第11-1話:希望の輸入と、空虚な凱旋
レオン視点に戻ります。
炊き出しの襲撃があった日から一か月ほど経過した。
勇者パーティから聞き取り調査を行った後、俺――レオンは現場にも足を運んでみたが、聞き取りした内容以上のことは分からなかった。
一方、城塞都市バレンシアの復興について。こちらは一種の「倦怠期」を迎えていた。
瓦礫の撤去が進み、最低限のライフラインが確保されると、当初の熱狂的な結束は影を潜め、代わりにいつ終わるとも知れない土木作業への疲弊が市民を支配し始めていた。
「……現地から得た所感ですが、住民たちの祈りが、期待から義務へと変質しつつあると思われます」
宿泊先の自室にて。俺はヴィンセント局長と秘匿通信で繋いでいる。水晶が映し出す局長はパイプの煙を燻らせ、難しい顔をしている。
『人々は奇跡に慣れ、日常という退屈な戦いに飽き始めている。終わりの見えない復興に人々は疲弊し、それはいずれ勇者の力の減衰にも繋がる』
「ええ。……それで、今朝の臨時スポンサー会議で決定した内容――以前被災された南部の小都市『リナール』への視察は、その打開策になり得るでしょうか」
『そうなると良いが……。だが、私が臨時スポンサー会議を開いたのは、裏の理由がある』
ヴィンセント局長は一通の報告書を、通信の水晶に映した。それは局長が数日前、個人的な直感――先のスポンサー会議でG-ロジスティクスのマルコム常務が見せた、不自然な沈黙への疑念――から、リナールに滞在していた若手記者、トマスのものらしい。
『読んでみろ。リナールからの報告だ』
俺は映し出された報告書に目を走らせる。だが、数行読んだだけで眉間に皺を寄せた。
『リナールは至って平和です。支援物資も十分。これ以上の取材は不要と思われます。追加の予算も要りません。市民は皆、等しく幸福であり、語るべき不満は何一つ存在しません』
「……トマスらしくありませんね。彼はもっと、現場の泥臭いエピソードを拾い上げる男だ。これはまるで、広報パンフレットの定型文だ」
『ああ。さらに不気味なのは、この報告が届いた直後から、リナールの住民名義での感謝の手紙が王都へ殺到していることだ。支援を継続しているG-ロジスティクスは『我が社の物流革命の成果だ』と鼻高々だが……。何か、致命的な嘘が混じっている』
ヴィンセント局長は椅子を回し、俺を真っ直ぐに見据えた。
『そこで、臨時スポンサー会議で、「バレンシアの復興を加速させるため、成功例であるリナールの光を勇者が直接確認し、その熱量を持ち帰るべきだ」と提案した』
「……そういうことでしたか。表向きは、リナールの『希望』をバレンシアへ輸入するという名目ですね。大衆への見せ方としては完璧です」
『マルコムはなぜか難色を示したが、その他のスポンサーが乗った。勇者一行のリナール派遣は決定事項だ。お前も専属記者としてリナールへ向かい、リナールの実情を確認しろ』
局長はパイプを吹かし、どこか気持ちを落ち着かせるようにしている。
『私の杞憂で、実際にトマスの報告通りであり、表向きの理由の通りに物事が進めば何も問題ない。だが、私はやはり何か気になる。十分注意して行け』
「……承知しました」
***
打ち合わせを終えた俺は、その足で勇者パーティーの元へ向かう。いつ出発するのか等、予定を確認するためだ。
彼らの元へ着くと、不安げな表情を浮かべたアリアがいた。彼女はバレンシアの現状に責任を感じており、ここを離れることに強い抵抗感を抱いているようだ。勇者パーティーの面々と、視察について議論している声が届く。
「……私、今はバレンシアの方々を置いて行けないわ。まだ家も建っていないし、泣いている子供たちもいるのに」
「臨時スポンサー会議でも話していたが、そのバレンシアの皆のためだ」
賢者ゼファーが穏やかな声で彼女を諭している。
勇者パーティーの面々に割って入るのは引けるが、アリアに納得してもらうために声をかける。
「失礼、私からも……。今、バレンシアには石材や木材以上に必要なものがあります。『ここは必ず元通りになる』という確信なんです。リナールで起きた奇跡をアリア様がその目で確かめ、アリア様の言葉でそれを語る。その記事が号外となってバレンシアを駆け巡る時、人々の心には再び火が灯るのだと思います」
「リナールの光を……みんなに?」
「ええ。あなたがバレンシアを救うために、リナールへ行く。これは勇者アリア様にしかできない、最高に価値のある『取材』なんです」
