックする。



 純が某サバイバルゲームでひたすらスコップ片手に泥を掘り、拠点を築き、敵を殴り倒していたあの伝説の配信。



 衛兵たちの間で『泥の王』と称された、あの狂気のプレイング。



(じゅ、純の……純の魂が宿った武器……!?)



 俺の心拍数が跳ね上がる。



 ただのスコップもどきが、俺の目には『神藤純一の象徴アーティファクト』にしか見えなくなっていた。



「……坊主、どうだ? 気に入ったか?」



 ガルドの問いかけに、俺は震える手を伸ばしその黒い柄をギュッと握りしめた。



「──でゅん!!」



「……あ? でゅ、でゅん?」



 俺の口から漏れた謎の奇声に、ガルドと父が首を傾げる。



「これ……これ買う! 絶対これにする! これ以外ありえない!!」



 俺は先ほどまでの冷笑的な態度を完全に投げ捨て、目を血走らせて叫んだ。



 俺の突然の豹変ぶりに、父は一瞬ポカンとしていたがすぐに嬉しそうな笑顔を浮かべた。



「はっはっは! 理由はよくわからんが、ケイがそこまで気に入ったのなら仕方ないな! ガルド、これを買わせてもらうぞ。いくらだ?」



 父が財布を取り出そうとすると、ガルドはニヤリと笑って首を横に振った。



「いや、金は要らねえ。そいつは無料でくれてやるよ」



「マジ!? おっさんサンキュー!」



「こらケイ! 言葉遣い!」



 俺の軽すぎる返答に、父が慌てて頭を小突いてくる。



 そして、父は申し訳なさそうにガルドに向き直った。



「いや、しかし……お前のお師匠さんが作った大切な品じゃないのか? それをタダでもらうわけには……」



「ガハハハハ!」



 父の言葉を遮るように、ガルドは豪快に大笑いした。



「いいんだよ! そもそもそんな異形の武器店に置いといても誰も買わねえしな。それに……」



 ガルドは笑いを収め、真剣な目で俺を見た。



「こんな無骨で泥臭い武器をここまで『純粋』な目で眺める奴なんざ初めて見た。……あの冷めきった目をしていた坊主がこの武器を見た瞬間に見せたあの熱狂。それを見られただけで、俺は職人として満足だ」



(いや、俺はただ純の配信を思い出して限界化してただけなんだけど……)



 俺は心の中でツッコミを入れたが、ガルドは完全に「武器の真価を理解した天才児」という美しい勘違いの世界に入り込んでいるようだった。



「……そうか。それじゃあありがたく貰うよ。ありがとうガルド」



「おう! これからも贔屓によろしく頼むぜ、親父さん!」



 父とガルドが熱い握手を交わしている間、俺は手に入れた泥土の聖刃を抱きしめ、頬ずりしていた。



(最高だ……。これさえあればいつでも純のサバイバル配信の気分を味わえる……!)



 5歳児が自分より大きな黒いスコップに頬ずりしているという、客観的に見れば完全に狂気でしかない光景。



 だが、今の俺にとってこれは異世界で初めて手に入れた『神(純)との繋がり』だった。



「よしケイ、母さんと合流して帰るぞ! ……ところでよぉ、その武器重くないか? 父さんが持ってやろうか?」



「触んな! これは俺の!」



「お、おう……そうか」



 俺はスコップを抱え込んだまま、足早に鍛冶屋を後にした。王都の市場で母と合流し、トトリカ村への帰路につく。



 母は俺が抱えている黒いスコップを見て「えっ、剣じゃないの……?」と困惑していたが、父が「ガルドの最高傑作らしい!」と謎のフォローを入れたことでなんとか納得(?)してくれた。



 村へ続く街道を歩きながら俺はスコップの柄を撫でていた。



(これ実際に土掘れるのかな。帰ったら庭に拠点(落とし穴)でも作ってみるか……)



