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ブルームーン  作者: 葡萄
12/17

12話 スコーピオン

服屋に着くと、(かおり)は目を輝かせながら店内を見渡した。

「えーっと、これとこれ・・・あ、これも」

呟くように言いながら、次々と服をカゴに入れていく。

その横で、絢香(あやか)は静かに立ち尽くし、様子を見守っていた。

入店からわずか数分で、カゴにはすでに何着もの服が入っている。

それを見て、思わず薫に声をかける。

「決めるの、早いんだね」

薫はぱっと振り向き、笑顔で言った。

「はい。実はお店のアプリで、事前にチェックしてたんです。絢香さんに似合いそうな服を全部保存してきました」

「アプリか・・・私も使ってみようかな」

「いいですね。値引きクーポンももらえますし」

そう言ってまた服のほうに目を戻し、まるで自分が着るかのように楽しげに選び続ける薫。

絢香は近くの椅子に腰を下ろし、その姿を静かに眺めた。

三十分ほど経った頃、薫はカゴから服があふれそうな状態で、軽く小走りに戻ってきた。

「絢香さん、お待たせしました!」

「・・・もういいの?」

「はい!すみません、つい楽しくなってしまって・・・」

「大丈夫。じゃあ、試着室に行こうか」

「はい!」

二人は並んで試着室の方へ歩き出した。

薫の足取りは、明らかに浮いていた。


「それじゃあ、まずこれを着てください」

絢香は渡された服を手に取り、無言で着替え室へと入っていった。

カーテンが閉じる音が小さく響く。

その音を聞いた瞬間、薫はスマホを取り出し、慣れた手つきで撮影アプリを起動した。

画面に映るのはまだ閉じられたカーテンだけ───だが、彼女の期待は膨らむばかりだ。

そして、カーテンが静かに開かれた。

その姿を目にした瞬間、薫は思わず声を上げそうになったが、ぐっと唇を噛んでこらえた。

絢香が着ていたのは、白いブラウスに黒のスラックス、そして黒のテーラードジャケット。

まるでモデルのような洗練された装いだった。

息を呑む間もなく、薫は連続でシャッターを切った。

突然のフラッシュに、絢香は少しだけ眉をひそめたが、特に何かを言うでもなく、ただ静かに立っていた。

「あ、すみません。思っていた以上に似合っていてつい写真を・・・」

「気にしないよ。けど黒と白以外って言わなかった?」

「こ、細かいことは気にしない!次の服着ましょう!」

無理やり話を切り上げると、薫は次々と服を差し出してきた。

次は、深紅(しんく)のボレロサイズのカーディガンに白のロングドレス。

仕上げに、透明フレームのファッションメガネをそっと添える。

「まるで人形みたいで可愛い!」

薫が小さくつぶやく。

次は、黒のショルダーオープンニットブラウスに濃紺デニム。

透け感のある素材に、普段よりも露出があり、薫は息を呑んだ。

三つ目は、シマシマの長袖に白のキュロット、黒のブーツ。

「嗚呼・・・良い・・・!」

目を輝かせながら、薫はスマホを構える。

四つ目は、赤のミニニットワンピースと黒のレザーロングブーツ。

上品な大人の女性その姿に、薫は噛み締めた。

「最高・・・ホント最高・・・!」

シャッター音が、試着室に響く。

薫は笑みを浮かばせながら、夢中で写真を撮り続けていた。

そして、最後のコーデを絢香に渡した。

「絢香さん、これで最後です」

絢香は最後のコーデを受け取り、着替え室の奥へと姿を消した。

やがて、カーテンが静かに開かれる。

その音を聞いた瞬間、薫の指がスマホのシャッターボタンから思わず離れた。

目の前に現れた絢香の姿は──想像を、遥かに超えていた。

青いマーメイドドレス。

その深い青が、彼女の純白の髪に溶け込むように馴染んでいた。

思った通り、いや、それ以上に、青が似合っていた。

ただ「似合っている」などという、浅い言葉ではとても語れない。

「綺麗」では、足りない。

「美しい」だけでは、語れない。

──それはまるで、神秘。

もしも神がこの世界に降り立ったなら、きっと、こういう姿をしているのだろう──そんな錯覚を薫は覚えた。

そのあまりの美しさに、カメラを向けるのが躊躇った。

「・・・撮らないの?」

ふと、絢香はいつもの調子で小首を傾げる。

「え・・・あ、い、いいんですか?」

「今さら?」

「ですね」

薫はそっと息を整え、指先を震わせながら、より慎重に、より丁寧に、シャッターを押した。


着替えを終えると、絢香はそっとドレスを畳み、薫に差し出した。

「絢香さん、気に入った服はありましたか?お代は全部、私が持ちますから」

そう言いながら、薫は籠を差し出す。

絢香はそれをじっと見つめたまま、小さく口を開いた。

「・・・全部」

「え? 全部、ですか?」

薫が目を見開くと、絢香は小さく頷いた。

「気に入らない服とか、なかったですか?」

「薫ちゃんが、私のために選んでくれたんでしょ。だから、全部着たい」

その一言に、薫は思わず笑みを浮かばした。

「そう言ってもらえて嬉しいです・・・」

言葉を口にしながらも、頬が熱くなっていく。

恥ずかしさをごまかすように、薫は顔を逸らし、早足でレジへと向かった。


会計を済ませ、二人は近くのカフェで昼食を取った。

「ご飯、美味しかったですね」

薫が微笑むと、絢香は「だね」と短く答え、グラスの水を口に運んだ。

その様子を見届けた薫は、少し遠慮がちに口を開いた。

「すみません・・・お手洗い、行ってきます」

絢香がうなずくのを確認して、薫は席を立った。


トイレの手洗い器で手を洗うと、薫の頭に、あの言葉がよみがえってくる。

───「薫ちゃんが、私のために選んでくれたんでしょ。だから、全部着たい」

彼女の真っ直ぐな言葉が、まだ胸の奥に残っている。

(・・・嬉しかったな)

頬がゆるみ、思わず鏡を覗き込む。

笑ってないか、ニヤけてないか・・・。

(大丈夫。ちゃんとしてる)

少し深呼吸してから洗面所を出ると、薫は席へ戻った。

「すみません、お待たせしました」

スマホをいじっていた絢香が顔を上げ、目が合うと軽く頷いた。

「じゃ、出ようか」

「はい」

二人は並んでレジへ向かった。

薫が財布を取り出そうとしたそのとき——

絢香がスマホでさっと決済を済ませてしまった。

「えっ・・・」

「行こ」

「は、はい・・・」

薫は戸惑いながらも、店員に軽く頭を下げて絢香のあとに続いた。

「すみません、絢香さん。支払いまでしてもらって・・・あの、いくらでしたか?」

「いらない」

絢香は首を横に振り、手にしたショッピング袋を軽く持ち上げた。

「服、買ってくれたでしょ。これ、そのお礼」

薫は、納得した表情を浮かばせた。

「分かりました」

それから二人は、街へ繰り出した。

カラオケで思いきり歌い、ゲームセンターでは競い合うように遊び、途中でクレープを食べながら笑い合った。

気づけば空は朱に染まり、夕方になっていた。

近くの居酒屋で席を取り、軽く酒を嗜みながら、ふたりは今日一日のことを振り返った。

どこまでも楽しく、どこまでも心地よい時間だった。

楽しい時間は、いつだってあっという間に過ぎてしまう。

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