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第14話:共鳴する魂、書き換えられる絶望

 夜明け前、空が白み始めた頃。

 俺とアリア、ゼファー、そして俺に襟首を掴まれたトマスは、広場を見下ろす建物の屋根に潜んでいた。


「……そろそろですね」


 俺が時計を確認した、その瞬間。


 ドォォォォォン!!


 街の最奥、倉庫街の方角で、大地を揺るがすような爆発音が轟いた。

 巨大な火柱が上がり、夜明けの空を赤く染め上げる。


   ***


 ――昨夜。

 闇に包まれた林の中。ゼファーたちが持ち帰った情報を元に、俺たちは地図を広げていた。


「敵の備蓄庫を特定した。警備は手薄だったゆえ、薬物の一部をサンプルとしてくすねてきたぞ」


 ゼファーが差し出した革袋の中身を、俺は指先で確認する。乾燥した微粒子。甘い匂いがする。


「……これは、可燃性の粉ですね。しかも極めて乾燥している」


 俺はニヤリと笑った。


「ちょうどいい。みんな大好き、『粉塵爆発』を起こしましょう。ライアン様とシルフィ様は、この粉を倉庫内に充満させ、着火してください」


「爆発で備蓄を吹き飛ばすのか?」


「ええ。ですが狙いはそれだけじゃない。派手な爆音と火災で、街に潜む魔王軍の戦力を倉庫街へ引きつけます。……ふふ、これまで勇者によって滅ぼされてきた魔王軍は、人類と違って歴史がありません。初めて見る粉塵爆発に、きっと訳も分からず慌てふためくでしょう。……そして住民たちは、本能的に『火の手が上がっていない広い場所』――つまり、中央広場へと避難してくるはずです」


   ***


 ――現在。

 俺の読み通り、爆発に反応した魔物の群れが、咆哮を上げながら倉庫街へと殺到していく。

 入れ替わるように、寝間着姿の住民たちが、恐怖に駆られて広場へと集まってきた。


「火事だ!」

「魔王軍様が何とかしてくれるはずだ!」


 口々に叫ぶ彼らの顔には、恐怖の中でもなお、貼り付けたような笑顔が浮かんでいる。


「……行きます」


 アリアが短く告げ、屋根から広場の中心にある噴水の縁へと飛び降りた。

 朝日を背に受けるその姿を、住民たちが認める。


「あいつだ! 勇者だ!」

「疫病神め、また来たのか!」

「お前のせいで街が燃えてるんじゃないか!?」


 一斉に浴びせられる罵倒。石こそ飛んでこないが、その言葉の刃は物理的な痛み以上に鋭い。

 だが、アリアはもう俯かなかった。真っ直ぐに前を見据えている。


「静粛にっ!!」


 キィィィン!


