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勇者様のスポンサー ――専属記者は、秘密の恋人――  作者: エティルク・ラ・ハオン/Etilk.Ra.Haon


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第28話:喝采の頂、断罪の号砲

 鉱山都市アイゼン。

 設けられた特設会見場は、焚かれたフラッシュの光と、記者たちの熱気で蒸せ返るようだった。


 雛壇に座るのは、勇者アリアと、賢者ゼファー。

 詰めかけた記者たちが、一斉にペンや記録水晶を構えている。


「――では、今回の作戦の顛末、そして成果について、勇者アリア様よりご報告いただきます」


 司会者の言葉を受け、アリアが口を開く。

 その表情は、疲労の色を隠しきれないものの、凛とした「勇者」の仮面を被っていた。


「私たちは、アイゼンの街を恐怖に陥れていた『不可視の軍団』を殲滅した後、不覚にも、仲間であるシルフィが魔王軍に捕らわれました。ですが、彼女はただ捕らわれたわけではなく、敵拠点から決死の覚悟で信号を送り続けてくれたのです」


 記者たちは息を呑み、真剣な表情でペンを走らせる。


「その情報を元に、騎士団上層部やスポンサーの方々と緊急の作戦会議を行いました。万が一に備え、周辺都市の防衛網を強化しつつ、私たちはこれを魔王軍に対する反撃の好機と捉えました。拠点周囲の制圧は騎士団と企業の皆様に、そして深部への突入は私たち勇者パーティーが担当する総力戦を仕掛けたのです」


 アリアはそこで一度言葉を切り、会場を見渡した。

 無数のフラッシュが、彼女の決意に満ちた瞳を照らし出す。


「拠点へ潜入した私たちは、シルフィと共に、これまで行方不明となっていた市民の方々が、その拠点へと移送され、囚われている事実を突き止めました」


 会場の空気が張り詰める。記者たちが顔を上げる。


「直ちに救出作戦を決行し――生存していた被害者の方々全員を保護いたしました」


 ザワザワ……と、会場に重いどよめきが広がる。

 「全員保護」という安堵と、「生存していた」という言葉の裏にある過酷さを、プロの記者たちは敏感に察知しているのだ。


「彼らは長期間、魔王軍による非人道的な扱いを受けていました。……その心身の傷は深く、決して『解決した』と簡単に言えるものではありません」


 アリアは一度言葉を切り、誠実な眼差しで周囲の記者、および記録水晶を見渡した。


「ですが、私は約束します。彼らが日常を取り戻すその日まで、私たち勇者パーティとスポンサー企業が、責任を持って全力で支え続けることを」


 その言葉に、ゼファーも重々しく頷く。

 勇者の確固たる決意にフラッシュの光がしばらく止まなかった。


 やがて、いくつかの勇者への質疑応答も終え、続いてアイアン・ローズ重工の広報担当者が立ち上がり、新兵器の戦果と、被害者への医療支援体制について誇らしげに発表を始めた。


 俺――レオンは、最前列でその様子を記録しながら、静かにペンを置いた。

 完璧だ。

 被害者たちの心を壊された「真実」は多くは語らず、「勇者の慈悲」と「企業の技術」による救済の物語として再構築された。

 これで、アリアの名声は一層盤石なものとなる。


   ***


 翌日。

 アイゼンの街は号外を求める人々で溢れていた。


 『勇者、行方不明者を全員救出!』

 『魔王軍拠点を制圧!』


 その見出しに、人々は安堵し、勇者への感謝と希望を口にしている。


 俺は、宿泊先のホテルのスイートルームにいた。

 いつもなら本社にいるはずの男、ヴィンセント編集局長が、緊急で現地入りしていたからだ。


「……上出来だ、レオン」


 局長は窓の外の賑わいを見下ろしながら、満足げにパイプを燻らせた。


「完璧な会見だった。各社ともアリア様を絶賛している。スポンサー企業も上機嫌だ。特にアイアン・ローズ重工は、『我が社の兵器が魔王軍を圧倒した』という事実にご満悦だそうで、次回の予算増額を約束してきたぞ」


「それは何よりです。イザベラ専務にも、多大な恩を売れたでしょう」


 俺はソファに深く腰掛け、コーヒーを啜った。

 泥のように疲れていたが、まだ気は抜けない。


「ですが局長……逃げた『魔王』の動向が気になります」


「ふむ」


「制圧後の拠点はもぬけの殻でした。あれだけの規模の施設を放棄して逃げたのなら、何かしらの痕跡や次の狙いも、この後の調査で見えてくるでしょうが……。奴がただ怯えて逃げただけとは、到底思えません」


 俺の言葉に、局長はパイプを置き、重々しく口を開いた。


「……そのことだが、レオン。実はお前に伝えておかなければならない情報がある」


「情報、ですか?」


「ああ。スポンサー企業で発覚した昨今の不祥事について、ある共通点が――」


 その時だった。


 バサバサバサバサッ!!


