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なけなしのスタミナ

作者: 実茂 譲

 ニ十世紀初頭のニューヨーク州ではパン屋がパン職人を一日十時間以上働かせることが禁止されていた。


 ところが、これが違憲であるとして、最高裁まで争われ、結果、この法律は憲法に反するとされた。


 どんなふうに違反しているかというと、パン職人には()()()()()()()()()()()()()があり、パン職人の勤務時間の規制はこれを侵害する。


 ロックナー判決といわれるもので、この判例が三十年以上通用し、労働者がブラック企業と契約する自由を守り続けた。


 廃止直前には、もう保守派判事もリベラル判事も、この判例はヤバすぎると意見が一致していたという。アメリカ合衆国最高裁判所の黒歴史だ。


 ところで、お金は有限だが、スタミナはもっと有限であり、そのスタミナをお金を稼ぐために割くか、家族のために裂くか、趣味のために裂くか、で、人は頭を悩ませている。


 一万円は財布に入れて、枕元に置いておけば、同居人に抜かれない限り、ちゃんと一万円が存在するが、十単位の仕事ができるスタミナは寝て、次の日起きても、十単位のスタミナがあるとは限らない。


 八か九、あるいは六。


 ところが仕事のほうは十単位スタミナ分だけ存在する。


 寝不足で七単位しかなかろうが、あるいはもう外に出られない一、あるいは自殺を本気で考える〇・一。


『必要な分だけ取り、必要な分だけ働く』が破綻するのは必要以上に取るやつがいるからではなく、必要な分だけ働けるスタミナが必ずしも存在するとは限らないからだ。


 ノルマの設定は本来、会社の売上と士気にかかわる重大事なのだが、ロックナー判決のような考え方をした経営者が売上だけを重視して「嫌ならやめればいい」とブラック企業と契約する自由を掲げる。


 仕方なく、人は家族や趣味に費やすスタミナを減らして、仕事にまわし、ギリギリでやりくりする。

 その行く末がかなり悲しいものになると、うっすらわかっていても、手持ちのなけなしのスタミナで目の前のノルマに対応するしかないのだ。


 どの時代になっても人間のスタミナの量は変わらない。

 サイボーグ化されて、スタミナが百単位になれば、百単位の仕事がやってくるだけだ。


 解決策はただひとつ。

 ホワイト企業と契約する自由を確立すること。


 少なくとも法律による規制だけでは駄目だろう。

 現行、法の目をかいくぐることに全スタミナをかける人たちがいるから。


 ルールさえ守っていればマナーは守らなくてもいい。

 そういう考え方をしなくなれば、あるいは。

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― 新着の感想 ―
ブラック企業と契約する自由!どんな阿呆がそれを喜んで行使するのでしょうSNSでなら被害者ぶりたい人もいますけど、ああそれとも貧しさで頭の中まですかすかにされて?……鹿爪らしく審議したのならまさに黒歴史…
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