第18話:鉄屑の亡霊たち
戦闘の興奮が冷めやらぬ中、霧に包まれたアイゼンの通りには、焦げ臭いにおいが充満していた。
それは生物が焼ける臭いと、何かがショートしたような金属的な臭いが混ざった、不快なものだった。
「……やはりな」
ゼファーが、黒く炭化した地面に膝をつき、灰の中から「何か」を拾い上げた。
それは、高熱で溶解し原形を留めていないが、わずかに魔力回路の輝きを残した金属片だった。
「こいつは魔術による隠蔽じゃない。魔導工学的な迷彩技術だ」
ゼファーが眼鏡の位置を直し、冷静に分析結果を告げる。
「シルフィが気配を察知できなかったのも道理だ。奴らは魔力で姿を隠していたわけじゃない。周囲の景色を記録水晶のように取り込み、装甲の表面に投影して『背景と同化』していたんだ。……風の流れすら計算して逃がす流線形のフォルム。これは自然発生した魔物じゃない。高度な『魔導工学技術』の産物だ」
俺の脳裏で、バラバラだったピースがカチリと嵌まった。
城塞都市バレンシアの炊き出し会場を襲ったアサシン・リーパー。あいつも透明化していた。
そして城塞都市バレンシア復興のスポンサー会議。アイアン・ローズ重工のイザベラ専務が提案した、悪趣味な企画。
――『勇者様の美しさを損なわない、透明なドレスのような鎧!』
「……あの時の技術か」
俺は吐き捨てるように呟いた。
イザベラはあの時、確かにその技術を自慢していた。だが、勇者のブランディング方針に合致しないことを理由に、企画はお蔵入りになった。
俺は、助け出された青年に歩み寄った。彼はまだガタガタと震えている。
「大丈夫ですか。……あなたを襲った『見えない敵』について、何か気づいたことはありませんか? 捕まった時、肌に触れた感触とか」
「あ、ああ……。冷たかった……。生き物の肌じゃなくて、ゴツゴツした鉄のような……。それに、奴が一瞬見えた時、変なものが付いていたんだ」
「変なもの?」
「背中に……『薔薇のマーク』が……一瞬赤く光って……」
決まりだ。
俺は懐から通信機を取り出した。
「ゼファー様、アリア様。少し席を外します。……犯人の親玉に目星がつきました。電話してまいります」
***
俺は民家の陰に入り、防音結界を展開してから、特定の周波数にコールした。
相手は王都のアイアン・ローズ重工本社、イザベラ専務の執務室直通だ。
数コールの後、不機嫌そうな、けれど焦りを隠せない女性の声が響いた。
『……誰よ! 今、私がどれだけ忙しいか分かってかけてるの!? 甥っ子の捜索状況の報告以外なら、即座に切りなさい!』
「ご安心を。その捜索状況の報告ですよ、イザベラ専務」
俺が名乗ると、向こうの空気が一変した。
『レオン!? レオン・あー……何だっけ、記者さん! どう!? 私の可愛い甥っ子は!? 彼は無事なの!?』
「甥御さんの安否はまだ不明です。ですが、彼を攫った犯人の正体と、その手口は判明しました」
俺は言葉を区切り、冷徹に告げた。
「犯人は、御社の『ゴミ』です」
『は……? 何を言って……』
「アイゼン近郊の『廃棄の谷』。そこに御社が不法投棄していた、試作兵器のスクラップの山です。……特に、開発中止になった『光学迷彩装甲』の失敗作。心当たりがおありでしょう?」
通信機の向こうで、息を呑む気配がした。
『な、なぜそれを……。い、いや、あれは適切な処理業者に委託して……』
「しらばっくれても無駄です。証拠写真は押さえています。……ここからは俺の推測ですが、谷に住み着いた知能の低い魔物――スカベンジャーたちが、そのスクラップを拾った。奴らは弱い自分を守るために、本能的にその『見えなくなる鎧』を身につけたんでしょう。以前、スポンサー会議でご提案されていたドレスは、装備部分のみ透明化できるようでしたね。おそらく、出力を上げることで短時間だけでも姿を消せる技術が備わっていたのではないですか?」
俺は、先ほどの戦闘で拾った溶解した金属片を、弄びながら続ける。
「あとは……奴らは音もなく近づいてきました。……もしかして、『静音ブーツ』や『消音装甲』といった、隠密行動用の試作品も一緒に捨てていたんじゃないですか?」
