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勇者様のスポンサー ――専属記者は、秘密の恋人――  作者: エティルク・ラ・ハオン/Etilk.Ra.Haon


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第24話:盤上の悲劇、スポンサーたちの密約

 赤。

 赤。

 赤。


 宿の机の上に置かれた無骨な受信機が、狂ったように点滅を繰り返している。

 その不規則なリズムは、まるで助けを求める心臓の鼓動のようであり、あるいは、死へのカウントダウンのようにも見えた。


「……場所は、特定できた」


 俺は地図の上にペンを突き立てた。

 大陸西部。人間の生存圏と魔王領域の境界にある広大な荒野。その中にある『大地の裂け目』。

 上空からの偵察ではただの亀裂にしか見えないその場所が、魔王軍の拠点だったのだ。


「行こう、レオン! 今すぐに!」


 アリアが剣を掴み、蒼白な顔で叫ぶ。

 その目は、恐怖と焦燥で揺れていた。無理もない。シルフィが捕まったということは、あの卓越した隠密技術と光学迷彩装備が破られたことを意味する。無事である保証などどこにもない。


「待て」


 俺は冷たく言い放ち、彼女の腕を掴んで制止した。


「離して! シルフィが……あの子が待っているのよ!?」


「行ってどうする。正面から突っ込む気か? 相手は城を構えている軍隊だぞ。しかも、こちらの技術を解析し、対策を講じているような連中だ」


 俺は努めて冷静な声を出し、地図を指差した。


「お前たち勇者パーティーの三人で突っ込めば、拠点を落とせるかどうかも分からない。ましてや、その前に人質が殺されて終わりだ。……あるいは最悪の場合、盾に使われる」


「っ……じゃあ、どうすれば……!」


 アリアが唇を噛み締め、俯く。

 俺は深く息を吐き、点滅する受信機を見つめた。

 シルフィ。お前は本当に馬鹿で、そして優秀な斥候だ。

 命と引き換えに、敵の喉元を晒してくれた。


 なら、俺たちがやるべきことは「特攻」じゃない。

 この「悲劇」を、世界を動かすための「火種」に変えることだ。


「……戦争だ」


 俺は呟き、通信機を取り出した。


「勇者の力は、人々の『信仰』。……たった今から、この救出劇を『世界規模のショー』にする。アリア、涙を拭け。お前は『悲劇のヒロインを救う、怒れる勇者』を演じてもらう」


   ***


 シルフィの現状について、賢者ゼファーや剣聖ライアンにも伝えた。


 そして数時間後。

 場所はアイゼンの街、公民館。

 昨日まで装備開発の熱気に包まれていたその会議室は今、重苦しい静寂と、張り詰めた緊張感に支配されていた。


 部屋には魔導投影水晶が設置され、「重鎮」たちの立体映像が浮かび上がっている。


 アークライト通信社、ヴィンセント編集局長。

 アイアン・ローズ重工、イザベラ専務。

 その他、スポンサー企業のお偉方が多数。


 そして、今回はただのスポンサー会議ではない。

 世界各国の首脳陣、この国の騎士団総長なんかも参加してもらった。


 そうそうたる顔ぶれを招集したのは、俺ではない。ヴィンセント局長だ。

 俺からの緊急連絡を受けた局長が、「これは現場レベルの判断を超えている」と即断し、各組織のトップに根回しを行ったのだ。


『――勇者様より、報告を受け取った』


 ヴィンセント局長が、パイプを置き、重い口を開いた。


『勇者パーティの斥候、シルフィ殿が敵本拠地にて捕縛されたとのこと。……極めて遺憾であり、緊急の対応を要する事態だ』


 会議室の空気は冷たい。

 騎士団総長が、渋い顔で腕を組んだ。


『心中はお察しするが……軍を動かすとなれば話は別だ。敵の拠点は「大地の裂け目」。天然の要害だ。攻め込めば、こちらの被害も甚大になる。たった一人の救出作戦に、国家予算と兵士の命をどれだけ割けるか……』


 正論だ。

 イザベラ専務も、上品に口元を隠しながら冷ややかに同意する。


『ええ。それに、我が社の技術が盗用されているとはいえ、正面切っての戦争はコストがかかりすぎますわ。各所への説明がつきません』


 漂うのは「慎重論」と「見捨て」の空気。

 所詮、シルフィは替えの利く一戦力でしかない。たった一人の斥候のために、国や大企業が総力戦を挑む道理はないのだ。


 アリアが悔しそうに拳を震わせる。

 俺はそっと一歩前へ出た。


「発言をお許し願えますか」


 末席からの声に、重鎮たちの視線が集まる。


『……レオン君か。手短にな』


 ヴィンセント局長の許可を得て、俺は地図を指し示した。


「皆様のおっしゃる通りです。リスクは高い。コストも莫大だ。……ですが、これは『守り』の話ではありません」


 俺は意識して、声を張った。


「これまで我々人類は、常に魔王軍に対し『受動的』でした。襲われた街を守る、現れた魔物を倒す……。しかし今回、初めて我々は、敵の『心臓部』の位置を特定したのです」


 俺はシルフィの受信機を掲げた。


「彼女が命懸けで送ってきたこの信号は、ただのSOSではありません。人類が初めて、魔王軍に対して『攻勢』に出るための道標です。これをみすみす見逃せば、次はより強力な『不可視の軍団』が、世界全土を襲うでしょう」


