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第2話:選別の円卓

 今回被害にあった城塞都市バレンシアの特設会場。その広い一室には、主役たちの代わりに巨大な魔導投影水晶が幾つも浮遊していた。水晶が空中に映し出すのは、各地の拠点から接続するスポンサー企業の重役たちの冷徹な顔だ。


 リモート形式で行われる「スポンサー会議」。俺――レオンは、勇者専属記者として、アリアの背後の記者席でその様子を静かに見守っていた。


 アリアは円卓の中央で、一点の曇りもない勇者然とした顔でモニターを見据えている。その隣には、勇者パーティの知恵袋である賢者ゼファーが控え、眼鏡の奥の鋭い視線を画面に走らせていた。


 第一声の、アリアの涼やかな声が響く。


「――では、議題に入りましょう。今回被害に遭われた城塞都市バレンシア西区復興におけるリソースの再分配についてです」


 水晶の向こうで、物流業のG-ロジスティクスのマルコム常務が傲慢に口を開いた。


『我が社は、以前被害のあった南部の小都市「リナール」への継続支援を打ち切り、その全リソースを今回の西区復興に集中させることを提案します。リナールのような辺境の小都市に物資を送り続けるのは非効率だ。勇者様も、最大多数の幸福を優先すべきだと思われませんか?』


 アリアの眉がぴくりと動く。リナールの人々を見捨てるなど、彼女の信条が許すはずがない。

 即座に、賢者ゼファーが凛とした声で反論した。


「マルコム殿、その提案はあまりに短視眼的だ。魔導力学的な観点から言えば、支援を打ち切られた都市に生まれる『絶望』は、魔王軍にとって格好のエネルギー源となる。一点を救うために他点を腐らせるのは、戦術的な敗北に等しい」


『だが、予算は無限ではないのだよ、賢者殿!』


 画面越しに罵声が飛び交う。俺は懐の『囁きの魔石』を握り込んだ。この魔石は、画面の中の一人――俺の上司であるヴィンセント編集局長の受信機と繋がっている。


 俺が、若くもこの「勇者専属」の椅子を掴み取ったのは、彼が俺の文才を高く買ってくれたことだけが理由ではない。俺がアリアの幼馴染であり、彼女の感情を最も効率的に「制御」できるカードを持っていると、ヴィンセント局長にのみ明かしたからだ。

 彼は、俺に、幼馴染であることは隠し通せと厳命し、勇者専属記者に任命してくれた。そんなヴィンセント局長には感謝しかない。

 だが、そんな彼にも、実際には恋仲であることは伏せている。


 ヴィンセント局長は、単なる報道の現場責任者ではない。彼もまた、我らアークライト通信社という巨大スポンサーの代表として、この円卓に席を持っているのだ。

 俺は思考を切り替え、上司である彼に念話を飛ばした。


(局長。マルコム氏の案はリスクです。「救済の選別」が噂されれば、勇者のブランドが崩壊します。人々は「次は自分が切り捨てられる番か」と疑心暗鬼に陥り、信仰は劇的に減衰するでしょう。損切りではなく、リナールの成功例を西区への「希望の先行投資」として宣伝に利用すべきです)


 俺が念じたロジックを、画面の向こうのヴィンセント局長が受け取る。


『……マルコム殿、賢者殿の言う通りだ』


 ヴィンセント局長が静かに、だが重みのある声で介入した。


『アークライト通信社による世論調査では、国民が勇者に求めているのは「冷徹な効率」ではなく「絶対的な希望」です。リナールを見捨てれば、西区の民も「明日は我が身」と恐怖を抱く。その恐怖が魔王を太らせ、結果的に復興コストを増大させるでしょう。損切りではなく、リナールの復興成功例を西区への希望として「宣伝」に利用すべきです』


 情報のプロの指摘に、マルコム氏が苦虫を噛み潰したような顔で黙り込む。

 

 ――このスポンサー会議における企業は、物資や装備などのモノを提供するスポンサーが大半だ。だが、アークライト通信社などの印刷・出版業――報道を行う機関は、スポンサーの中でも特殊な位置にいる。

