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ブルームーン  作者: 葡萄
15/17

15話 ベルモット・アンド・カシス

(かおり)は満腹になりながら、洗い物を片付けをしていた。

「全くもう、お父さんったら・・・」

口に出すと、胸の奥がじんわりと温かくなった。

今日のことを思い返す。

料理を作って頭を撫でてくれたこと。

私の料理を美味しいって言ってくれたこと。

冗談まで言って、笑わせてくれたこと。

食卓を片付け終えた薫は、息を吐く。

「もっと、この時間が続けばいいのに・・・」

今日の温かいひとときが願うように、呟いた。


薫は、後片付けを終えると、悠真(ゆうま)の好きな珈琲を淹れて、お盆に乗せて自室へ向かった。

扉の前で軽くノックする。

「お父さん、珈琲持ってきたよ」

返事はなかった。

少し胸がざわつく。

「お父さん、入るね」

そう言い、静かな部屋に足を踏み入れると、電気は消え、誰もいなかった。

ふと、床に落ちていた資料が目に入る。

お盆を置き、電気をつけて紙を拾うと、薫の目は疑った。

そこに大きく『黄泉がえり』と書かれていたのだ。

「・・・なにこれ・・・?」

手が震える。

薫は息を整え、ページをめくった。

読み進めるうちに、内容が分かってきた。

人の人体を繋わせること。

違法な薬物投与。

拷問などあらゆる実験が書かれていたが、あるページで手を止まった。

そこに書かれていた内容に、心臓が跳ねるように脈打った。

そのページには──────『もう少し待っててね、理沙(りさ)』と書かれていた。

理沙、それは薫の母の名前だ。

胸がぎゅっと締め付けられる。

この瞬間、全ての謎が解けた。

なぜ父はこんなことをしたのか。

なぜ非人道的な行動に踏み切れたのか──答えはひとつ、母への愛のためだった。

薫は息を整え、拳を握りしめる。

悠真がいるであろう仕事部屋に向かった。

そこは幼い頃からよく父に「危ないから入るな」っと言われた。

それを今日まで言いつけ通りに入らなかった。

どんなことでさえ。

けれど今日、その仕事部屋の扉に足を運んだ。

そして勢いよく入った。

刹那、目に飛び込んできた光景に息を呑む。

血溜まりの中に倒れる悠真、その傍らで悠然と立つ──────絢香(あやか)がいた。


絢香が薫の姿を捉えた瞬間、反射的に拳銃を向けたが、その手を押さえた。

肩を落とし、申し訳なさそうに薫へと言う。

「・・・ごめんね、薫ちゃん。これも仕事なの」

「え・・・?仕事・・・?」

突然の言葉に、薫は理解できなかった。

震える声で呟く薫に、絢香は静かに頷いた。

「うん。君のお父さんは人を誘拐して、殺した。そのことを知った雇い主から、私に“始末しろ”と命令が下ったの」

淡々とした口調だったが、嘘の響きはない。

薫は否定しようと口を開こうとしたが、できなかった。

ここへ来る前に、すべてを知ってしまったから。

大好きな父が、亡き母を(よみがえ)らせようとして狂気へ傾いたことを。

薫は拳を握りしめ、絞り出すように声を震わせた。

「じゃ、じゃあ・・・最初からお父さんを殺すために・・・私に・・・近づいたの、ですか・・・?」

こんな状況でも敬語を崩さない薫。

それが、彼女がまだ絢香を尊敬し、愛している証だった。

絢香は短く息を吸い、薫を正面から見つめる。

「そうだよ。・・・けど、今は違う」

薫が驚くのを感じ取っても、絢香は続けた。

「彼は徹底して自分に関する情報を遮断していてね。けど偶然、娘がいることを知った。そして近づいた。最初は、ただ君のお父さんの家と帰宅時間を探るために近づいた。娘である君なら知っているかもしれないと思ったから。でもね──────」

声色が柔らかくなる。

「君と過ごした時間は、心の底から楽しかった。もっと話したい。もっと君を知りたいって・・・気づいたら、そう思ってた」

絢香はそっと手を差し出す。

絢香の人生初の、告白を告げる。

「薫ちゃん。私と一緒に来て、そして一緒に暮らそう」

胸の奥が揺れた。

父を殺されたというのに、絢香に対する殺意は芽生えていた。

たが何故か、差し伸べられた手を取りたいと思ってしまう自分がいる。

(なんで・・・私・・・)

肉親を殺した相手に、心が少しずつ傾いてく。

薫は手を伸ばそうとしたその瞬間。

鋭い風切り音。

絢香は反射的に身を(ひるがえ)し、飛んできたナイフを避けた。

二人とも息を呑む。

ナイフを手にする人物──────血まみれの姿で立っていたのは、薫の父───悠真だった。

「・・・娘に、手を出すな・・・」

腹部から大量の血を流し、本来なら立てる状態ではない。

それでも、悠真は倒れまいと踏ん張っていた。

ただひとりの娘を守るために。

「お、お父・・・さん・・・」

薫が駆け寄ろうとした足元で、何かが転がった。

透明な二本の注射器だ。

絢香がそれを見て、小さく呟く。

「なるほど・・・止血剤と興奮剤で無理やり動いてるわけか。さすが医者だ」

悠真は絢香を睨みつけ、ナイフを構えたまま薫に言う。

「薫、逃げろ」

薫は首を振った。

「え、で、でも・・・お父さん、血が・・・!」

止血しているはずの床には、水たまりのような血が広がっている。

「大丈夫だ・・・逃げる時間くらいは稼げる」

「だ、だけど──────」

“お父さんも逃げよう”

その言葉を言う前に、悠真が怒号を飛ばした。

「さっさと逃げろッ!」

その声に、薫は唇を噛み、涙をこぼしながら走り去った。

薫が見えなくなった瞬間──────

絢香は舌打ちをし、悠真に向け拳銃を構える。

「手間を取らすなよ、マッドサイエンティスト」

悠真は短く笑った。

覚悟を決めた目だった。

「俺達の結晶(最愛の娘)を守るのに・・・マッドかどうかなんて関係ないだろ」

「・・・キザが」

悠真がナイフを構えて飛び込む。

ほぼ同時に、絢香は引き金を引いた。


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