 そんなことを考えていたその時だった。



「──おい、止まれ」



 街道の先、木々の影からヌッと現れたのは、薄汚れた革鎧を着た数人の男たちだった。その手には粗悪な剣やナイフが握られている。



「……盗賊か」



 父がスッと目を細め、腰の剣に手をかけた。母はサッと俺を背中に庇う。



「へへっ、身なりのいい家族連れじゃねえか。命が惜しけりゃ、その荷物と金目のものを全部置いていきな」



 ニヤニヤと下劣な笑みを浮かべる盗賊たち。



 いかにも『異世界テンプレのザコ敵』といった風貌だ。



(あぁ、そういう感じ…w)



 俺は母の背中から顔を出し、心底つまらなそうに盗賊たちを眺めた。



 純の配信ならここで華麗なプレイングで盗賊を返り討ちにして大爆笑をさらうところだが、あいにく俺はただの5歳児だ。父さんがサクッと倒して終わりだろう。



 そう思って傍観を決め込もうとした次の瞬間。



「……ん? おい、あのガキが持ってる黒い武器なんだか高く売れそうじゃねえか?」



 盗賊の一人が俺の抱えている泥土の聖刃を指差した。



「おっ、本当だ。おいガキ、その薄汚ぇスコップみたいなのも置いていきな。どうせお前みたいなガキにはそんな《b》|不"純"《ふ"じゅん"》《/b》なガラクタ、使いこなせねえだろ?」



「…………あ?」



 俺の思考が、ピタリと停止した。



 今、こいつなんて言った? 



『不じゅんなガラクタ』? 



(ふじゅん……不純……純が、無い……?)



 俺の脳内で極めて危険な化学反応が起きた。



 こいつは今、俺の神である『純』を否定した。純の魂が宿った(とケイが勝手に思い込んでいる)この神聖なスコップを指して、あろうことか『不純』と抜かしやがったのだ。



 客観的に見ればただの言いがかりである。文脈を完全に無視した厄介オタク特有のクソだるい言葉狩り以外の何物でもない。



 しかし、ケイは本気だった。



 前世からずっと純を馬鹿にする奴、純の配信のノリを理解せずに冷や水を浴びせる奴だけは絶対に許せなかった。



「……おい」



 俺は母の背中からスッと抜け出し、盗賊たちの前へと歩み出た。



「ふじゅん!? お前今、不純って言ったか!? あ!?」



「は、はぁ?」



 突然、5歳のガキがドスの効いた声(ただし声変わり前なので高い)で凄んできたことに、盗賊たちは目を丸くした。



「純のどこが不純なんだよ言ってみろよ!! このスコップのどこがガラクタなんだよ!! お前らみたいな浅い連中に純の偉大さがわかってたまるか!! 謝れ!! 今すぐ純とこのスコップに土下座して謝れ!!」



 息継ぎすら忘れた怒涛の早口。顔を真っ赤にしてブチギレる俺の姿は完全に『推しを侮辱されて発狂する限界オタク』そのものだった。



「な、なんだこのガキ……急に発狂しやがって……」



「頭おかしいんじゃねえのか?」



 盗賊たちがドン引きして後ずさる。



 俺はそんなことお構いなしに自分の身長よりも大きな『泥土の聖刃マッド・スペード』を両手で力任せに構えた。



(やってやる……! 純のサバイバル配信みたいにこいつらの頭をこのスコップでカチ割ってやる……!)



 怒りで視界が真っ赤に染まる。俺がスコップを振り上げ、短い足で盗賊に向かって突撃しようとした——その瞬間。



「ケイ! 前に出るな!!」



 ガシッ! 



