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第7話:鋼と涙の定理(後編)/アリア

 そして、運命の日はやってきた。

 鉱山都市に、耳をつんざくような警報の鐘が鳴り響く。

 地響きと共に、『剛岩の巨人』が再び姿を現したのだ。


「……計算通りにいけば、斬れるはずだ」


 戦場の最前線。

 震える膝を叩き、私は聖剣を抜いた。

 目の前の巨人は、以前よりもさらに大きく、絶望的に見える。

 けれど、今の私には「知識」という武器と、「特訓」で培った芯がある。


「アリア! 突っ込むぞ! 俺が注意を引く!」


 ライアンさんが、ボロボロになりながらも剣を構えて突撃する。

 彼が身体を張って巨人の拳を受け止めた瞬間、大地が揺れ、彼自身の足が地面にめり込むのが見えた。


「ぐっ……おおおおおっ!! アリア、今だぁっ!!」


 彼が作ってくれた、数秒の隙。

 私は地面を蹴った。


「ゼファーさん、支援魔法を!」


「了解だ。……演算補助、リンク開始。アリア、君の努力を信じろ!」


 後方から飛んできた支援魔法が、私の身体を軽くする。

 私は巨人の懐へと滑り込む。

 怖い。

 もし計算が間違っていたら。もし私の体が耐えきれなかったら。

 また弾き飛ばされて、今度こそ、後ろにいるライアンさんもろとも潰されるかもしれない。


(――ううん、違う)


 私は、恐怖を理性でねじ伏せた。

 私の頭の中には、ゼファーさんと徹夜で組んだシナリオが鮮明に浮かんでいる。

 私の身体には、ライアンさんに叩き込まれた衝撃への耐性が刻まれている。

 そして何より、私の剣には、この街の人々の「助けて」という祈りが、熱い燃料となって流れ込んでいる。


「……今! 出力、最大!」


 私は、あの日何度も訓練した「魔力循環」を、全力で起動させた。

 筋肉が悲鳴を上げ、骨がきしむ。

 けれど、構わない。


 その時、頭の中、あるいは視界の端で一つの光が灯った気がした。


 【武技・剣技:重魔斬】


 インパクトの瞬間、魔力を爆発させる。

 剣の刃に、トン単位の「仮想質量」を上乗せし、巨人の硬度を物理演算で凌駕する。


 ――ズドンッ!!


 金属音ではない。まるで隕石が衝突したような轟音が響いた。

 剣からの反動が、私の腕の血管を焼き切るような痛みを走らせる。けれど、私は歯を食いしばって踏ん張った。


「……斬れぇぇぇぇッ!!」


 叫びと共に、剣が抜ける感触があった。


 一瞬の静寂。


 次の瞬間、巨人の巨大な左足が、斜めにずり落ちた。

 支えを失った巨躯が、スローモーションのように崩れ落ち、轟音と共に砂煙を上げる。


「……はぁ、はぁ、はぁ……」


 私は、痺れて動かない腕を抱えながら、その光景を見つめていた。

 勝った。

 才能でも、奇跡でもない。私たちが積み上げた「理屈」と「泥臭さ」が、理不尽な暴力に勝ったのだ。


「……へっ。やりやがったな、お嬢ちゃん」


 瓦礫の中から這い出してきたライアンさんが、歪んだ剣を投げ捨てて、ニカっと笑った。

 遠くから、ゼファーさんが眼鏡の位置を直し、小さく、けれど満足げに頷くのが見えた。


「『心・技・体』、そしてそれを支える『知』と、勇者独特の『信』。それらが伴った今の君になら見えるはずだ。勇者にのみ現れるというスキルツリーが」


 ゼファーさんの言葉に導かれるように、私は虚空を見つめた。

 すると、ぼやけていた視界の焦点が合い、そこには光の粒子で描かれた巨大な『樹形図』が浮かび上がっていた。


(……これが、スキルツリー)


 無数の枝が伸びている中で、たった一つ、今しがた私が放った一撃――『重魔斬』に相当する枝の先だけが、黄金色に輝いている。

 そして、その輝きの根源が、どこから来ているのかも理解できた。


 私の足元から伸びる無数の「光の根」。

 それは、私の魔力ではない。背後の鉱山都市――そこで私たちに歓声を送る人々から流れ込む、感謝と安堵の思念そのものだった。

 根から吸い上げられた光が、幹を通り、枝先へと満ちていく。

 その光の中で、明確な「文字」となって浮かび上がった。


 【重魔斬:解放済み】

 <必要条件:筋力B、魔力制御A、理論理解度S……そして、信仰値3000>


(信仰値……人々の応援はただの声援じゃなくて、明確に数値化されているんだ……)


 他の枝はまだ、黒く沈黙している。

 けれど、今の私には分かる。

 ただ剣を振り回すだけじゃダメだ。もっと勉強して、もっとたくさんの人々を安心させて、この「信仰」という燃料を注ぎ込まなければ、この樹は育たない。


「……見えます、ゼファーさん。これが、私がこれから登っていく道なんですね」


   ***


 現在――城塞都市バレンシアの朝。

 思い出から思考を戻した私は、手の中の木剣を強く握りしめた。

 目の前には、あの時と同じように笑う、剣聖ライアンさんがいる。


「お前は天才なんかじゃねぇ。誰よりも頭を使って、誰よりも泥を舐めて強くなった『努力の勇者』だ」


 ライアンさんの言葉が、胸に温かく染みる。


「その甲斐あって、そのスキルツリーも、『武技』と『理法』は既にカンスト気味だろ? あの巨人を斬った時のような、泥臭い工夫と計算が実を結んでる。……だがよ」


 彼の声色が、少しだけ低くなる。


「あんたの代名詞である『聖域』カテゴリーの枝が、ここ数年、ぴたりと止まってるじゃねぇか」


   ***








 ――10年前。鉱山都市。

 勇者アリアの覚醒の様子を、静かに見つめる者がいた。


『やはり、今代の勇者も人々の希望が力になるのか。クク、ならば……。あぁ、山が高ければ高いほど、転がり落ちる谷は深い。……収穫の時を楽しみにしているぞ、勇者よ』

最後までお読みいただきありがとうございます!

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