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第2話 人間社会で生きるということ

翌朝、私は薄緑色の作業服に身を包み、薄手のマフラーを首に巻いてガレージへと向かった。早春の朝はまだ肌寒い。重いシャッターを押し上げると、朝日が差し込む暗がりに、私の愛車である75年式ワーゲンビートルがその丸みを帯びたシルエットを浮かび上がらせる。


キーを回すと、空冷エンジン特有の野太い鼓動がガレージに響き渡った。私は満足げにハンドルを握り、ゆっくりと車を走らせる。


山道を下り、市街地へと差し掛かった頃だった。走行中の助手席に、ふっと紫色の影が落ちる。


「相変わらず、車なんて非効率なものに乗っているのね」


そこには、いかつい紫色のスーツに身を包んだ、恰幅の良い男が座っていた。現職の市長にして、私の後見人である土門次郎だ。その外見はいかにも「権力者」といった風体だが、足を組み、優雅に爪を眺める仕草には、どこか中性的で浮世離れした美しさが混じっている。


「鳥に変化するとか、転移魔法とか、(ほうき)だって構わないのに。あなたが免許を取るって言い出した時は、魔力不足でどうかしちゃったのかと思ったわよ」


「自分の手でハンドルを握り、地面を噛んで進む方が性に合っている。免許だってちゃんと教習所に通って取ったんだ。それより、勝手に乗り込まないでくれ」


私が前を見据えたまま答えると、次郎はフッと鼻で笑った。


「つれないわね。……ところで光、わかっているとは思うけど、バレずにうまくやりなさいよ。私、この前も違う魔法使いのミスを処理して、百人単位の記憶の改竄(かいざん)をしたばかりなんだから」


「わかっている」


「本当にわかってる? 私たち魔法使いは、昔から正体がバレるたびに酷い目に遭ってきたのよ。魔女だの、祈祷師だの呪い師だの呼ばれて、恐れられて、迫害されて。だからこそ今は『魔法使い』って呼び名で統一して、人間社会に身を隠して溶け込むようになった…。あなたの『樹木医』だってそう——便利な肩書きでしょう?」


次郎は窓の外に流れる景色を眺めながら、どこか遠い目をしていた。何百年も生きてきたこの大魔法使いは、その迫害の歴史を間近で見てきたのだろう。


「木を治す仕事なら、堂々と木に触れていられる。山が元気になっても、木が大きくなっても、『樹木医だから』で済む。……よく考えたものよね、あなたも」


「褒めてるのか、呆れてるのか」


「両方よ」


次郎は肩をすくめ、それから大きく欠伸をした。


「ふぁあ……やっと春ね。私たちのような自然を司る魔法使いは、冬はどうしても魔力が落ちるから。木も草も眠っちゃうと、力の源に触れられなくなるものね」


「まあね」


「私たち、根源(こんげん)から離れすぎると魔力どころか命まで削れるんだから。あなたみたいな木の魔法使いは、冬は特に辛いでしょう?」


「大魔法使いのあんたには大した問題じゃないだろう」


「あら、私だって眠いのよ? 冬の間ずっと半分冬眠みたいなものだったんだから」


「油を売ってる場合じゃないだろ。市民のためにしっかり仕事しろ」


「はいはい。じゃあ、私は優雅に先に失礼するわ。あの成金和尚によろしくね」


次郎はそう言うと、指をパチンと鳴らした。瞬時、彼の姿はかき消えるように消え、助手席にはただ微かな香水の残り香だけが漂っていた。


私は一人になった車内で、(くだん)の寺へと続く道を見つめた。



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