 不意に、窓の外から無数の羽ばたき音が聞こえてきた。

 局長の言葉が遮られる。


「……なんだ?」


 俺たちが窓に近づくと、空が黒く染まっていた。

 アイゼンの上空を覆い尽くすように飛来したのは、巨大な怪鳥の群れ――『ハーピー』だ。

 それぞれの足には、大きな布袋が提げられている。


「魔王軍の残党か!? すぐに避難誘導と迎撃を……」


 局長が眉を顰めた瞬間、怪鳥たちが一斉に袋の口を開いた。


 バラララララララッ……!


 空から、白い雪のようなものが降り注いだ。

 いや、雪じゃない。

 それは無数の「紙」だった。


 ビラが、号外が、紙吹雪のように街中へ降り注ぐ。

 市民たちが何事かと空を見上げ、落ちてきた紙を手に取るのが見えた。


 バンッ!!


 部屋のドアが乱暴に開かれた。

 飛び込んできたのは、ヴィンセント局長に付き従ってアイゼンにやってきた編集長だ。その手には、今しがた空から降ってきた一枚の紙が握りしめられている。


「き、局長! レオン君! た、大変です!!」


「……何事だ」


 ヴィンセント局長は動じることなく、低い声で問う。

 編集長は震える手で、そのビラをテーブルに広げた。


「こ、これを……! 空から、こんなものが……!」


 それは、粗悪な再生紙に、どす黒いインクで刷られた「怪文書」だった。

 だが、そこには、目にした瞬間に心臓が凍りつくような、巨大な見出しが踊っていた。


『【暴露】血と涙の祈りを男に貢ぐ女。勇者アリア、世界を騙してヒモに出世を買い与える日々』


 俺は無言で、その記事の本文を目で追った。


 ――勇者アリアは、皆様が信じるような気高い聖女ではない。

 ――彼女は一介の専属記者に精神的に依存し、彼がいなければ剣も握れない「操り人形」だ。

 ――彼に出世と名声を与えるためだけに剣を振るう「哀れな貢ぎ女」だ。


 記事には、具体的な日時と場所、そして「会話の内容」まで克明に記されていた。


 『……ねぇ、レオン。私、怖いよ』

 『……貴方がいないと、私はただの剣を振るう人形になってしまう』


 出撃直前の、あの弱音。

 それが、文脈を歪められ、「勇者が男に媚び、依存している証拠」として掲載されている。


 また、事実無根の会話まで記されていた。


 『……ねぇ、私が魔物をたくさん倒せば、貴方の書く記事が売れて、もっと偉くなれるわよね?』

 『……だから私、もっと頑張るから。ずっと私の傍にいてね』


 締めくくりには、こう書かれている。


『市民諸君。君たちの祈りは、この「弱い女」が男に甘えるための力として消費された。彼女は世界のために戦っているのではない。この男に愛されるために、勇者ごっこをしているに過ぎないのだ。これが、君たちの信じた「勇者」の正体だ』


「……馬鹿げている」


 ヴィンセント局長が、顔をしかめて吐き捨てた。怒鳴り散らすことはないが、その瞳には静かな、しかし強烈な怒りが宿っている。


「こんな三文記事、誰が信じるというのだ。回収だ。直ちに全て回収させろ」


「で、ですが局長……! 街の人々が……!」


 編集長が窓の外を指差す。

 さっきまで勇者を称えていた広場の空気が、一変していた。

 人々はビラを拾い読み、顔を見合わせ、やがてその視線が、疑念を含んだものへと変わっていく。


「おい、これ……本当なのか?」

「勇者様が、男に依存してるって……」

「俺たちの祈りが……男遊びに使われていたのか?」

「裏切られた……聖女だと思っていたのに!」


 群衆のざわめきが、波紋のように広がっていく。

 証拠はない。

 だが、敵は知っているのだ。「清廉潔白な偶像」が汚れているかもしれないという疑念こそが、大衆の心を最も蝕む毒であることを。


 勝手に理想を押し付け、勝手に裏切られたと怒る。

 人々の勇者像がぶれる。


 いつだったかミーナに説明したが、人々の勇者像の認識が一つに同期するほど、勇者は強大な力を得られるというのに。

 今、それが崩れようとしている。世界中にこの記事がばらまかれているのだとしたら。


「……レオン」


 局長が、低い声で俺の名を呼んだ。


(こんな日はずっと来ないことを願っていた……)


 俺は姿勢を正し、局長に向き直る。


「お話があります、ヴィンセント局長。実は――」

最後までお読みいただきありがとうございます!

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