第3話【作文】
次の日、教室に入ると、自分の席には張り紙が貼られていた。
「………」
暴力のような文字で、『課題・反省文提出 早く!!!』とでかでかと書かれている。
「霜夜さん、なにか悪いことしたの?」
名前も知らない誰かが話しかけてくる。
「私は何も悪いことなんてしていないわ!勝手なこと言わないでくれるかしら!!」
「ッ……ご、ごめん……」
彼女は蒼から離れていく。
「……」
彼女はもしかしたら、心配してくれていたのだろうか……。
「ッ…!!!」
貼り紙を剥がしてぐしゃぐしゃに丸めて窓の外に放り投げる。
「──ほらもう時間だぞ。席に着け。この時点で立ってた奴は遅刻にしとく。遅刻3回で反省文な。まず1回。それと、霜夜。課題はやってきたか?」
──そんな一晩で何でもかんでも完成すると思う?馬鹿なんじゃないの。
そんな事を強気に発言することも出来ず、ただ「いえ」としか答えられなかった。何も手をつけていない。
「明日持ってこなかったらこれも反省文な。原稿用紙5枚」
───そんなもの書かせる暇があったら生徒全員の成績上げさせる努力でもしなさいよ。
言葉は喉を通らないまま詰まってしまう。
「はぁ………」
これはもはやため息なのかも分からない。
次の日、行きたくないと思いながらも学校に行った。
苦痛だ。今までの学校生活とは決定的に違う苦痛だ。ただ、つまらない、面白くない、スカスカな日常に嫌気が差していた去年とはまるで違う。本当の苦痛だ。
それでも学校には行かなければならないだろう。私は嫌でも学校に行った。それだけでも褒めて欲しいのに。
──呼び出され、こう言われた。
「──お前、本当にどうしようもない奴だな。校則違反。何の反省もできない。自分は悪くないの一点張り。ハキハキ話さない。友達もいないみたいだしなぁ。────
───いったいどんな親が育てればこんなクズに育つんだ?」
「ッ!!!!!」
何様のつもりだ。
どんな意味があって私の親を貶した?
許さない。
許さない。
絶対に許さない。
家に帰り、机に向かって吼える。
「書けばいいのよね…!!?書けばいいんでしょう!!?原稿用紙5枚分!!!」
全部吐き出してやる。
私は間違ってない。
私は正直に言った。
嘘をついて、偽って、それが正しい選択でしたなんて教訓を与えたいのか?
私は何も悪くない。
悪いのはお前の方だ。
説明不足だった学校側の責任だ。
生徒指導を行わなければならないくらい重大な問題になるのなら予めしっかりと講習しておくべきだろ。
そのくせして、やらなくていい無駄なことしかしない。
こんなことをして何になる。
私にこんな仕打ちをして、誰が得をする?私がこんな目にあって、誰が幸せになる?
どんな理由や事情があろうと、人の悪口は到底許されるべき行いでは無い。
生徒に物事を教える立場の人間が、人を貶すようなことをしていいはずが無い。
反省するべきはお前たちのほうだ。
無断の意味も分からない馬鹿に何かを言われる筋合いは無い。
私は何も悪くない。
誰にも迷惑をかけてない。
誰かを不幸にしたこともない。
むしろ人手不足で困っている店舗の役に立った。褒めて称えられるべきだろう。
それなのに、お前らときたら。
私をこんな目に遭わせて楽しい?給料は増えた?誰かが幸せになった?誰が得をした?楽しくないわよね?給料も変わらないわよね?誰も幸せになんかなってないわよね?誰も得なんてしていないわよね?私が傷付いて、嫌な思いをして、苦しんでいるのよ。分かる?私は人のため社会のために働いて、役に立ってきたというのに。お前らときたら。誰の役にも立たないうえに人を傷つけることしかしない。人間として終わってる。もっと人のことを考えて生きられないの?
お前らが私の気に触るせいで日常生活に支障が出ている。
体がだるい。
吐き気がする。
寒気がする。
震えている。
私はどうしてこんなにも震えている?考えたことがあるのか?
