表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者様のスポンサー ――専属記者は、秘密の恋人――  作者: エティルク・ラ・ハオン/Etilk.Ra.Haon


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/36

第27話:虚飾の玉座、返却された人形/アリア

 タッタッタッ……。


 私の足音だけが、無機質な廊下に響いている。

 背後から聞こえていた人々の悲鳴はもう遠い。あそこはもう大丈夫だ。ゼファーさんとライアンさんが、責任を持って保護してくれている。


 ここは、静かすぎる。

 壁も床も、継ぎ目のない白い金属で覆われている。先ほどまでの『絶望の生産工場』のような血生臭さはない。代わりに、鼻をつくような薬品の臭いと、肌にまとわりつく冷気が充満している。


「……ッ、はぁ、はぁ」


 走るたびに、心臓が早鐘を打つ。

 ライアンさんは言った。『頭は常に冷静であれ』と。

 分かっている。分かっているけれど、思考の端から怒りが溢れて止まらない。


 あの工場で見た光景。

 絶望をシステム化し、人を資源として消費する悪魔の所業。

 それを指揮しているのが、あの「声」の主だとしたら。


(許さない……絶対に、許さない!)


 私は足を速めた。

 廊下の突き当たり。巨大な観音開きの扉が、私を待つように開かれていた。


   ***


 扉の先は、ドーム状の広大な空間だった。

 壁一面に埋め込まれた青白い魔導ランプが、部屋の中央をスポットライトのように照らし出している。


 そこに、玉座があった。

 いや、あれは玉座ではない。鉄パイプと配線を無造作に組み上げて作った、悪趣味なオブジェだ。


 そこに座って足を組んでいる人影が一つ。

 黒いコートを纏い、顔にはペスト医師のような鳥の仮面をつけている。


『――ヨウコソ、勇者アリア。待ッテイタヨ』


 仮面の奥から、あのノイズ混じりの声が響く。


「……お前が、魔王」


 私は剣を構え、ジリジリと間合いを詰める。

 バイザー越しの視界。奴の体温は極めて低い。まるで死体のようだ。だが、その体から立ち上る魔力の密度は、先ほどの獣たちとは桁が違う。


『ソウ殺気立ツナ。……感動ノ対面ダロウ?』


 魔王は、私の剣を見ても動じることなく、芝居がかった動作で手を広げた。


『外デハ派手ナ花火ガ上ガッテイルナ。オ前ノ仲間タチハ優秀ダ。我ガ軍ノ主力ヲ巧ミニ外へ「釣リ出シテ」クレタオカゲデ、コノ拠点ハモヌケノ殻ダ』


「……当たり前よ」


 私は睨みつける。


「策は完璧なの。あなたたちが外の迎撃に気を取られている間に、私たちは内部の人質を解放した。……あなたの負けよ、魔王」


『負ケ? ハハハ! ソレハドウカナ』


 魔王が愉快そうに肩を揺らす。


『確カニ、オ前ハ「肉体」ハ救ッタカモシレナイ。ダガ、彼ラノ「心」ハ? 先程見タダロウ? 解放サレテモ尚、怯エ、泣キ叫ブ彼ラノ姿ヲ。アレヲ救ッタト言エルノカ?』


「っ……!」


 図星だった。

 私の歌でも、彼らの心の傷は癒せなかった。


『人間トイウノハ脆イ生キ物ダ。一度壊レタ心ハ、元ニハ戻ラナイ。オ前ガ取リ戻シタノハ、タダノ「壊レタ器」ニ過ギナイノダヨ』


「……黙りなさい。私は、詭弁を聞きに来たんじゃない」


 私は奥歯を噛み締め、剣に魔力を流し込む。

 青い光が刀身を包む。


「シルフィを返しなさい。さもなくば、お前を斬る」


『ククク……イイ目ダ。ダガ、タダデ返スワケニハイカナイ』


 魔王が指を鳴らした。

 瞬間、彼の足元の影が爆発的に膨れ上がり、数本の巨大な「黒い槍」となって私に襲いかかってきた。


「ッ!!」


 速い。

 私は反射的に横へ跳び、石床を転がって回避する。


 ドゴォッ!


 私がいた場所が、紙のように貫かれていた。


『サア、踊レ! コノ「舞台」ノ主役ハ、オ前ダ!』


 魔王が玉座から立ち上がることなく、手首を指揮者のように振るう。

 それに合わせて、部屋中の影が刃となり、鞭となり、全方位から私を襲う。


 斬る。弾く。避ける。

 息つく暇もない連撃。


(……強い。でも、単調だ!)


