9話 アフター5
それから二人は談笑を続け、気づけば窓の外はすっかり夜の色に染まっていた。
「もうこんな時間だ・・・」
薫が時計を見て声を上げる。
「絢香さん、私、料理を作るので先にお風呂に入ってください」
「もうお湯、入ってるの?」
「実は、うちのお風呂は予約時間になると自動でお湯が張られるんです」
「へぇ・・・そんなのあるんだ」
絢香は感心すると、鞄から着替えを取り出した。
薫の案内で浴室へ向かい、扉を開けて中に入った。
「絢香さん、どうぞ」
薫が引き出しからタオルを取り出して差し出した。
「ありがとう」
タオルを受け取ると、薫は軽く背を向けて言った。
「じゃあ、おつまみ作ってきます。何か食べたいものありますか?」
「特にないよ」
「分かりました」
薫が立ち去ろうとしたその時、絢香はふと声をかけた。
「楽しみにしてるよ」
その言葉に、薫は振り返ってぱっと笑みを浮かべた。
「任せてください」
扉が静かに閉まる。
絢香は扉が閉まる事を確認すると、着替えとタオルを床に置き、服を脱ぐ。
洗濯機に服を入れると、浴室の扉を開けた。
「・・・やっぱりか」
視界に広がったのは、まるで小さな温泉旅館のような大浴場。
絢香は思わず笑みをこぼす。
(ここで普通の家みたいなお風呂だったら驚くよ)
シャワーの蛇口からお湯を出して、身体を濡らした。
浴室から出ると、絢香は髪をかわかしてリビングへ向かった。
扉を開けると、キッチンから漂う香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
薫がエプロン姿でフライパンを振っていた。
「お湯加減どうでしたか?」
薫は気づいたように振り返りながら言った。
「良かったよ」
「そうですか」
「あと、安心した」
「安心?」
薫が首をかしげると、絢香はくすっと笑って頷いた。
「ちゃんと“金持ちの風呂”って感じがして」
「なんですかそれ」
薫は思わず吹き出して、笑いながらお盆を持ち上げた。
その上には、香り豊かな料理がいくつも並んでいる。
「おつまみ、できましたよ」
テーブルの上に次々と皿が置かれていく。
もつ煮込み、串なし焼き鳥、アヒージョ、タコの唐揚げ、レバニラ──
色とりどりの湯気が立ち上る光景に、絢香は目を瞬かせた。
「・・・これ、私が入ってる間に作ったの?」
「はい、全部作りました。まあ、昨日のうちに下ごしらえしてたんですけどね」
薫が照れくさそうに笑う。
「そうなんだ。にしても、すごいね」
「絢香さんが来てくれるから、つい張り切っちゃって」
少し頬を赤らめる薫に、絢香は柔らかく微笑んだ。
「ありがとう、薫ちゃん」
その言葉に、薫は無意識に絢香の手を握った。
「あ・・・いえいえ。冷めないうちに、食べましょう」
「うん」
二人は向かい合って席に着き、そろって手を合わせた。
「いただきます」
橋を持ち、絢香はアヒージョを掴んで口に運ぶと、目を丸くした。
「美味しい」
「ありがとうございます。頑張って作ったかいがありました」
薫は嬉しそうに微笑み、多種多様の酒を別テーブルに置く。
「絢香さん、どれにしますか?」
「じゃあ・・・ビールで」
「わかりました」
薫は二つのグラスを傾けて注ぎ、一つを絢香に差し出す。
「ありがとう」
絢香はグラスを掲げた。
薫も同じようにグラスを持ち上げる。
静かな夜、カチン、と音が響いた。
その瞬間、二人だけの空間が作り出された。