アリアは碧い瞳を揺らし、やがて小さく頷いた。彼女が勇者としての決意を固める一方で、俺はトマスの報告書を思い出す。
――「市民は皆、等しく幸福であり」。
その言葉が、不協和音のように俺の耳の奥で鳴り続けていた。
***
バレンシアからリナールまでの距離を、地上を行く魔導車で辿れば丸一日~二日は下らない。だが、騎獣に乗れば、その距離はわずか数時間の「空の散歩」へと短縮される。
騎獣による空の移動は、平時から利用しているような者はほとんどいない。一頭の騎獣を一か月維持するコストは、一小隊を一年間養う予算に匹敵するのだ。だが、勇者パーティーと専属記者の俺には、スポンサーからペガサスやグリフォンが特別に貸し出されている。
「……見て、みんな! リナールの街が見えてきたわ!」
白銀の翼を持つペガサスの背で、アリアが歓声を上げる。彼女の視線の先、緑豊かな平原の中に、まるで絵画のような美しい街並みが広がっていた。瓦礫一つ見当たらず、陽光を反射する真新しい赤い屋根。それはバレンシアの泥臭い復興現場とは対極にある、完成された「楽園」の姿だった。
だが、俺は手綱を握る手に僅かな力を込めた。上空から俯瞰する物流の「流れ」が、事前に把握していたG-ロジスティクスの運行計画と決定的に食い違っている。
(……静かすぎる。コンテナを積んだ魔導輸送車も、空輸部隊の姿もない。物流が止まっているのに、なぜ街はこんなに綺麗なんだ?)
***
俺たちは街外れの開けた場所に着地した。
騒ぎを起こさないように外套を羽織り、フードを被る。
街の広場の方に向かえば、少し離れているが住民たちの姿が見えた。
だが、彼らを見た瞬間、俺たちは息を呑んだ。
――全員が、不気味に笑っていた。
頬はこけ、着ている服はボロボロで、少し栄養失調の兆候が見える。それなのに、彼らの顔には満面の笑みが張り付いている。だが、その瞳の奥は笑っていない。まるで、見えない糸で口角だけを無理やり吊り上げられているような、不自然な光景だった。
「お疲れ様です、レオン先輩。……それに勇者パーティーの皆様も」
広場の方から一人、こちらに向かって現れたのは見知った顔だった。
アークライト通信社の記者、トマスだ。空から来た俺たちの姿が見えていたのだろうか。待ち合わせの場所と時間は事前に通信していたが、街がこの様子だ。早く会えたのは僥倖だ。
ただ、そのトマスは以前会った時よりも随分と痩せ、自慢のスーツも薄汚れている。そして、その表情は住民たちと同様に明るかった。
「トマス、早く会えたのは良かったが、その様子はどうした……」
俺の後に続き、勇者パーティーの面々もトマスに近づいたその瞬間。
「……っ!?」
アリアが弾かれたように臨戦態勢を取った。
「……どうしたのだ、アリアよ」
ゼファーが怪訝そうに尋ねるが、アリアは何も答えない。敵意というよりも、生理的な拒絶反応に見える。斥候を担うシルフィも、アリアの不可解な怯えように戸惑っている。
「……ごめんなさい」
しばらくして、アリアは自分を抱きしめるように腕をさすりながら、絞り出すように言った。
「……何か急に、氷柱に背骨を突き刺されたような、強烈な悪寒が走ったの」
「悪寒、ですか……。何もなくて良かったですが、勇者様の直感です。この先、警戒するに越したことはないでしょう」
アリアがこんなに冷や汗をかいているのは気になる。彼女はまだ自分の手を強く握りしめ、得体の知れない動悸を必死に抑え込んでいるようだ。
俺は努めて平静を装い、トマスに向き直った。
「それでトマス、いったいどうしたんだ? 報告書から想像していた街の様子とはずいぶん違うように感じるが……」
トマスは、ニコリと笑った。
その笑顔は完璧だった。完璧すぎて、まるで精巧な仮面のようだった。
「いえ? 報告した通りですよ。ここは平和で、誰もが幸福だ。……取材なら無用です。ここにあるのは、語るまでもない『正解』ですから」
そこまで一息で話したトマスは、ふっと表情を緩めた。
まるで、聞き分けのない子供を諭すように。けれどその瞳は、暗い井戸の底のように光がない。
「ですから、お引き取りください。……勇者様方」
ちょうどその時、トマスの背後で、笑顔のままの男が一人、糸が切れたように地面に崩れ落ちた。
だがトマスは、倒れた男に視線もくれず、ただ俺たちだけを真っ直ぐに見つめて、微笑み続けた。
「ここに、『救い』が必要な人間なんて、一人もいないんですから」
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