6話 ライジング・サン
話して、飲んで、食べて、笑って───
そんな時間を繰り返していくうちに、薫は心の底から楽しんでいた。
酔いが緩やかに回っていく中で、場の空気に自然と身を預けられるようになっていた。
すると、そこへ若い男性店員がやってきた。
「すみません、お客様。まもなくラストオーダーのお時間になります」
店員の声に、赤髪の男性が反応する。
「お、もうそんな時間か。みんな、何か頼みたいものある?」
一同はメニューに目を通したが、首を横に振る者が多かった。
それを見て、赤髪の男性がふっと口角を上げる。
「実はさ、この店でしか飲めないおすすめのカクテルがあるんだ。みんなで飲んでみない?」
直美が目を輝かせた。
「えっ、飲みたい! 薫も一緒に飲もうよ!」
ウキウキと薫に身を寄せる直美。
薫は一瞬、絢香の言葉を思い出した。
「男には、気をつけなよ」
(・・・やめとこうかな・・・けど・・・)
絢香の言葉で、拒否しようと思った。
しかし、アルコールが回ってるせいか、目の前の男性たちに対して、不思議と疑う気持ちが湧いてこない。
(まぁ・・・大丈夫でしょ)
薫は小さくうなずいた。
「私も、お願いします」
「おーけー」
赤髪の男性は店員にメニューを見せながら、人差し指でこめかみを掻いた。
数分後───テーブルには八つのカクテルグラスが届けられた。
店員が去ると、グラスから一番近くに置かれた茶髪の男性と薫がグラスを配っていった。
全員の手元にグラスが揃ったところで、赤髪の男性がグラスを高く掲げた。
「じゃあ、今夜最後の───乾杯!」
グラスが次々にぶつかり合い、軽やかな音がテーブルの上に響いた。
薫もグラスを持ち上げ、一口飲んだ。
「これ、甘くて美味しいですね」
そう言った瞬間、薫の意識が、ふっと揺らいだ。
(・・・あれ?)
まぶたが急に重くなる。
隣を見ると、今にでも眠りそうな直美が見られた。
ほかの二人の女性も、同じように目をこすり、言葉を発することもなく動きが鈍くなっていく。
───おかしい。
そう思う間もなく、薫は前のめりに眠った。
そのまま、静かに眠りに落ちた。
薫たちが意識を失ってどれくらい経っただろうか。
男たちは、眠る女性たちをホテルの一室に運び込むと、それぞれ思い思いにソファや椅子に腰を下ろした。
「にしても、今回のはレベル高ぇな」
黒髪の男がニヤつきながら、タバコに火をつける。
「どこで釣ってきたんだ?」
金髪が尋ねると、合コンの音頭を取っていた赤髪の男がふんと鼻で笑った。
「大学だよ。ちょっと声かけたら、あっさり乗ってきたのさ」
赤髪は、眠っている直美を指差しながら肩をすくめる。
「確か、なおみちゃん、だっけ?都会に憧れてるとか、そんなこと言ってたっけなぁ・・・」
「で、どうする?」
黒髪が低く問いかける。
「まだだ。青木が来てない」
「青木って・・・居酒屋のあいつか。睡眠剤、あいつが仕込んだんだよな?」
赤髪の男性がそう言った瞬間、扉からノック音が部屋に響いた。
「・・・青木か・・・?」
金髪の男性がそう言うと、赤髪の男性はスマホを取りだし、通話アプリを開いて青木にメッセージを送った。
『ノックしたのお前か?』
しばらくすると───
『はい。今来ました』───と返ってきた。
「ったく、来たら連絡しろって言ってんだろが……」
そうぼやきながら、赤髪の男が扉に向かう。
そして、扉を開けた瞬間───男の顔から血の気が引いた。
「・・・っ、誰・・・だ?」
そこに立っていたのは、青木ではなかった。
代わりに、ひとりの白髪の女性。
静かな目をしている。
だが、その奥には鋭い光が宿っていた。
「こんばんは」
朝の光がカーテンの隙間から差し込み、薫のまぶたを照らした。
まぶたがうっすらと開き、視界に入ったのは───見覚えのない天井。
瞬間、眠気が吹き飛んだ。
身体を起こし、辺りを見回す。
ベッド、サイドテーブル、テレビ───ビジネスホテルの一室だ。
(・・・どうして、私、ここに?)
