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勇者様のスポンサー ――専属記者は、秘密の恋人――  作者: エティルク・ラ・ハオン/Etilk.Ra.Haon


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第32話:勇者と魔王、そして最後の記事

 それは、戦いと呼ぶにはあまりに一方的で、あまりに残酷な「処刑」だった。


 轟音。閃光。

 アークライト通信社の別荘だった建物は、屋根も壁も吹き飛び、ただの瓦礫の山へと変わり果てていた。


「――ガ、あ……ぁ……ッ!!」


 瓦礫の中心から、どす黒い怨念が噴き上がる。

 魔王トマスだ。

 彼は半身を焼かれながらも、その影を膨張させ、世界を飲み込まんばかりの闇を展開した。


「舐めるな……人間風情が……ッ! 私は魔王だ! 絶望の化身だ!!」


 魔王の叫びと共に、彼の足元の影が沸騰する。

 ボコボコと湧き出したのは、異形の魔物たちだ。狼、巨人、飛行するガーゴイル。泥のような影から生まれた数百の軍勢が、殺意の波となってアリアへ押し寄せる。


 だが。


「……邪魔」


 アリアは、歩みを止めなかった。

 ただ一歩、踏み出す。それだけで、彼女の全身から純白の光――極大魔術【聖光の裁き】が爆発した。


 ジュッ――。


 断末魔すら上がらなかった。

 アリアに触れようとした影の魔物たちは、その光に触れた瞬間、雪が溶鉱炉に落ちたかのように瞬時に蒸発した。

 爪も、牙も、絶望も。

 聖なる光の前では、存在することすら許されない。


 強い。

 強すぎる。


 俺は、舞い上がる粉塵の中でその光景を見ていた。

 アリアの背中から立ち上る光の奔流は、これまで見てきたどんな戦闘よりも太く、鋭く、そして禍々しいほどに輝いている。


 ――同情。憐憫。そして、巨悪への怒り。


 今、世界中の人々がアリアを想っている。

 「可哀想なアリア様」

 「悪い男に騙されていた悲劇のヒロイン」

 「憎き記者と魔王を倒してくれ」


 その膨大なエネルギーが、全てアリアの力に変換されている。

 皮肉な話だ。

 俺たちが積み上げてきた「希望」よりも、俺が演出した「不幸」と「排除欲」の方が、彼女を最強の勇者にしたのだから。


「――消えろッ!!」


 アリアが剣を一閃させる。

 ただの斬撃ではない。空間そのものを削り取るような光の断層が走った。


 影の軍勢が消し飛び、防御を展開しようとしたトマスの両腕が、紙切れのように千切れ飛ぶ。


「……信じ、られん……」


 トマスが、崩れゆく喉で言葉を絞り出す。

 四肢をもがれ、再生能力すら光に焼かれて封じられた彼は、瓦礫の上に転がった。


「これが……人間の……力か……」


 彼は、目前に立つアリアを見上げ、そして視線を俺に移した。

 その顔に、恐怖はない。

 あるのは、理解不能なものを見た困惑と、奇妙な納得だった。


「クク……まさか、希望ではなく……『歪んだ正義感』で私を殺すとはな……」


 トマスの口元が歪む。


「人間こそが……本当の魔物か……」


「……終わりよ」


 アリアが剣を振り上げる。

 慈悲はない。ためらいもない。


「私の……私の世界から、消えろッ!!」


 一閃。

 光が世界を白く染め上げた。


 魔王の笑い声が光に溶け、影すら残さず蒸発していく。

 こうして、数百年に一度現れる人類の脅威は、誰に知られることもない森の奥で、あっけなく幕を閉じた。


   ***


 光が収まると、静寂が訪れた。

 風が、焦げ付いた臭いを運んでいく。


 アリアは、剣を振り下ろした姿勢のまま、動かなかった。

 その背中が、小さく震えている。


 カラン……。


 手から剣が滑り落ち、乾いた音を立てた。


「……どうして」


 アリアが膝から崩れ落ちる。


「どうして……こんなことしたの……」


 彼女は、俺の方を振り向いた。

 その顔は、涙でぐしゃぐしゃだった。

 世界を救った英雄の顔ではない。

 ただの、傷ついた一人の女性の顔だった。


「私の名誉なんて……どうでもよかった。勇者の資格なんてなくなってもよかった! レオンがいなくなるなら……貴方が悪者になるくらいなら……世界なんてどうでもよかったのに……ッ!」


