7話 オールド・パル
夏の暑さと共に、救いのある涼しい風が吹く夜。
薫と絢香は、いつものバーで酒を片手に談笑していた。
絢香が一口飲んだとき、薫はふと考えた。
(たまには、別の場所で飲みたいな・・・)
このバーは、二人にとってのいつもだ。
薄暗い照明、レコードから流れる古いジャズ。
その静けさに包まれて飲む時間は、少しだけ特別だった。
憧れていた“大人の世界”に、自分もいる──────そう思える場所。
けれど、同じ場所には少しずつ飽きがくる。
たまには違う空気の中で、絢香と話したい。
(でも・・・どこがいいんだろう)
居酒屋は嫌だ。
うるさいし、何より、絢香さんを他人に見せたくない。
カフェも悪くはないけれど、絢香さんはお酒が好きだ。
コーヒーではなく、絢香さんの一番好きなものを飲んでほしい。
他のバーなら?
結局どこも似たようなものだ。
行く理由にはならない。
薫がそんなことを考えながらグラスを揺らしていると、絢香が顔を上げた。
「ねぇ、薫ちゃん」
「えっ、は、はい。なんでしょう?」
絢香は、氷だけになったグラスをテーブルに置き、静かに氷を見つめた。
「たまには、別のところで飲まない?」
「え・・・?」
驚きで、思わず息が詰まる。
それはまさに、薫がさっきまで考えていたことだった。
まさか絢香まで同じことを思っていたなんて。
絢香は薫の反応に気づかないまま、言葉を続けた。
「最初は居酒屋とかカフェとか考えたんだけど、なんか違う気がしてね」
(それも・・・私と同じだ)
「そ、そうなんですね」
嬉しさが頬ににじむ。
けれど、浮かびそうになる笑みを、薫はなんとか抑えた。
「それでさ、一つ提案なんだけど」
絢香は氷の溶けかけたグラスから目を上げ、まっすぐに薫を見つめた。
「薫ちゃんの家に、行ってもいいかな?」
「・・・え?」
意表を突かれ、拍子抜けした声が出る。
「ダメ?」
「えっ、いえ、大丈夫です」
その言葉に、絢香は微笑んだ。
「ありがとう。じゃあ、都合のいい日が決まったら教えてね」
「はい、わかりました」
こうして、薫は宅飲みを承諾した。
家に帰った薫は、ベランダに出てタバコを吹かしていた。
夜風が頬をなで、煙がゆっくりと空に溶けていく。
(絢香さんが・・・うちに来てくれる)
その現実を思うだけで、口元が緩んだ。
「早く決めないとな・・・」
小さく呟いて、スマホを手に取る。
日付を眺めながら、宅飲みができそうな日をいくつか打ち込み、絢香に送ろうとした時──────ふと、胸の奥で思いがよぎった。
(・・・せっかくなら、泊まってほしいな)
自分でも驚くような願いだった。
けれど、そのまま指は止まらず、泊まりの提案を添えて送信していた。
数秒の沈黙。
画面が光り、メッセージが届く。
──────いいよ
その短い返事を見た瞬間、薫の胸に熱が広がった。
吐き出した煙が、わずかに甘く感じる。
そして、約束の日がやってきた。