昨夜の記憶をたどろうとするが、酒のせいか断片的で曖昧だ。
焦りが胸を締めつけ始めた、そのとき。
カチャリ。
ドアの開く音。
誰かの足音。
緊張が一気に高まる。
思わず身構えたその瞬間───
「おはよう薫ちゃん」
現れたのは、絢香だった。
「えっ・・・絢香さん!? なんで・・・」
言葉がうまく出てこない薫に、絢香は言った。
「昨日、酔っ払ってる君を見つけてね。相当酔っていたし終電を逃したからホテル取ったの」
「・・・そうだったんですか。ありがとうございます・・・」
安堵と同時に、恥ずかしさがこみ上げる。
視線を外し、頬が火照るのを感じながら、薫は布団に潜り込みたくなった。
すると、不意に絢香が近づいてきた。
顔が間近に迫り、驚いて見上げると、絢香の手がそっと薫の頬に触れる。
「ねぇ、薫ちゃん」
真剣な眼差しが、薫を見つめた。
今まで見たことのないほど深く、まっすぐな目。
「私以外に、見せないでね」
(え・・・)
思考が止まる。
絢香の意図を掴かねたまま、薫は無理に明るく返した。
「だ、大丈夫ですよ。今回はちょっと飲みすぎただけで、次は気をつけますから」
だが、絢香の表情は変わらなかった。
むしろ、静かに──もう一度、薫の名前を呼んだ。
「薫」
その声に、薫の顔から笑みが消えた。
向き合わなければいけない気がして、薫も真剣な顔で応じる。
「・・・はい。約束します」
その言葉を聞くと、絢香はようやく穏やかな笑みを浮かべた。
その笑顔を見て、薫の心臓が高鳴る。
思わず視線を逸らし、顔をそむける。
───気づくと、絢香はベッドから離れて立ち上がっていた。
そっと、手を差し伸べてくる。
「そろそろ出ようか」
その手を見つめたあと、薫はそっと手を伸ばし、絢香の手を握った。
温かくて、優しい手だった。
合コンから二日後。
大学の講義を終えて帰る準備をしていると───
「薫!」
背後から元気な声がして、振り返ると直美が手を振りながら駆け寄ってきた。
「直美、おはよう」
「おはよ!ねぇ、この前の合コン、楽しかったよね~!」
「うん、いろんな話が聞けて、楽しかったよ」
「でしょ! あ、そうだ。薫は誰かと連絡先、交換した?」
そう尋ねられて、薫は軽く首を横に振った。
「ううん、してない。直美は?」
「私はしたよ。でもね・・・」
直美は少し困った顔をしてスマホを取り出すと、薫に画面を見せた。
そこには、直美が送ったメッセージが表示されていたが、返信はなく、既読もついていない。
「合コンの後にも送ったんだけど、反応なくて・・・しかも昨日の講義にも来てなくてさ・・・同じ学科なのに」
「そっか・・・」
少ししょんぼりと肩を落とす直美に、薫は優しく声をかけた。
「きっとまた会えるよ。その時まで、ダイエットがんばろっか?」
冗談めかして直美のお腹を軽くつつくと、直美は顔を赤くしてお腹を隠した。
「もー! 薫のバカ!エッチ!」
怒ったように口をとがらせるが、すぐに柔らかく微笑んで言った。
「でも、ありがとう。そう言ってくれて」
そうして直美は背を向けて、手を振りながら教室を出ていった。
「またね!今度飲みに行こうね!」
見えなくなるまで手を振ってくる直美に笑顔で応えたあと、薫は荷物をまとめながらふと、合コンの夜を思い返した。
(そういえば・・・あのカクテルを飲んだ後の記憶がない・・・)
今まで気にも留めていなかったことが、直美との会話をきっかけに、脳裏に浮かび上がってきた。
だが、その思考はスマホの通知音に遮られた。
画面を確認すると───「絢香」からのメッセージ。
『今日、空いてる?』
そのメッセージに自然と笑みがこぼれ、薫は迷わず合意の返信を送った。
(絢香さんに会える)
記憶の違和感は、心の隅に押し込まれる。
それよりも、今夜への期待のほうが大きかった。
薫は歩幅を早め、足取り軽く教室を後にした。




