5話 インペリアルフィズ
全員がそれぞれ飲み物と、料理を食べながら、盛り上がっていた。
「それで・・・」
「えっ、そうなんですか?」
男女の会話が入り混じるなか、薫は注文した酒を口にしながら、そのやり取りに耳を傾けていた。
ふと視線を横にやると、直美が笑顔で男性の話に相槌を打ち、会話を広げていた。
(直美って、ああいう顔もできるんだ)
普段の直美からはあまり見ない一面に、薫は驚きを覚えた。
そんなことを考えていると、目の前の茶髪の男性が話しかけてきた。
「三色さんって、けっこう飲めるんだね」
「まあ・・・家族がけっこう飲む人なんで」
「へぇ、そうなんだ。僕も同じだよ」
「そうなんですね」
会話は弾んでいるように見える。
でも──何故か、余り楽しくない。
それが、薫の正直な気持ちだった。
大勢で飲んで話すのは嫌いじゃない。
異性と過ごすことが苦手なわけでもない。
目の前の男性が退屈な人というわけでもない。
──ただ、どうしても。
何故か、絢香のことを思い出してしまう。
目の前の誰かと、絢香を重ねてしまっている。
気づけば、無意識に比較していた。
(なんでだろう・・・?)
不思議に思いながら、薫は心の中で呟く。
そのとき、茶髪の男性がまた声をかけてきた。
「あ、コップ空いてるね。何か頼む?」
メニュー表を手渡され、薫は軽く会釈してそれを受け取る。
「ありがとうございます」
新しい飲み物を選ぼうとメニューに目を落とすが、ふと顔を上げて目の前の男性を見つめた。
(せっかくだし、この人に選んでもらってみようかな・・・)
そう思い、メニュー表をそっと彼の方へ差し出した。
「もしよければ・・・選んでくれませんか?」
「え?いいの?」
やや戸惑いを見せる彼に、薫は静かにうなずいた。
「はい。せっかくなので。私だと、同じものばかり頼んじゃうから」
その一言に、茶髪の男性はなぜか少し自信ありげな笑みを浮かべた。
「わかった。任せて」
そう言ってメニューに目を落とし、顎に手を当ててじっと考える。
そして指先で一つのドリンクを指し示した。
「これなんて、どうかな?」
茶髪の男性が選んだのは、日本酒の獺祭。
「日本酒ですか・・・」
薫が少し驚いたように言うと、彼はにっこり笑ってうなずいた。
「うん。もしかして、初めて?」
「はい。余り飲んだことなくて・・・」
「そうなんだ。じゃあ今日は、“日本酒デビュー記念”だね」
「なんですか、その記念」
薫がくすっと笑うと、彼も楽しそうに笑った。
「あ、せっかくだし、僕も一緒に飲んでいい?」
「はい、もちろん」
そう返すと、彼はすぐに店員を呼び、獺祭とおちょこを二つ注文した。
やがて獺祭が入った徳利と小さなおちょこが二つ、テーブルに並べられた。
茶髪の男性は徳利を手に取り、慎重に酒を注いだ。
ひとつは自分に。
もうひとつは薫の前にそっと差し出した。
「ありがとうございます」
薫は丁寧に礼を言い、おちょこを手に取った。
茶髪の男性も自分のおちょこを持ち上げ、薫の方へそっと差し出す。
ふたつのおちょこが、軽く触れ合った。
かすかな音が、テーブルの上で静かに響く。
「乾杯」
その一言とともに、ふたりは日本酒を口に運んだ。
口当たりは意外にまろやかで、ほのかに甘い。
薫は少し驚きながら、その味わいを静かに受け止めていた。
「美味しい。甘いですね」
そう言って、おちょこをそっと置く薫に、茶髪の男性は口に含んでいた酒をゆっくりと飲み干し、微笑んだ。
「甘口を選んだからね」
「選んだ?他にも種類があるんですか?」
薫が不思議そうに尋ねると、彼はうなずいた。
「あるよ。日本酒って、“甘口”と“辛口”があるんだ。初めてって言ってたから、飲みやすい甘口にしてみたんだよ」
「へぇ・・・そうなんですね。初めて知りました」
薫は感心したようにうなずきながら、おちょこに残っていた酒を飲み干した。
目の前で、茶髪の男性が徳利を持ち上げ、おちょこに視線をやった。
薫は察して、おちょこをそっと彼の方へ差し出す。
彼はゆっくりと徳利を傾け、おちょこに酒を注いだ。
量がちょうど良いところで手を止めると、軽く目を合わせた。
薫は一礼し、注がれた酒を口に運ぶ。
そのまま、しばらくおちょこを見つめた。
───絢香のことを考えていたけれど、今は違う。
(せっかくの機会だから楽しまなくちゃ)
そう心に決めると、薫はおちょこを置き、少し背筋を伸ばした。
「そういえば・・・お休みの日って、何してるんですか?」
不意に問いかけられた茶髪の男性は、少し考えてから笑った。
「休み? うーん、休みは・・・」
そうして、二人の会話がまた始まった。
薫は酒をゆっくりと味わいながら、相手の話に耳を傾け、自分からも話題を投げかけた。
時折、周囲の男女とも言葉を交わし、笑い合う。
少しずつ、輪の中に溶け込んでいくような感覚。
薫の表情から、硬さが抜けていった。




