表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブルームーン  作者: 葡萄
5/17

5話 インペリアルフィズ

全員がそれぞれ飲み物と、料理を食べながら、盛り上がっていた。

「それで・・・」

「えっ、そうなんですか?」

男女の会話が入り混じるなか、薫は注文した酒を口にしながら、そのやり取りに耳を傾けていた。

ふと視線を横にやると、直美が笑顔で男性の話に相槌(あいづち)を打ち、会話を広げていた。

(直美って、ああいう顔もできるんだ)

普段の直美からはあまり見ない一面に、薫は驚きを覚えた。

そんなことを考えていると、目の前の茶髪の男性が話しかけてきた。

「三色さんって、けっこう飲めるんだね」

「まあ・・・家族がけっこう飲む人なんで」

「へぇ、そうなんだ。僕も同じだよ」

「そうなんですね」

会話は弾んでいるように見える。

でも──何故か、余り楽しくない。

それが、薫の正直な気持ちだった。


大勢で飲んで話すのは嫌いじゃない。

異性と過ごすことが苦手なわけでもない。

目の前の男性が退屈な人というわけでもない。

──ただ、どうしても。

何故か、絢香のことを思い出してしまう。


目の前の誰かと、絢香を重ねてしまっている。

気づけば、無意識に比較していた。

(なんでだろう・・・?)

不思議に思いながら、薫は心の中で呟く。

そのとき、茶髪の男性がまた声をかけてきた。

「あ、コップ空いてるね。何か頼む?」

メニュー表を手渡され、薫は軽く会釈してそれを受け取る。

「ありがとうございます」

新しい飲み物を選ぼうとメニューに目を落とすが、ふと顔を上げて目の前の男性を見つめた。

(せっかくだし、この人に選んでもらってみようかな・・・)

そう思い、メニュー表をそっと彼の方へ差し出した。

「もしよければ・・・選んでくれませんか?」

「え?いいの?」

やや戸惑いを見せる彼に、薫は静かにうなずいた。

「はい。せっかくなので。私だと、同じものばかり頼んじゃうから」

その一言に、茶髪の男性はなぜか少し自信ありげな笑みを浮かべた。

「わかった。任せて」

そう言ってメニューに目を落とし、顎に手を当ててじっと考える。

そして指先で一つのドリンクを指し示した。

「これなんて、どうかな?」

茶髪の男性が選んだのは、日本酒の獺祭(だっさい)

「日本酒ですか・・・」

薫が少し驚いたように言うと、彼はにっこり笑ってうなずいた。

「うん。もしかして、初めて?」

「はい。余り飲んだことなくて・・・」

「そうなんだ。じゃあ今日は、“日本酒デビュー記念”だね」

「なんですか、その記念」

薫がくすっと笑うと、彼も楽しそうに笑った。

「あ、せっかくだし、僕も一緒に飲んでいい?」

「はい、もちろん」

そう返すと、彼はすぐに店員を呼び、獺祭とおちょこを二つ注文した。

やがて獺祭が入った徳利(とっくり)と小さなおちょこが二つ、テーブルに並べられた。

茶髪の男性は徳利を手に取り、慎重に酒を注いだ。

ひとつは自分に。

もうひとつは薫の前にそっと差し出した。

「ありがとうございます」

薫は丁寧に礼を言い、おちょこを手に取った。

茶髪の男性も自分のおちょこを持ち上げ、薫の方へそっと差し出す。

ふたつのおちょこが、軽く触れ合った。

かすかな音が、テーブルの上で静かに響く。

「乾杯」

その一言とともに、ふたりは日本酒を口に運んだ。

口当たりは意外にまろやかで、ほのかに甘い。

薫は少し驚きながら、その味わいを静かに受け止めていた。

「美味しい。甘いですね」

そう言って、おちょこをそっと置く薫に、茶髪の男性は口に含んでいた酒をゆっくりと飲み干し、微笑んだ。

「甘口を選んだからね」

「選んだ?他にも種類があるんですか?」

薫が不思議そうに尋ねると、彼はうなずいた。

「あるよ。日本酒って、“甘口”と“辛口”があるんだ。初めてって言ってたから、飲みやすい甘口にしてみたんだよ」

「へぇ・・・そうなんですね。初めて知りました」

薫は感心したようにうなずきながら、おちょこに残っていた酒を飲み干した。

目の前で、茶髪の男性が徳利を持ち上げ、おちょこに視線をやった。

薫は察して、おちょこをそっと彼の方へ差し出す。

彼はゆっくりと徳利を傾け、おちょこに酒を注いだ。

量がちょうど良いところで手を止めると、軽く目を合わせた。

薫は一礼し、注がれた酒を口に運ぶ。

そのまま、しばらくおちょこを見つめた。

───絢香のことを考えていたけれど、今は違う。

(せっかくの機会だから楽しまなくちゃ)

そう心に決めると、薫はおちょこを置き、少し背筋を伸ばした。

「そういえば・・・お休みの日って、何してるんですか?」

不意に問いかけられた茶髪の男性は、少し考えてから笑った。

「休み? うーん、休みは・・・」

そうして、二人の会話がまた始まった。

薫は酒をゆっくりと味わいながら、相手の話に耳を傾け、自分からも話題を投げかけた。

時折、周囲の男女とも言葉を交わし、笑い合う。

少しずつ、輪の中に溶け込んでいくような感覚。

薫の表情から、硬さが抜けていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