 数合打ち合って分かった。

 この攻撃には「意志」がない。ただ決められた動作を繰り返しているだけだ。ライアンさんのような駆け引きも、ゼファーさんのような狡猾さもない。

 ただの、強力な自動防衛システム。


「はぁぁぁっ!」


 私は影の鞭を掻い潜り、懐へと飛び込んだ。

 魔王の仮面が目の前に迫る。


『オオッ!?』


「終わりよッ!!」


 私は渾身の力で、聖剣を薙ぎ払った。

 刃が魔王の胴体を捉え――抵抗なく振り抜ける。


 ザシュッ。


 手応えは……軽すぎた。

 斬られた魔王の体からは、血の一滴も出ない。

 代わりに、プシューッという音と共に、黒い煙のような霧が噴き出した。


『……ク、クク……。サスガハ勇者……強イ、ナ……』


 魔王の体が、輪郭を保てずに崩れていく。

 仮面がカランと床に落ち、その奥には――何もなかった。

 空っぽのコートと、黒い霧だけが残された。


「……影武者?」


 私は愕然として立ち尽くした。

 こいつもまた、作られた人形だったの?


 すると、崩れ落ちた黒い霧の中から、小さな鴉が這い出てきた。

 そこから、今度はノイズのない、クリアな男の声が聞こえてきた。


『合格だ、アリア。……まさか、あの程度の「影人形」に苦戦するとは思わなかったがね』


「……どこにいるの!?」


『安全な特等席さ。……まあいい。約束通り、褒美をやろう』


 男の声と共に、部屋の奥――玉座の後ろにあった壁が、ゆっくりとスライドした。

 そこには、小さな「小部屋」があった。


 実験室のような、白い部屋。

 その中央にある簡素な椅子に、一人の少女が座っていた。


 灰色の髪。小柄な体。

 見間違えるはずがない。


「……シルフィ!」


 私は剣を捨て、駆け寄った。

 罠かもしれない。でも、体が勝手に動いた。


「シルフィ! 無事!? 私よ、アリアよ!」


 私は椅子に座る彼女の肩を掴み、揺さぶった。

 目立った外傷はない。四肢もついている。

 よかった。生きてる。本当に、よかった……!


 けれど。


「…………?」


 シルフィは、ゆっくりと顔を上げた。

 その瞳を見て、私の言葉が凍りついた。


 焦点が合っていない。

 私の顔を映しているのに、何も見ていない。

 まるで、ガラス玉のような瞳。


「シルフィ……?」


 彼女は、小首を傾げ、乾いた唇を震わせた。


「……あ、り……あ?」


「そうよ! 私よ! 助けに来たの!」


 私が抱きしめようとした、その瞬間。


「……ヒッ!」


 シルフィが、ビクリと体を強張らせ、私を突き飛ばした。


「え……?」


 突き飛ばされた私は、尻餅をつく。

 シルフィは椅子の背もたれに体を押し付け、ガタガタと震えながら、頭を抱えていた。


「ごめんなさい……ごめんなさい……いい子にします……情報を、言います……だから、痛くしないで……」


「シルフィ……私よ、アリアよ……痛くなんてしないわ……」


「知らない……知らない……。明るい……眩しい……怖い……」


 彼女は、私の「勇者の輝き」を恐れているようだった。

 いや、私個人を認識できていない。

 彼女の中にあるのは、「光を当てられると尋問が始まる」という、植え付けられた恐怖の条件反射だけ。


「そんな……嘘……」


 彼女の記憶が、壊されている。

 あるいは、心そのものが。


『感動の再会だろう?』


 這い出た鴉の嘴から、愉悦に満ちた声が響く。


『彼女の脳は少し……いや、かなり弄らせてもらった。君たちの情報、弱点、人間関係……全て引き出した後でね』


「貴様ぁぁぁ――ッ!!」


 私は鴉に向かって叫んだ。殺してやる。今すぐこの声の主を見つけ出して、八つ裂きにしてやる。


『そう怒るな。約束通り、体は無傷で返してやっただろう? さあ、連れて帰るといい。「奇跡の生還」だ。大衆は喜ぶぞ』


 男は笑う。


『ただし、覚えておけ。その娘は、私が君に贈る最高のプレゼントだ。高く持ち上げれば持ち上げるほど、落ちた時の音は響く。……精々、壊さないように大切に扱うんだな』


 プツン。


 鴉が自害した。


 部屋には、空調の音と、シルフィのうわ言だけが残された。


「……うぅ……あぁ……」


 私は、震えるシルフィに触れることもできず、ただ立ち尽くした。


 勝ったはずだった。

 要塞を落とし、敵を倒し、人質を救い出した。

 勇者の勝利だ。完全無欠のハッピーエンドだ。


 なのに。

 どうしてこんなに、寒気がするの。


 私はポケットの中の、レオンからもらった焼き菓子を握りしめた。

 硬い感触。

 ……そうだ。レオンは言っていた。『辛くなったら、これを食え』と。


(……こんな結末、許さないから)