言葉がどんなに人を傷つけるかお前らは知らないだろう。
私は知っている。
こんなに傷ついている。
反省しろ。
私は教師でありながら生徒に暴言を吐きました。って。
言えよ。
言えよ。
言えよ。
反省文、書けよ。
「───原稿用紙5枚じゃ足りない!!!!」
足りない。
怒りを、憎しみを、不満の全てをぶつけてやる。
これを逆ギレと呼びたければ呼べばいい。
けれど、この私の反省文……いや、“作文”を読んでキレるならそれこそ逆ギレだろう。
そうだろ。
そうでしょッ!!!!
頭の中を回る言葉。
文章も、段落も、何もかもめちゃくちゃなまま、それをただただ書きなぐっていく。
「─────なので、これを機に教員のみなさまも、是非反省文を書かれてみては如何でしょうか。………完璧……原稿用紙10枚…ピッタリ埋めてやったわよ…。これで満足でしょ…。タイトルは、そうね…──
───『反省文とあなた』」
◇◇◇
後日。
私はまた学校に来た。今日は昨日よりも気持ちが晴れている。逆に、ワクワクで心臓がうるさい。
今まで、小学生や中学生の頃から、読書感想文だったり決められたテーマでの作文だったりを夏休みの宿題でやった事があるけれど、そのどれと比較しても、歴代最高傑作と言える作文が完成したのだ。
私は将来、作家になれるかもしれない。そんな冗談を頭の中で思い浮かべながら教室へ入り席に着いた。
「───霜夜」
朝のホームルームが終わった時、担任に呼ばれる。
「なにかしら」
「今日こそ書いてきたんだろうな。反省文は」
「ええ……つい気合いが入ってしまって10枚分一気に書いてしまったわ。これで満足かしら?」
すぐには中身を見せないために、原稿は茶封筒に入れてきた。
「1限目の物理だから、失礼するわね」
心臓がバクバクと鳴っている。
楽しみだ。是非とも最後まで読んで欲しい傑作だ。どんな反応が帰ってくるのか楽しみで仕方がない。
私は高ぶる気持ちを抑えられないまま、授業に臨んだ。
───昼休み。
「───霜夜蒼。いるか」
──来た。私の最高傑作の作文をお読みになられた教師風情が。
「何か用かしら」
「………生徒指導室へ来い。今すぐにだ」
「お昼を食べてからでもいいかしら」
「今すぐにだと言ったのが聞こえなかったのか?」
「そこへ行く意味が分からないわ。急ぎの要件なら今ここで言えばいいじゃない。それともなに?生徒にお腹を空かせた状態で午後の授業を受けさせるつもりかしら」
「………その態度は何だ。霜夜」
「何だと言われても分からないわね」
「それが教師に対する態度かと言っている!!」
周りに生徒がいる中で怒鳴り散らかす。
「……周りへの迷惑、人の気持ちを考えられない。教師という立場が偉いと思っている………。私が書いた渾身の作文を、どうやらまだ読んでいないようね」
「読んだよ。あれの何処が反省文なんだ?」
「私がいつ反省文を書くと言ったかしら」
「はぁ?」
「貴方こそ、反省文を書くべき人ではないかと思うのだけれど」
「霜夜………いい加減にしろ!!」
「いい加減って何かしら」
「お前なァ!!!!」
机が蹴り飛ばされ、胸ぐらを掴まれる。
「ッ…」
「調子乗ってんじゃねぇぞ!!!」
「───」
耳元で叫ばないでくれるかしら────。
「──!?」
声が………出ない……。
「あ────ッ!!!」
──投げ飛ばされ、床に叩きつけられた。
「が……ッ……!!!」
「霜夜!!放課後でもいい!!!生徒指導室に来い!!!いいな!?」
体がおかしい。
過呼吸。
息が吸えない。
震えが止まらない。
「ぁ……ッ……ぁ……あッ……が……ッ………ッ……」
壊れたフイゴみたいな、変な音の咳が止まらない。
「霜夜さん!?」
「あいつ怒らせるから……!」
「大丈夫!?霜夜さん!!」
全く関わったことの無いクラスメイトが心配してくれている。
「ぁ……ぁ………」
怖い。人が怖い。
関わるべきじゃない。
私は文章に自分を託すべきじゃなかった。
人に何かを伝える手段に言葉を選んではいけなかった。
───もう誰とも関わりたくない。




