第16話:賢者の推論、あるいは共犯者への祝杯/ゼファー
魔導エンジンの低い駆動音が、心地よい揺れと共に響いていた。
行きは騎獣を駆っての強行軍だったが、帰路はG-ロジスティクスが手配したVIP用の大型魔導車での移動となっていた。
なにせ、今回の騒動の主原因を作った企業だ。勇者一行への「お詫び」と「機嫌取り」の意味も込められた、最高級の乗り心地を提供する車両である。それに、徹夜明けからの魔王軍との戦闘、【追憶の残響】スキルの発動で魔力と精神力を使い果たし、その後に民衆のケアまでしていたアリアに、帰路も騎獣の手綱を握らせるのは酷というものだろう。
運転席には、新しい玩具に興味津々の剣聖ライアンと、助手席には、無表情だがおそらく呆れているシルフィが座っている。
そして、広々とした後部座席には私と、向かい側にアリア、そしてその隣に専属記者のレオン殿が座っていた。
「…………」
アリアは、コクリコクリと船をこいでいた。
リナールでの激闘――物理的な戦闘よりも、精神的な消耗が激しかったのだろう。普段の凛とした「勇者」の仮面は外れ、素の無防備な寝顔を晒している。
私は窓の外を流れる景色を眺めながら、ふと、向かいの男に視線をやった。
記者殿は、膝の上で手帳を広げ、何やらペンを走らせている。アリアの眠りを邪魔しないよう見守りつつ、そのペン先は決して止まらない。
(……10年、か)
私が「賢者」として、命じられるままこの娘の教育係兼参謀となってから、それだけの歳月が流れた。
アリアは優秀だった。いや、優秀すぎたと言ってもいい。
弱音を吐かず、常に民衆の希望であろうと己を律し続けてきた。だが、その完璧さは、時に見ていて痛々しいほどの「危うさ」を孕んでいた。
だが、ここ数年。私はある違和感に気づいていた。
孤独なはずの彼女が、ふとした瞬間に見せる「安らぎ」の存在だ。
野営の夜、誰も聞いていないと思って彼女が呟いていた言葉。
『……大丈夫。あの約束があるから』
当初、私はそれを神への祈りか、あるいは離れ離れとなった家族への誓いか何かだと思っていた。
だが、違ったようだ。
私の脳裏に、先日行われたスポンサー会議の光景が蘇る。
アイアン・ローズ重工のふざけた露出装備案が出された時だ。アリアは真っ先に、私やヴィンセント殿ではなく、背後の記者席を振り返った。
その瞳は、助けを求めるようでありながら、どこか甘えるような色を帯びていた。そして、提案が却下された後の、あのはにかんだ笑顔。
あの時は、「なぜ、記者席に?」と首を傾げたものだが……今なら、すべての点と点が線で繋がる。
リナールの森で、私が彼にアリアの護衛を任せた時。
『……今のアリアに必要なのは、剣による護衛ではなさそうだからな』
そうカマをかけた時の、彼の一瞬の動揺と、その後の『命に代えても』という即答。あれは、単なる記者の職業倫理から出る言葉ではない。
(なるほど。勇者とは孤独な生贄だと思っていたが……どうやら彼女には、最強の『共犯者』がいたらしい)
私は顎ひげを撫でながら、密かにほくそ笑んだ。
アリアが今回、絶望の淵から立ち直り、新たなスキルまで覚醒させていた理由。それは私の魔法でも、民衆の信仰でもない。隣に座るこの男の支えだったのだ。
ガタン。
不意に車輪が石を踏み、車体が小さく揺れた。
その拍子に、眠っていたアリアの頭がカクンと傾き、隣に座る記者殿の肩に預けられた。
「っ!?」
記者殿が、電気に打たれたように身体を硬直させる。
彼は慌てふためき、恐る恐る私の方を見た。
……ふっ、おそらく彼はまだ、私が二人の関係性に確信をもって気付いているのか、計りかねているのだろう。
「あ、あの……ゼファー様。これは、その……不可抗力でして……すぐに起こし……」
しどろもどろに言い訳をする彼を見て、私は小さく息を吐いた。
やはり、まだ若い。
策士の顔をしたかと思えば、これだ。
私は持っていた杖を横に置き、腕を組んで深くシートに背を預けた。
「……構わん」
「え?」
「到着まで、まだ時間はある。……私も少し眠るとしよう。年寄りは目が霞んでな、何も見えんよ」
私はそう言って、わざとらしく目を閉じた。
記者殿が安堵と若干の諦めの息を漏らす気配が伝わってくる。
世界を救う勇者の、唯一の安息所。
それを暴くほど、私は野暮な年寄りではないつもりだ。
この心地よい揺れに身を任せながら、私は頼もしい「共犯者」の出現に、心の中で密かな祝杯を挙げた。
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