 私は涙を拭い、意識して深く息を吸った。

 魔力を練るな。スキルを使うな。

 ただの「アリア」として、友に届く声を。


「……~~~」


 私は小さく、ハミングを始めた。

 旅の途中、神経が張り詰めて眠れない夜に、彼女の隣で私がよく口ずさんでいた、名前もない優しい旋律。


「……ぁ……」


 シルフィの耳がピクリと動く。

 うわ言が止まる。彼女の焦点の合わない瞳が、音の出処を探して彷徨う。


 私は歌い続けながら、ポケットから包みを取り出した。

 包みを開くと、バターの芳醇な香りが、薬品臭い部屋にふわりと広がった。

 厚焼きのガレット・ブルトンヌ。


「……シルフィ」


 私は膝をつき、怯える彼女の目線に合わせ、お菓子を差し出した。


「見て。秘密のお菓子屋さんが焼いてくれたの。ほら、前にもこっそり分けたこと、あったよね」


 シルフィがビクリと肩を震わせる。けれど、その鼻がひくりと動いた。

 拷問の痛みでも、尋問の光でもない。

 彼女が知っている、優しくて甘い匂い。


「……ん……」


 シルフィの虚ろな瞳が、お菓子に吸い寄せられる。

 私はガレットを半分に割り、その欠片を彼女の乾いた唇に押し当てた。


「食べて。……しょっぱくて、甘いから」


 シルフィは恐る恐る口を開け、小鳥がついばむようにそれを齧った。

 ザクリ、という音。

 口の中に広がる、海塩の塩気とバターの甘み。


 その瞬間。

 シルフィの瞳から、ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちた。


「……あ……」


 彼女の脳裏に焼き付けられた恐怖の記憶を、懐かしい味が上書きしていく。

 ある冒険の夜。二人でこっそり分け合ってお菓子を食べ、満天の星空を眺めた思い出。


「……おい、しい……」


 シルフィが、震える声で呟いた。

 焦点が結ばれる。ガラス玉のようだった瞳に、光が戻る。

 彼女は目の前の私を見て、今度こそ、私を認識した。


「……アリア?」


「っ……うん! そうよ、私よ!」


 私はたまらず彼女を抱きしめた。

 今度は、突き飛ばされなかった。

 シルフィの細い腕が、私の背中に回され、しがみついてくる。


「アリア……アリアぁ……ッ! 怖かった、怖かったよぉ……!」


「ごめんね……遅くなって、ごめんね……!」


「……ううん、迷惑かけてごめんなさい……」


「違うわ! あなたのおかげで助けられた命がたくさんあった。でも、私はあなたを失ってしまうんじゃないかと……」


 私たちは抱き合い、子供のように泣いた。

 歌とレオンのお菓子が繋ぎ止めてくれた。壊れかけた心を、ギリギリのところでこの世界に引き戻してくれた。


 普段は弱音なんて吐かないシルフィが、子供のように泣きじゃくっている。

 それだけで、彼女がどれほどの恐怖に晒されていたかが痛いほど伝わってきた。


 まだ、震えは止まらない。心の傷は深いかもしれない。

 けれど、彼女は生きている。

 味が分かる。温もりが分かる。


「……帰ろう、シルフィ」


 私は残りのガレットを口に放り込み、涙の味と一緒に噛み砕いた。

 そして、泣きじゃくる友を、宝物のように抱き上げる。


「皆が待ってる。……私たちの家に、帰ろう」


「……うん……うんっ……」


 シルフィは私の胸に顔を埋め、何度も頷いた。


 外では、世界が私の「勝利」を待っている。

 その歓声がどれほど空虚なものであっても構わない。

 この腕の中にある温もりだけが、私にとっての真実の勝利だ。


 私は、取り戻した大切な友を抱き、虚飾の玉座を後にした。

最後までお読みいただきありがとうございます!

もし面白いと感じていただけましたら、【評価】や【ブックマーク】をお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