 背後から伸びてきた太い腕が、俺の襟首を乱暴に掴んで引き戻した。父だった。



「離せ! 俺はこいつらを……!」



「馬鹿野郎! 相手は武器を持った大人だぞ! 5歳のお前が敵うわけがないだろうが!」



 父の怒鳴り声が響く。



 それは息子を危険から守ろうとする父親としての真っ当で必死な叫びだった。



「父さんは下がってろ! こいつらは俺が……!」



「いいから母さんの後ろに隠れていろ! ……ここは、俺がやる」



 父は俺を母の元へ突き飛ばすと、腰の長剣をチャキリと引き抜いた。



 その背中は普段の親バカな姿からは想像もつかないほど歴戦の兵士としての鋭い殺気を放っていた。



「へっ、一人で何人相手にする気だ? こっちは5人いるんだぜ?」



「……俺の家族に手を出そうとしたこと、後悔させてやる」



 父と盗賊たちの間で一触即発の空気が張り詰める。



(くそっ……! 俺がやるはずだったのに……!)



 俺は母に抱きしめられながらギリッと歯を食いしばった。怒りで体が熱い。純を馬鹿にされた(されてない)怒りが腹の底でマグマのように煮えたぎっている。



「死ねやぁぁっ!!」



 盗賊の一人が粗悪な剣を振り被って父へと突進した。大上段からの体重を乗せただけの単調な一撃。



(あーあ、あんな大振りじゃ隙だらけだろ……)



 俺が心の中でダメ出しをした瞬間、父の体がブレた。





「──遅い」





 父は踏み込んでくる盗賊の剣を最小限の動きで躱すと、すれ違いざまに長剣のつかを男の鳩尾に深々と叩き込んだ。



「ガ、はっ……!?」



 盗賊は白目を剥き、胃液を撒き散らしながらその場に崩れ落ちた。



 一撃。文字通りの瞬殺だった。



「なっ……!? てめぇら、囲め! 一斉に掛かれ!!」



 リーダー格らしき男の怒声に呼応し、残る4人の盗賊が父を取り囲むように散開した。



 左右と正面からの同時攻撃。素人目に見ても逃げ場のない絶望的な状況だ。



 だが、父の顔に焦りは一切なかった。



「シィッ!」



 鋭い呼気と共に父の長剣が銀色の軌跡を描く。右から迫るナイフを剣の腹で弾き飛ばし、その反動を利用して体を独楽のように回転。左から突っ込んできた男の膝関節に容赦のない蹴りを叩き込んだ。



「ギャアアアアッ!?」



 骨が砕ける鈍い音と、男の絶叫が木霊する。



 父はそのまま流れるような動作で弾き飛ばした右の男の首筋に長剣の峰を叩きつけ、意識を刈り取った。



 わずか数秒の間に5人いた盗賊が2人にまで減らされていた。



「ひっ……! ば、化け物かよ……!」



「くそっ、舐めるな! 『ファイア・ボルト』!!」



 焦燥に駆られたリーダー格の男が左手を突き出して魔法の詠唱を放った。バスケットボールほどの大きさの火の玉が熱を帯びて父へと迫る。



(魔法……! さすがにアレは避けられないだろ!)



 俺が息を呑んだ、次の瞬間。



「──断空(だんくう)



 父が静かに呟き、長剣を縦に振り下ろした。



 ただの素振りではない。剣の刀身から目に見えるほどの凄まじい闘気オーラが刃となって飛んだのだ。



 パァァァンッ!!



 飛ぶ斬撃は迫り来る火の玉を真っ二つに両断し、そのまま背後の木を深々と切り裂いた。



 両断された炎は行き場を失い、シュウゥゥ……と虚しく霧散していく。



「は……? 魔法を剣で斬った……?」



 リーダー格の男が信じられないものを見る目でへたり込んだ。



 その首筋にはいつの間にか距離を詰めていた父の長剣の切っ先がピタリと突きつけられていた。



「……家族の手前だ、命までは取らん。だが、二度とこの街道に姿を見せるな。次は首が飛ぶと思え」



 氷のように冷たい絶対的な強者の声。盗賊たちはガチガチと歯の根を鳴らしながら何度も頷き、気絶した仲間を引きずって逃げるように森の奥へと消えていった。



「…………」



 俺はその一連の戦闘をただ呆然と見つめていた。



(……え、親父強すぎないか?)



