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第19話:悪徳企業の贖罪

 翌日の正午。

 アイゼンの街外れに、けたたましい駆動音と共に、アイアン・ローズ重工の社章が描かれた大型輸送車が到着した。


 降り立ったのは、白衣を着た十数名の技術者集団と、大量の機材だ。

 彼らの顔には疲労の色が見えるが、それ以上に「自社の技術をコケにされた怒り」と「プライド」が滲んでいた。


「――状況は聞いています、勇者様!」


 リーダー格の女性技師が、アリアに歩み寄る。


「イザベラ専務から厳命を受けています。『我が社の技術を悪用する不届き者を、魔導工学の力で丸裸にしてきなさい』と。……ご安心を。光学迷彩の原理が分かっているなら、それを剥がすのは赤子の手をひねるより簡単です」


   ***


 街の公民館を臨時のラボに改造し、即席の開発会議が始まった。

 俺とゼファー、そして技術者たちが机を囲む。


「敵の『光学迷彩』は、周囲の景色を記録水晶で撮影し、それを装甲表面の微細な素子に投影することで背景と同化しています」


 技師が図面を広げて説明する。


「ですが、欠点があります。投影にはコンマ数秒のラグがあることと、装甲表面が汚れると投影映像が歪むことです」


「つまり、汚してしまえばよいと」


 俺の言葉に、技師は頷き、カプセルのような弾丸を取り出した。


「はい。これが特製の『着弾式マーカー弾』です。殺傷能力はありませんが、中には高粘着性の蛍光塗料が入っています。これをばら撒けば、敵がどれだけ透明化していようと、塗料が付着した部分は空間に浮き上がって見えます」


 物理的に色を付けてしまえば、迷彩は意味をなさない。シンプルだが確実な手だ。


「加えて、もう一つ。……こちらが本命です」


 技師が得意げに取り出したのは、片目を覆うような形状のゴーグル――『熱源探知バイザー』だった。


「敵は景色をごまかしていますが、『熱』までは完全に遮断できていません。特に駆動系からの排熱は必ず発生します。このバイザーを使えば、障害物の向こうや迷彩の下にある熱源を、赤く光らせて視認できます」


「マーカー弾を当てるために、まずはそのバイザーで敵の位置を特定。そして、マーカー弾で光学迷彩装備を使い物にさせなくする、か」


 ゼファーが感心したようにバイザーを手に取る。

 その横で、俺も記録水晶を構え直し、感嘆の声を漏らした。


「このバイザーがあれば、霧の中でも敵の位置が丸わかりですね。……素晴らしい」


 俺たちは勝利を確信した。

 「見えない」という唯一にして最大のアドバンテージを失えば、敵はただの機材頼みの魔物に過ぎない。


 だが、俺はその時気づいていなかった。

 窓の外、霧の向こうから、その会話を「盗み聞き」している鴉がいることに。


   ***


『……ほう、『熱源探知』か』


 記者は、建物の陰で薄く笑っていた。


『今の我々の「不可視部隊」は、お互いの姿が見えないせいで連携が取れず、個々で動くしかないのが弱点だった。……だが、あのバイザーがあれば、指揮官が部下の位置を把握し、統率された「見えざる軍団」を作ることができる』


 記者は、ラボの机に置かれたバイザーの山を、貪るような目で見つめた。


『いや、それだけでは芸がないな。あのバイザーを手に入れ、感知する波長を解析すれば……次は「それ」すらも欺瞞できる。……排熱を完全に遮断する断熱装甲か、あるいは体温そのものを殺す「冷却機関」を持つ魔物か』


 記者は、くつくつと愉快そうに笑う。

 彼にとって、今この街にいる部隊など、次の進化のためのデータ収集用サンプル(捨て駒)に過ぎないのだ。


『人間は便利だ。毒を撒けば、勝手に薬を作ってくれる。……その薬、我々の「進化」のために頂くとしよう』


   ***


 開発が進む中、俺は少し離れた場所で、奇妙な光景を目にした。


 部屋の隅、機材の陰で、斥候のシルフィがリーダー格の女性技師を呼び止めて何かを話し込んでいる。

 普段は無口で、必要最低限のことしか喋らない彼女が、珍しく真剣な表情で、技術者に詰め寄っていた。


「……お願い。最高精度のものを。……出力の安全性なんてどうでもいいから、隠密性だけを極限まで高めたやつを」


 シルフィの切迫した声が、わずかに漏れ聞こえる。

 技術者は難色を示して首を振っているが、シルフィは懐から『封筒のようなもの』を無理やり握らせた。


「……これ、受け取って。……対価は、あとで『あっち』で払うから」


 技術者は戸惑いつつも、シルフィの異様な気迫に押され、渋々といった様子で頷き、別のケースから特殊な繊維のようなものを取り出していた。


(……シルフィ?)


 俺は首を傾げた。

 彼女は以前の炊き出しの時や今回で、敵の気配を察知できず、後れを取ったことを誰よりも気に病んでいた。

 おそらく、斥候としてのプライドにかけて、より高性能な迷彩装備を個人的に発注しているのだろう。


 だが、あの封筒は何だ?

 それに、「あっちで払う」とはどういう意味だ? 正規の報酬手続きを通さないつもりなのか?


(……まさかな)


 俺は頭を振って、沸き上がった不吉な想像――「敵との内通」や「裏取引」という言葉を打ち消した。

 向上心があるのはいいことだ。俺はそう無理やり解釈し、声をかけずにその場を離れた。

 この先の事件を、夢にも思わずに。


   ***


 夕刻。

 すべて準備は整った。

 アリアたちが『熱源探知バイザー』を装着し、ライアンが『マーカー弾』を装填した魔導ライフルを構える。


「作戦開始です。……これより、アイゼンの霧を晴らします!」


 アリアの号令と共に、勇者パーティ、アイアン・ローズ重工の技術者たち、そして俺も一斉に動き出す。


 反撃の狼煙は上がった。

 だが、その喧騒と混乱の裏で、保管庫に積まれていた『熱源探知バイザー』の予備機が一つ、忽然と姿を消していたことに、気づく者はまだいなかった。

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