表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブルームーン  作者: 葡萄
17/17

最終話モーニング・グローリー・フィズ

何が起こったのか理解できなかった。

仰向けに倒れた薫が見たのは、絢香の手に、銃口から薄く煙をあげる拳銃が握られていた。

その光景で、ようやく自分が撃たれたのだと悟る。

胸を焼くような痛みの中、薫の脳裏には父である悠真の姿が浮かんだ。

(お父さんも・・・痛かったのかな・・・)

床に広がる血とともに体温がじわじわと奪われていく。

その瞬間、絢香が駆け寄り、薫の身体を抱き上げた。

「薫ちゃん!薫ちゃん!」

泣き叫ぶ声。

薫が絢香を見ると、彼女の瞳から大粒の涙が零れ落ちていた。

(なんで・・・泣いてるの・・・?)

絢香は必死に話しかける。

だが、薫の聴覚は遠のき、意識は霞がかかったようにぼやけていく。

その中で、これまでの思い出が静かに蘇った。

バーで交わしたたわいのない会話。

タバコを教えてもらった夜。

初めて家に招いた日。

買い物に出かけて、そして身体を重ねた日々。

思い出を辿るほど、薫は確かに思った。

(私・・・絢香さんのこと・・・まだ・・・好きなんだ・・・)

口の端から血が溢れる。

絢香は薫の名を呼び続け、涙は薫の頬に落ち、まるで薫自身が泣いているかのように濡れた。

薫は残る力を振り絞って手を伸ばす。

その震える手を、絢香は強く、そして優しく包み込み、自分の頬へと当てた。

(伝え・・・たい・・・)

意識が遠のく中、掠れる声で、薫は最後の言葉を告げる。

「・・・だい・・・す・・・き・・・」

その言葉とともに、薫の瞳から光が消えた。

絢香は薫の手をそっと離し、崩れ落ちるように彼女を抱きしめた。

別れの抱擁(ほうよう)

優しく抱きしめることは、今の絢香にはできなかった。

ただ、強く。

ただ、感情のままに。

時間が許す限り、愛する人の温もりを離さずに抱きしめ続けた。

もう二度と、その腕の中で彼女に会えることはないと知っていたから。


静かな夜の廊下。

いつもなら時計の秒針だけが、淡々と音を刻むはずだった。

だが今夜だけは違う。

一定のリズムで響く足音。

薫の身体を抱きかかえた絢香の足音だった。

絢香はゆっくりと、あの部屋へ向かっていた。

薫が「大好き」と言い続けていた父──────悠真が倒れている部屋へ。


部屋に辿り着くと、絢香は薫をそっと床に横たえた。

悠真の亡骸を薫のそばに寄せた。

そして二人の手を、ゆっくりと重ね合わせた。

もう声も出せない二人の、最後の繋がり。

絢香はしばらくその光景を見つめ、静かに背を向けた。

「・・・さよなら」

その一言だけを残して、部屋を後にした。

冷たい床と静寂が、寄り添う二人を包み込む。

けれど、二人の手はきっと、もう離れることはない。


玄関に辿り着き、扉を閉めた瞬間。

ふわり、と絢香の肩に何かが落ちた。

指で触れると、それは冷たい雪だった。

静かに降り始めた雪が街を染めいた。

見上げると絢香は静かに驚いた。

月が、青く光っていた。

空高く、葵光が彼女を照らしていた。

「・・・君と、一緒に見たかったよ」

呟きは夜空へ消えていく。

絢香はポケットからスマホを取り出し、ある番号へ電話をかけた。

「・・・もしもし、松虫(まつむし)です」

『松虫か。どうした』

三色悠真(さんしきゆうま)の任務、終わりました」

電話の相手は絢香の雇い主だった。

『そうか。随分と長くかかったな』

「・・・すみません。ターゲットが、なかなか見つからなくて」

『なら仕方ない。報酬は後で振り込んでおく』

「ありがとうございます。では・・・」

短い通話を切ると、静寂が再び絢香を包んだ。


薫と別れてから数日が経った。

絢香は、二人が初めて出会ったあのバーへと足を運んでいた。

扉を押し開けた瞬間、違和感が走る。

席に腰を下ろし、その正体にすぐ気づいた。

(・・・そっか。薫ちゃんがいないからだ)

隣にいるはずの人がいないだけで、店内の空気がまるで別の店のように感じられた。

カウンター越しに、マスターが穏やかな声をかけてくる。

「いらっしゃいませ。ご注文は?」

絢香はいつもの酒を頼もうと口を開いたが、そこで一瞬、薫の笑顔が脳裏をよぎった。

開こうとした口が止まる。

いつも頼んでる酒をやめ、別の酒を注文した。

しばらくすると、目の前に酒が入ったグラスが置かれた。

それは薫が好きそうな酒である。

絢香はそれを口に運び、一口飲む。

「飲んで欲しかったよ・・・」

そう呟いた直後、店の扉が開き、二人の女性客が入ってきた。

恋人繋ぎで寄り添う二人。

それが視界に入った瞬間、絢香の握るグラスにわずかに力がこもった。

グラスの中身を一気に飲み干すと、絢香は静かに席を立った。

代金を払い、店を後にする。


外に出ると、雪が降り続けていた。

通りには、肩を寄せ合いながら歩く男女が何組もいる。

街並みを歩いていると、絢香はふと足を止めた。

目の前には華やかに飾り付けられた巨大なクリスマスツリー。

その光景を見た瞬間、胸が締め付けられる。

(・・・クリスマスツリー、一緒に見れなかったな)

薫と交わした小さな約束。

けれど、今ではもう叶えられない。

薫は、絢香の手で死んだ。

どれほど後悔しても、どれほど時間が経っても、戻ることはない。

過去は決して変えられない。

絢香はツリーから視線を逸らし、再び歩き出した。

そして、心の中で静かに誓う。

──────生涯、薫の事を忘れないっと。

ここまで読んで頂きありがとうございます。

第2作品目「ブルームーン」、いかがだったでしょうか?

悲恋系百合小説。

僕は純愛百合が好きなのですが、こういうのも好きです!

それでは皆さん、良いクリスマスをお過ごし下さい。

メリークリスマス。

そして来年もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