 普段の「ケイ〜! お父さんと遊ぼう〜!」とデレデレしている親バカな姿からは1ミリも想像できない圧倒的な戦闘力。



 無駄のない動き、的確な状況判断、そして魔法すら一刀両断する剣技。純のゲーム実況で言えば間違いなく『終盤まで頼りになる最強のNPCキャラ』の動きだった。



「ふぅ……」



 父は剣についた汚れを布で拭き取ると、チャキリと鞘に収めた。



 そして、ゆっくりとこちらを振り返る。



「怪我はないか、ケイ、母さん」



 その顔は、先ほどまでの冷酷な戦士の顔ではなく、いつもの優しくて少し暑苦しい俺の『父親』の顔に戻っていた。



 父の優しい声を聞いた瞬間、母は張り詰めていた糸が切れたように「はぁ……」と安堵の息を吐き、その場にへにゃりと座り込んだ。



「あなた……無事でよかった……」



「すまない、怖い思いをさせたな」



 父は母のそばにしゃがみ込み、その震える背中を優しく撫でた。



 俺は、その光景をただ黙って見つめていた。



(……すげえ)



 俺の心の中にあったのは、純粋な驚嘆だった。



 普段なら「うおw」と斜に構えて茶化すところだが、今回ばかりはそんな隙すら与えられなかった。



 圧倒的な暴力(盗賊)を前にして、家族を守るために一切の躊躇なく剣を抜き、無駄のない動きで敵を制圧した父の姿。



 それは、俺が前世でずっと馬鹿にしてきた「泥臭い努力」や「熱血」の結晶であり——同時に、純の配信で見るような『本物の強者』の輝きを放っていた。



(……親父、ちょっとだけカッコいいじゃん)



 俺は手元の泥土の聖刃をギュッと握り直した。













 異世界に転生して5年。俺が初めて、この世界の住人──自分の父親をほんの少しだけ尊敬した瞬間だった。






















 その後、俺たちは無事にトトリカ村の自宅へと帰り着いた。



「さあさあ! 今日は王都で美味しいお肉を買ってきたからご馳走よー!」



 昼食の時間。食卓には母が腕によりをかけた豪華な料理が並んでいた。



 盗賊に襲われた恐怖など微塵も感じさせない、いつも通りの明るい声が家の中に響く。



「おお! これは美味そうだ! ケイ、いっぱい食べて大きくなれよ!」



「うゆ」



 父が俺の皿にこれでもかと肉の塊を取り分けてくる。



 普段なら「コスパ悪いからそんなに食えねえよ」と心の中で毒づくところだが、今日ばかりは素直にフォークを手に取った。



「ん、美味い」



「ふふっ、よかったわ!」



 俺が肉を頬張ると、両親は顔を見合わせて嬉しそうに笑った。



(……まあ、こういうのも悪くないか)



 俺は心の中でそっと呟いた。



 純の配信が見られないのは相変わらず苦痛だが、この騒がしくも温かい日常も今の俺にとっては決して嫌なものではなくなっていた。



 窓の外からはのどかな村の風景が見える。俺の異世界生活はこの小さな村で、この少し暑苦しい両親と共にゆっくりと進んでいく──はずだった。









 そう、この時までは。



 俺の『冷笑』が、この世界の常識を根底からぶっ壊すことになるのはもう少し先の話である。


お読みいただきありがとうございました!


感想や評価も是非お願いします!


※また、感想欄等で特定の配信者の名前を出したり、関連する実在の人物・団体を推測して書き込む行為は固く禁じます。この作品は"純粋なオリジナル・フィクション"としてお楽しみください。


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