第1話【スカスカ】
小学2年生。私にとってすべてと言ってもよかった、たった一人の友達『緋』と別れたあの頃から、引越しと転校続きの日々が始まった。
緋さえいてくれればいいと思っていた私『霜夜蒼』は、元々人と関わることがあまり好きではなかったこともあって、転校先で全く人と仲良くなることができなかった。最初のうちだけは、何人か物珍しさで話しかけに来てくれる子がいたが、多分、私はそれに上手く答えることができなかったか、全部突っぱねてしまったのだろう。
誰と出会っても、決まって同じことを思っていた。
「……この人は緋じゃない」
私の中での友達か否かの判断基準はひとつだった。『終緋』であるかどうかだった。そもそも友達なんてできるわけがなかったのだ。
小学生のうちに4回、中学でも1回転校し、その頃にようやく親の仕事が落ち着いたため家が建った。けれど、中学3年の冬、両親は私を家に置いて赴任。夫婦仲が良かったのが災いだった。遂に母は娘ではなく夫を選んで付いて行った。お小遣いもくれるし生活費も全て出してくれるけれど、本当に必要な場面以外では顔を見なくなってしまった。
今までは孤立していても転校になれば変わらないから別にいいと思っていた。けれど、孤立した状態でずっと、と言うのはかなりキツいだろうなと思った。実際そうなった。
高校に入った時、私はそろそろ変わろうとした。もう二度と会えるかも分からない過去の友達に囚われたまま、誰の記憶にも残らないような人生を送るのは流石に虚しすぎる。そう思って、友達を作ろうとした。けれど、無理だった。
自分はとことんコミュニケーション能力が足りていない。人と会話しようと思っても言葉が出てこない事が多く、何を話していいかも分からなかった。クラスメイトの話題についていくために流行りの音楽を聴いてみたりもしたけれど、自分には合わなかった。
結局のところ、私は1日につき3回は「緋に会いたい」と思いながら、この寿命のカウントを進めていた。
高校1年、3学期。
放課後。今日も誰とも話さないまま、私は席を立った。
部活は幽霊部員。絶対何かしらの部活に入らなければならないのだろうと思っていた私は、運動する必要も無く大会を目指したりしそうにない、緩そうな雰囲気だった英会話部をセレクト。しかし、英語以前にそもそも会話が苦手な私はすぐに自分には合わないと悟り、もう行かなくなってしまった。
「──おい、霜夜」
1階の下駄箱前で、担任の教師に呼び止められた。細身でそこそこ若めの男性。人当たりは悪くはなく、生徒からの信頼もそこそこ。悪い人ではない。
「……なんですか」
「学年末テストの課題、出してないだろ」
「………そうですね」
「そうですね、じゃない。出しとけよ」
「…機会があれば」
「出す癖を付けろ出す癖を」
彼は呆れ気味だ。それはそうだとは思う。自分でも呆れている。
「まあ…お前がそういう人間ってのはこの1年間で何となく分かってるけどよ。もう少しくらいやる気あるように見せる努力はしろよ」
「それが私のためになるとは思えません」
それが私の信条。やる気もないのにやる気があると嘘をつき、霜夜蒼という人物を人に間違って覚えて欲しくない。嘘つきは泥棒の始まりとも言う。正直者でいることが私なりの正義だから。
「あのなぁ霜夜……」
「……分かってますよ。この世界、嘘つきが得をするんだって」
でも、私はしない。そんなことをして自分をよく見せようだとか、そんなことはどうだっていい。
私はピエロになりたい訳じゃない。
担任を振り切るように、靴を履き替えて校舎を出る。
「…はぁ……。いちいち言われなくてもそんなこと分かりきってるわよ。テストの点は足りてるんだから出す必要なんて無いでしょ」
足速に駅を目指す。
成績なんてものはただ人に優劣をつけるだけの評価のひとつに過ぎない。そこで上を目指そうだなんて思わない。高校さえ出られればなんでもいい。将来やりたいことも無い。進学する気もない。金を払って学校に行くよりも金を貰って働いた方が得に決まっている。私でも使ってくれる会社に就職して、両親のためにも自立してあげる。そうやって生きていくしかない。
「……人生ってつまらないわね」
道は決まっている。舗装された道路。赤と青を繰り返す信号。周りを歩く人々や走る車。
畦道に乗り出していくような人生は、きっとこの世界では送れない。
「……ほんと、つまらない」
家に帰って、コートを脱ぎ捨てると部屋へ直行し、ベースを手に取る。
感情のはけ口になるのはこれだけだ。
誰にも認められなくても、こうしていれば少しは気が紛れる。
誰かに聴いて欲しいという思いが無いわけでは無いけれど、こうして発散するだけが自分には合っているだろう。
人と関わることが好きではないから。1人でベースと対話するくらいが丁度いい。
──気が付けば外は真っ暗になっていた。
「…はぁ……夕飯……どうしようかしら」
自炊する気も起きない。どこかへ買いに行く気も起きない。
「……もういいか…」
ベッドに倒れ込む。
「…どうやって死ぬまで生きればいいの?」
毎日。毎日。毎日。1人で、同じことの繰り返し。きっと明日も。その次の日も。誰にも知られないまま、霜夜蒼は静かに生きていく。
「…楽でいいんだけど……少し寂しいわね……」
◇◇◇
何も無い日々が続いていた。ある日、母から電話が来た。
「もしもし、蒼?」
「お母さん…」
「蒼、ちゃんとご飯食べてるの?」
第一声がこんな質問だった。
「……ええ。…食べてるわよ」
「本当?」
とても心配そうな声をしている。
「…ええ」
嘘だ。本当は食欲がなくてあまり食べていないが、母を心配させる訳には行かない。
「なら良かったわ…。最近、口座の残高あまり減ってなくて心配してたの。ちゃんとご飯食べてないんじゃないかって……あ、もしかして自炊始めちゃったの?」
「あ……。え、えぇ、そうなの」
「そっか。じゃあ、余計な心配だったみたいね。…あ、でも仕送りはやめないからね。蒼も頑張ってるんだし、自分へのご褒美でもなんでも、余ったお金は好きに使っていいからね。洋服も新しいもの買っていいのよ。あ、あと蒼は音楽好きよね。CDとか、ベースの機材とか。欲しいもの、たくさんあるんじゃないの?遠慮しないでいいんだからね。もちろん、限度の範囲内でだけど」
「ええ……。ありがとう。でも……少し申し訳ないわ。あまり贅沢するのは2人に悪い気がして……」
「…そう?でも私も、親としてできることなんてそれくらいしかないから…。あ、もし、親に頼ってばっかりだなって負い目を感じてしまっているなら、アルバイトでもしてみるのはどう?」
「アルバイト…?」
「ええ。あれ、高校バイト禁止だっけ?」
「…長期休みの間だけは、申請すれば大丈夫だったと思うわ」
「そう。なら、社会勉強も兼ねて、やってみたらどうかしら。蒼は少し人見知りだから、飲食店とか接客は少し怖いかしら…。あ、スーパーの裏方のほうとかなら、結構すぐやれるんじゃない?」
「……どうかしら。やってみないことには分からないけど……でも、やってみようかしら。少しは親孝行したい」
「ありがとう。気持ちだけで十分。……それじゃあ、またね、蒼。元気でいるのよ」
「……ええ」
蒼は電話を切る。
「………お母さんにも心配かけて……ほんとに……ッ」