 ゼファーが杖を振ると、高周波のような鋭い音と、落雷のような轟音が広場に炸裂した。

 物理的な衝撃はないが、鼓膜を震わせる魔法による威嚇だ。

 パニック状態だった住民たちは、その圧力に驚き、一瞬だけ罵声を止めて静まり返った。


   ***


 ――昨夜の作戦会議の続き。


「備蓄庫の破壊と集まった魔王軍については、すみませんが、ライアン様とシルフィ様で対応をお願いします。……ゼファー様は、勇者様の歌の『演出』に力を貸してください」


「演出、とな?」


「はい。アリア様の歌を彼らの心に届けるには、罵声をねじ伏せ、視線と耳を釘付けにする『舞台装置』が必要です」


   ***


 訪れた一瞬の静寂。

 その隙を逃さず、アリアは懐から【無垢なるオルゴール】を取り出し、蓋を開けた。

 昨夜のうちに録音しておいた、繊細な伴奏が流れ出す。


 カチ、カチ……ポロン、ポロン……。


 アリアが息を吸い込み、歌い始めた。


「……~~~♪」


 『雪解けの詩』。

 この地方で長く歌い継がれてきた、厳しい冬を耐え、春の訪れを祝う民謡。


 透き通るような歌声が、朝の冷気の中に溶け込んでいく。

 同時に、ゼファーが杖を優雅に振るった。


「舞台の幕開けだ」


 広場の上空に、キラキラと輝く氷の結晶が無数に生成される。

 それは朝日に照らされ、ダイヤモンドダストとなって広場に降り注いだ。

 殺伐とした広場が、一瞬にして幻想的な光景へと変わる。住民たちはその美しさに目を奪われ、口を開けたまま立ち尽くした。


「グルルルゥ……!」

「ガァァァァッ!」


 その時、広場の入り口から、異変を察知した魔王軍の別動隊――狼型の魔物や、巨体のオークたちがなだれ込んできた。

 言葉は発さない。ただ殺意に満ちた獣の咆哮を上げ、アリアに襲い掛かろうとする。


「歌に集中なされよ。……ハエ叩きは私の仕事だ」


 屋根の上に立つゼファーは、左手で氷の演出を維持して指揮を執りながら、右手で杖を振るった。

 不可視の風の刃が走り、飛び掛かろうとした魔物の首を次々と跳ね飛ばす。

 美しく舞う雪の中で、魔物が音もなく絶命していく光景は、恐ろしいほどに神々しかった。


 アリアの歌声が、サビに入り熱を帯びていく。

 祈るような、それでいて力強い響き。

 俺の隣にいたトマスが、不意に呻き声を上げて膝をついた。


「う、ぐ……ああ……」


「どうした、トマス」


「頭が……割れるように……」


 彼は頭を抱えて苦しんでいる。薬物による洗脳が、歌声と反発しているのだろうか。


 そして、アリアの想いが極限に達した時。

 彼女の全身から柔らかな光が溢れ出した。


 【追憶の残響】。


 光の粒子が雪と共に住民たちに降り注ぐ。

 その光は、彼らの脳内にこびりついた「薬物の快楽」や「植え付けられた恐怖」を洗い流し、その奥底に眠っていた記憶を呼び覚ます。


 貧しくても、家族で分け合ったスープの確かな味。

 凍える夜に手を握り合った、母の温もり。

 誇り高く生きていた、自分たちの姿。


「……あれ? 俺、なんで笑って……」

「母ちゃん……? 私、ひどいこと言った……」


 住民たちの瞳から、濁った色が消えていく。

 彼らは薬の禁断症状に苦しむことなく、ただ涙を流して崩れ落ちた。それは絶望の涙ではなく、正気を取り戻した安堵の涙だった。


「グオオオオオオッ!!」


 その時、爆発現場から戻ってきたらしい魔王軍の幹部と思われる個体――全身が鋼の毛に覆われた巨大な獣が、建物を踏み潰しながら広場に現れた。

 言葉はない。だが、その怒りの咆哮は、アリアの歌を掻き消すほど凄まじい。

 幹部がアリアに向けて、丸太のような腕を振り下ろす。


 ゼファーが防御魔法の構築に入ろうとするが、間に合わない。

 だが、アリアは逃げなかった。


 彼女は歌い終えたオルゴールを懐にしまうと、流れるような動作で剣を抜き放った。

 その瞳に、もう迷いはない。


「ここは楽園なんかじゃない……彼らが、人間として生きる場所よ!」


 アリアの剣が閃く。

 住民たちの「感謝」と「祈り」、そして彼女自身の「誇り」によってブーストされた一撃は、光の刃となって幹部の巨体をかち上げた。


 ズドォォン!!


 一刀両断。

 幹部の巨体が空中で両断され、光の粒子となって爆散した。


   ***


 朝日が昇りきる頃、広場は静かな喧騒に包まれていた。

 魔王軍は壊滅し、住民たちは互いに抱き合い、あるいはアリアに駆け寄って涙ながらに謝罪と感謝を伝えている。


 俺は屋根から飛び降り、アリアの元へ向かおうとした時、背後で気配が動いた。


「……先輩」


 振り返ると、トマスが立っていた。

 顔色は悪いが、その瞳からは昨夜までの「虚ろな狂気」が消えている。


「僕……長い、悪夢を見ていたような気がします。……体が重い」


「……そうか。正気に戻ったか」


 俺はトマスの肩を叩いた。彼もまた、被害者の一人だ。

 トマスは申し訳なさそうに頭を下げ、俺の後ろをついて歩き出す。


 俺は、広場で笑顔を取り戻したアリアを、そしてついでに振り返って、背後についてくるトマスの姿を記録水晶で切り取った。

 水晶の中に閉じ込められたトマスの表情は、神妙な記者の顔そのものだ。


   ***






『まさか、あの精神状態から立ち直るだけでなく、あんなデタラメな新スキルまで覚醒させていたとは……。まあいい。今回は譲ろう。だが、次に会う時は、更なる絶望でその喉ごと喰らってあげよう。……勇者よ』

最後までお読みいただきありがとうございます!

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