 アリアが地面を叩く。

 彼女の慟哭が、俺の胸を引き裂く。


 駆け寄って、抱きしめたいと思った。

 「嘘だ」と言って、涙を拭ってやりたかった。

 これからもずっと隣にいると、そう誓いたかった。


 だが、俺は動かなかった。

 ここで俺が情に流されれば、全てが無駄になる。

 世界には、象徴が必要だ。一点の曇りもない、聖なる勇者が。

 そのためには、「悪役」は徹底的に退場しなければならない。


「……泣くな、勇者アリア」


 俺は、努めて冷徹に、そして優しく告げた。


「これは俺の仕事だ。……俺は記者で、君は勇者だ。君を最高に輝かせる記事を書くのが、俺の役目だと言っただろう?」


「そんな記事……頼んでない……ッ!」


「俺が書きたかったんだ。……これが、俺の最高傑作だ」


 俺は一歩、彼女に近づいた。


「俺は、アリアが神託によって勇者に選ばれた瞬間から、一刻も早く魔王を討ち、君を勇者の重荷から解放したいと思っていた。それが今、叶ったんだ……」


 触れることはしない。ただ、目線を合わせて屈み込む。


「君は、被害者でなければならない。俺という悪に騙され、それでも立ち上がり、世界を救った気高い勇者でなければならない」


「いや……! 私は……!」


「アリア」


 俺は彼女の言葉を遮り、幼いころのように、優しく微笑んで見せた。


「……笑ってくれ。君には、笑顔が一番似合う」


 アリアの瞳が揺れる。

 彼女は唇を噛み締め、何かを言おうとして――言葉にならず、ただ泣きじゃくった。


 遠くから、人の声が聞こえ始めた。

 騎士団だ。もう時間がない。


「……俺は行くよ。魔王は消えたが、俺という『内通者』も消えなきゃ、君の潔白は証明されない」


 俺は踵を返し、歩き出そうとした。


「待って!」


 背後から、強い力で腕を掴まれた。

 振り返ると、アリアが必死の形相で俺にすがりついていた。


「行かせない! 嫌よ、一人になんてしないで! 私も行く! 貴方と一緒に……!」


「アリア、君は……」


「離さない! 絶対に離さないんだから!」


 アリアは俺の胸に顔を埋め、子供のように泣きじゃくった。

 その温もりが、震えが、俺の理性を揺さぶる。

 突き放さなければならない。

 そう分かっているのに、俺の手は、意思に反して彼女の背中に回っていた。


「……あぁ、まいったなあ」


 俺は観念したように息を吐き、彼女を強く抱きしめ返した。

 これが最初で、最後だ。

 記者と勇者じゃない。ただの恋人として。


「……アリア」


 俺は彼女の顔を上げさせ、その濡れた瞳を見つめた。

 そして、そっと唇を重ねた。


「……んッ」


 ほんの一瞬。けれど、永遠のように長い口づけ。

 離れると、アリアは呆然と俺を見つめていた。


「愛してる。……ずっと、愛してる」


 俺は祈るように囁いた。


「だから、生きてくれ。世界に愛されて、幸せになってくれ。……それが、俺の望みだ」


「レオン……」


 俺は心を鬼にして、彼女の拘束を優しく、しかし強引に解いた。


「さようなら、俺の愛しい勇者様」


 俺は彼女を突き放し、背を向けた。

 今度こそ、振り返らない。


「レオン! レオンーーッ!!」


 背後で、彼女が泣き叫ぶ声が聞こえる。

 その声に胸を引き裂かれながら、俺は瓦礫の影へと走り出した。


   ***


 数日後。


 世界は、歓喜に包まれていた。

 世界中がその報道に涙を流した。


 『勇者アリア、史上最速10年で魔王を討伐!』

 『元凶たる悪徳記者レオン、魔王と共に消滅か――現場に大量の血痕』


 記事には、勇者アリアがいかにして立ち上がり、涙ながらに正義を執行したかが、ドラマチックに綴られていた。

 世界中がアリアに同情し、そして彼女の強さを称えた。

 彼女の人気は不動のものとなり、アークライト通信社は内通者を許してしまったという責任は問われるものの、毅然とした対応により首の皮一枚、その存在を保った。


 王都の路地裏。

 深くフードを被った男――俺は、壁に貼られたその号外を見つめていた。


 写真の中のアリアは、憂いを帯びた表情で、しかし力強く微笑んでいる。

 完璧だ。

 どこに出しても恥ずかしくない、最高の勇者の顔だ。


 俺のポケットには、ヴィンセント局長が用意してくれた、新しい身分証と片道切符が入っている。

 「レオン」という記者は死んだ。

 俺はもう、彼女の隣には立てない。彼女の名前を呼ぶことすら許されない。


 だが、それでいい。

 彼女が笑って生きていけるなら。

 世界が、彼女を愛してくれるなら。


「……いい記事だ」


 俺は小さく呟き、長年愛用していたペンを、その場に置いた。

 カラン、と乾いた音が路地裏に響く。


 俺は踵を返し、喧騒とは逆の方向へと歩き出した。

 光あふれる大通りを背に、影の中へと。


 俺の書いた最後のシナリオは、これにて完結だ。

最後までお読みいただきありがとうございます!

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