 我々は資金を出すと同時に、その資金で『勇者という物語』を編み出すプロデューサーの側面もある。そのため、このスポンサー会議でのヴィンセント局長の発言は重い。

 

 局長は、マルコム氏の留飲を下げるためのフォローも忘れなかった。


『マルコム殿の提案は、スポンサーとして極めて合理的であり、私も本来であれば賛同したい。しかし、人々の希望の感情が勇者の力となる以上、理屈よりも物語を優先せざるを得ない。何卒ご理解いただきたい』


 一先ずこの議題は、政府の復興支援状況と足並みを揃える必要があるとして保留となった。リナールの復興支援は継続しつつ、この西区の新規支援も基礎的なものから始めることで合意した。


   ***


 会議はまだ終わらない。新たな議題の立体映像が投影された。アイアン・ローズ重工のイザベラ専務だ。


『次号の宣伝戦略に合わせ、新装備の提案を。勇者様、こちらの「魔導ドレス・アイリス」を着用していただきたい』


 提示された立体映像に、俺の思考が一瞬フリーズした。それは「ドレス」とは名ばかりの、極限まで布面積を削ぎ落とした、露出度の高すぎる鎧だった。


『人々の目を引く美しさは、信仰心を爆発させます。一見、無防備な露出に見えるかもしれませんが……ご安心を。これらは全て、光学処理で透明化した『不可視装甲』です。美観を損ねず、かつ防御性能も一切犠牲にしていませんわ。……いかがです?』


 アリアの表情が強張る。ゼファーも不快そうに目を細めた。俺の心臓は、個人的な怒りと……独占欲で激しく脈打つ。ふざけるな! あんな格好、公衆の面前に晒させてたまるか!


(局長。即刻却下を! アイアン・ローズ重工の提案は、短期的な注目と引き換えに、勇者の神聖性を損ないます。特に保守的な教会層や、彼女を姉のように慕う子供たちの『清純な憧れ』を破壊し、親世代の不信感を買うリスクが極めて高い。ブランドイメージの『安売り』は、信仰の質の劣化に直結します)


 俺の指先が、怒りで熱を帯びる。


(あと、単純に目のやり場に困ります。以上)


 ヴィンセント局長が僅かに噴き出すのを堪えたのが見えた。


『――イザベラ殿、却下だ。我が社のブランディング方針に合致しない。……むしろアリア様には、泥にまみれた「復興の炊き出し」の現場に立っていただく。その方が、今の世論には深く刺さる』


『炊き出し……? 勇者様にそんな雑務を?』


『雑務ではありません。……「奇跡の再現」ですよ』


『そうですか。……とはいえ、一番大切な勇者様のご意見を伺わなければなりませんよね。ふふ、勇者アリア様。こちらの自信作の装備、いかがでしょうか』


 頬を赤らめたアリアが一瞬振り返り、記者席の俺を見つめる。俺はアイコンタクトだけで否定の意を伝えた。それを見て、アリアは毅然とした態度で答える。


「イザベラ様のご厚意は大変ありがたいですが、私もヴィンセント様の意見に同意します」


『あらあら、それは残念です……。ですが、勇者様がそうおっしゃるのであれば仕方ありません。それでは、より勇者様に気に入っていただける装備をこれからも開発してまいりますので、また次の機会、よろしくお願いいたしますわ』


 めげないイザベラ氏に、アリアが少々気圧される。とはいえ、この議題はこれで終了となった。


   ***


 会議が終わり、水晶の光が消える。

 結局、この会議で決定した主要なものは、西区で炊き出しを行うこと程度だった。取り急ぎは予算を「食材」に計上し、その配布の様子はアークライト通信社を含む、各種報道機関によって報道される。

 G-ロジスティクスも、その物流網を以て、その「企業イメージ向上」のために協力いただく手はずとなった。


 帰り支度を整え、俺より先に席を発ったアリアが、密かに俺に目くばせをする。俺も周りに気づかれないように小さく手を振れば、アリアがはにかんだように笑ってくれた。そんな様子が可愛いと思いながら、非常事態の中とはいえ、幸せを感じていた。

最後までお読みいただきありがとうございます!

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