『……っ!』
カマをかけた形だが、図星のようだ。
「先日の炊き出しにおける、アサシン・リーパーの襲撃でそれが行われた。知能の低いスカベンジャーといえど、魔王が生み出した配下の一部なのでしょうね。今現在、技術は魔王軍に盗まれ、利用されている」
彼女は沈黙した。それは肯定を意味していた。
光学迷彩だけでなく、隠密性を高めるためのあらゆる技術を開発し、そして失敗作を山のように生み出したのだろう。
「皮肉な話ですよ。あなたが『勇者を美しく見せるため』に作った技術が、今は人を攫い、殺すための『透明な凶器』になっている。……あなたの甥御さんを消したのも、おそらくその『ゴミ』を装備した魔物だ」
『嘘よ……そんな、まさか……』
イザベラの声が震えている。
彼女は強欲で、少し倫理観が欠如しているが、根っからの悪人ではない。ただ、自分の作ったものがどう使われるかへの想像力が、致命的に欠けているだけだ。
「事実です。先ほど、我々の目の前で労働者が一人、襲われました。……イザベラ専務、これは御社の不祥事――スキャンダルだ。もしこの事実を『アークライト通信』が報じれば、御社の評価はどうなると思いますか? 勇者の命を危険に晒し、民衆を魔物の餌食にした企業として、スポンサーの特権も剥奪されるでしょうね」
『ひっ……!』
通話越しに聞こえる声だけでも、彼女のうろたえる姿が目に浮かぶ。
『待って! お願い、それだけは! 会社が潰れたら、私は……それに、甥っ子だって……!』
錯乱する彼女に対し、俺は静かに「提案」という名の脅迫を切り出した。
「……ですが、私も鬼じゃない。取引をしましょう」
『と、取引……?』
「私はこの不法投棄の事実を、公には伏せます。『魔王軍が御社の倉庫から技術を盗み出した』というストーリーに書き換えてもいい」
『ほ、本当!? ありがとう、レオンちゃん! あなたは命の恩人よ!』
「――ただし」
俺は声を低くした。
「条件があります。……責任を持って、この『透明な悪意』を可視化するための技術を提供してください」
『え?』
「毒を撒いたのはあなた方だ。なら、解毒剤も開発できるでしょう? 光学迷彩の原理を知り尽くしている御社なら、それを無効化する手段も分かるはずだ」
少しの沈黙。そして、技術者としての彼女のプライドが、わずかに反応した。
『……当たり前よ。うちの技術は完璧なんだから、それを破るのも、うちにしかできないわ』
「結構。では、最高レベルの技術者チームと、対抗装備を至急現地へ送ってください。……甥御さんを助けたいなら、一刻も早く」
『わかったわ! 今すぐ「対ステルス用解析班」を結成させて、そっちへ向かわせる! ……甥っ子を、必ず助けてちょうだいね!』
通話が切れた。
俺は大きく息を吐き、通信機をしまった。
***
俺が戻ると、アリアたちが不安げに待っていた。
「レオンさん、どうでした?」
「ええ、話はつきました。……透明化の原因は、アイアン・ローズ重工の装備です。魔物が企業の廃棄した『光学迷彩』や『消音』の試作品を装備しています」
アリアが目を見開く。
「そんな……。じゃあ、私たちが戦っているのは……」
「中身は魔物ですが、皮は最新鋭の兵器で武装した軍団です。……ですが、安心してください。今、メーカーに『攻略本』を取り寄せたところです」
俺は霧に覆われた街を見上げた。
どこからか、視線を感じる気がする。
だが、もう焦る必要はない。
「アイアン・ローズ重工の技術部隊が到着次第、反撃を開始しましょう。……見えないために勝てないなら、見えるようにしてやればいい。それまでは、この街を死守しましょう」
アリアが力強く頷く。
見えない敵への恐怖はまだある。だが、「正体」が分かった今、それは得体の知れない怪異から、攻略すべき「物理的な障害」へと変わっていた。
俺たちは霧の中で、到着するはずの「解毒剤」を待つことにした。
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