 騎士団総長の眉が動く。

 俺は畳みかけるように、イザベラ専務を見た。


「それに、イザベラ専務。……御社は本当に『コスト』だけで動かないのですか? 盗まれた技術が悪用され、勇者パーティが敗北したとなれば、アイアン・ローズ重工のブランドは地に落ちます。『魔王軍に技術で負けた企業』として」


『……言葉が過ぎるわよ、記者風情が』


 イザベラの目が細められる。だが、その瞳には怒りとは違う光――計算高い実業家の色が宿っていた。


「逆に、ここで最新兵器を投入し、敵を圧倒すればどうでしょう? 『人命救助』という美しい大義名分の下、世界中が注目する戦場で、御社の技術が魔王軍を蹂躙する。……これ以上のプロモーションはありません」


 一瞬の沈黙。

 イザベラが、はっきりとは聞こえない声で一言呟く。


『……ふふ。相変わらず、こちらを見透かすように言うじゃない』


 彼女は手元の資料をスライドさせた。

 映し出されたのは、見たこともない重厚な車両や、大型魔導砲の設計図だった。


『実はね、開発部がうるさいのよ。「プロトタイプは完成しているのに、実戦データが取れない」って。……いい機会だわ。在庫処分も兼ねて、西部戦線に投入しましょう』


 空気が変わった。

 「コスト」の話が、「投資」の話に変わったのだ。


 すかさず、ヴィンセント局長がアークライト通信社の編集長に視線を送る。


『……となれば、我々の役割は「世論の形成」だな。編集長』


『ええ、承知しております。大衆は「完全無欠の勇者」よりも、「傷つき、仲間を救うために立ち上がる勇者」に熱狂する。……「悲劇の斥候、魔王の毒牙に! 涙の出撃を決意する勇者」……号外を出せば、世界中が支援に動くでしょう』


 最後に、騎士団総長が重々しく頷いた。


『……世論と兵器の支援があるなら、我々も動ける。前線付近の集落の避難誘導と、防衛線の構築は騎士団が引き受けよう。勇者殿には、その切っ先となっていただきたい』


 パズルのピースが嵌まっていく。

 一人の少女の命を救うための作戦が、大人たちの利益とメンツによって、「聖戦」へと塗り替えられていく。


「……感謝します」


 俺は深く頭を下げた。


「作戦開始は48時間後。全世界に号外を撒き、民衆の怒りと信仰をピークまで高めた状態で、一気に叩き潰します」


   ***


 会議が終わり、通信が切れた公民館の一室。

 ゼファーとライアンは準備のため、先んじて退出した。

 今は、アリアだけが、力なく椅子に座り込んでいる。


「……最低」


「ああ、そうだな」


 俺は書類を整理しながら答える。


「シルフィが命がけで送ってくれた信号を、お金と人々の扇動に変えるなんて……。あの子は、見世物じゃない」


「見世物にしないと、助けられないんだ」


 俺は手を止め、アリアの肩を掴んだ。

 強く、痛いくらいに。


「いいか、アリア。敵は要塞だ。罠も伏兵も山ほどいるだろう。少人数で忍び込み感知されれば、シルフィを盾にされる。だから、派手にやるんだ」


 俺は、自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。


「軍隊と新兵器で正面から派手に攻撃し、敵の目をそちらに釘付けにする。敵に、『勇者は救出したがっているが、スポンサーの軍隊は人質ごと拠点を吹き飛ばす気だ』と思わせて、混乱させるんだ。その隙に、アリアたち精鋭が、別ルートから最深部へ突っ込む。シルフィを救出するチャンスは、その一瞬しかない」


 アリアの瞳が揺れる。

 彼女も分かっているのだ。正論では誰も救えないことを。

 清廉潔白な勇者のままでは、泥の中にある命を拾えないことを。


「……絶対に、助けるのね?」


「ああ。俺にとっても、シルフィは……大切な仲間だ」


 俺の言葉に、アリアはようやく力を抜いた。

 その目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。


「……怖いの。あの子が、あんなに近くにいたのに……気づいてあげられなかった自分が」


 俺は無言で彼女を引き寄せ、抱きしめた。

 アリアの震えが伝わってくる。

 俺だって怖い。

 今この瞬間も、シルフィがどんな目に遭っているか想像すると、吐き気がする。


 だが、俺は勇者を支える、世界一の記者だ。

 弱みは見せない。

 震える手は、ポケットの中に隠せばいい。


「行くぞ、アリア。世界中を騙してでも、あいつを取り戻す」


   ***


 翌朝。

 世界中の主要都市に、アークライト通信社の号外が舞った。


【緊急特報! 勇者の翼、折れる!】

斥候シルフィ、魔王軍の捕虜に! 勇者アリア、涙の奪還作戦を宣言!


 その見出しは、人々の同情と怒りに火を点けた。

 街角で、酒場で、教会で。「勇者に力を!」「魔王軍を許すな!」というシュプレヒコールが巻き起こる。


 その熱狂を背に、アイアン・ローズ重工の巨大な輸送車列と、重武装した騎士団が、西へと向かって進軍を開始した。

 かつてない規模の「聖戦」が、一人の少女の命を救うためだけに、今始まろうとしていた。

最後までお読みいただきありがとうございます!

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